
世界に冠たる国民皆保険制度の下、先進国でも有数の病床を有する「医療大国」として胸を張ってきた日本ですが、今回の新型コロナ感染症への対応(の拙さ)は、その実力が(実は)それほどのものではなかったことを広く国民に知らしめる結果となってしまいました。
欧米各国などと比べ感染者や感染により医療を必要とする人の数は何十分の一という単位で少なかったにもかかわらず、対応病床のひっ迫により「医療崩壊」が懸念されるような事態も生じています。
急激に増加する患者に、現場の医療機関がついていけない。そこには、政治や行政や医師会に、尻込みをする医師たちを束ねリーダーシップを発揮する機能が備わっていなかったこともあるでしょう。また、大学病院などの専門病院と市中の医療機関の連携がうまくいっていないことや、専門ごとに細分化されすぎた医療の弊害を挙げる向きもあるようです。
しかし、何といっても、市中の一般病院がコロナ患者に十分に対応できていない背景には、治療に当たる医師そのものの不足が指摘されています。
国際医療福祉大学大学院教授で精神科医の和田秀樹氏は、総合情報サイトの「PRESIDENT Online」に寄せた論考(「「一番美人を連れてこい」医学部教授が民間病院に酒席で求める"露骨な接待条件"」(2021.7.25))において、民間病院の医師確保の困難さについて触れています。
民間病院は、医者の人員が確保できなければ、病床数を減らすか病院を潰すしか選択肢はない。勤務医を確保することはまさしく死活問題であり、大学病院から若い医師を回してもらえるよう(どこの病院も)なりふり構っていられない状況だと氏は言います。
場合によっては、教授からの(大きな声では言えないような)理不尽な要求に応えなければならない場合もある。政治や行政が開業医を優遇する方針を崩さない中、そうでもしなければブラックな職場に疲れた勤務医は、次々とクリニックの開業へと流れて行ってしまうということです。
一方、市中病院に医師を供給する大学病院サイドも、現状、絶対的な医師不足に悩まされているという指摘もあるようです。
確かにかつては、「白い巨塔」として名を馳せた「医局制度」の下で、(教授の一声で)自由に医局内の医師を関連病院にローテーション(人事異動)させることができたようです。しかし近年では、小泉内閣が進めた改革の下この「白い巨塔」の力もかなり弱まっていて、例え医局員であっても意に沿わない配置を命じれば「じゃ、辞めて開業します」となりかねない状況だという話もしばしば耳にするようになりました。
さて、(いずれにしても)地方の医者不足の現状にしても、競争原理で医療の質を高めるためにも、医師数を増やせば解決がつく問題ばかりなのは間違いないと、和田氏はこの論考に記しています。しかるに医師会は、外来診療報酬を守ることばかりに躍起となっていて、医師の数が増えるようなことについては、一貫して反対の立場を貫いているというのが氏の認識です。
今の医師会の最大の仕事であり、レゾンデートルとなっているのは、第一に「医者の数を増やさないこと」のように見える。その背景にあるのは、「自分たちの(開業医の)権益を守ること」だけなのではないかというのが氏の懸念するところです。
和田氏も指摘するように、実際、日本医師会はこれまで一貫して新規の医科大学や医学部の新設に(断固)反対の姿勢を崩していません。そして、その理由として彼らが挙げているのは
① 教員確保のために医療現場から医師を引き上げざるを得ず地域医療崩壊を加速させること
② 教員が分散し、医学教育の水準、ひいては医療の質の低下を招くこと
③ 人口減少などの社会の変化に対応した医師養成数の柔軟な見直しを行いにくくなること
などであり、特に医師養成数の増加は「医療の質の低下」につながるというのが基本的な立場と言えるでしょう。
しかし、社会環境の変化によって医師の仕事が多様化し、看護師を含めたコメディカルへの医療行為への道も依然閉ざされたままの現在、その主張にどれだけの説得力があるのか。もちろん、「医師の既得権益を守る」ためという氏の指摘に同意する向きも多いことでしょう。
一方、そういう意味で言えば、医師会の心配するところもわからないではありません。歯科医師の世界では、1960年に7校で740名であった入学定員数を1980年までの20年間で29校3,360名にまで急増させた結果、市中の歯科医院は69000件に達し、「コンビニよりも多い」と揶揄される結果を生んでいるのも事実です。
その結果、歯科医院間の競争が激化し、歯科医師の平均年収は開業医でも643万円と、一般のサラリーマンと(それ程)変わらない水準まで落ち込んでいます。
こうした状況を「他山の石」とすれば、医師会として世論の「医師不足」の声に安易に耳を貸すわけにはいかないのも頷けます。和田氏も指摘するように、同業者団体として会員の利益を守るためには、なり振り構ってもいられないということでしょう。
しかし、日本で最強の資格と言われる医師免許も、様々な技術が発達しこれだけ世の中が変わっていることを考えれば、その姿をさらに合理的なものに変えていった方が「世のため人のため」になるのも事実です。
そういう意味で言えば、今回のコロナ禍はこうした矛盾だらけの現状に、大きくメスを入れる良い機会になるかもしれないと、和田氏の論考から私も考えさせられたところです。
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