男性の徴兵制がある韓国で、女性にも兵役を課すべきだという議論が活発化していると報じられています。昨年5月には、女性徴兵制を求める大統領府あての請願に29万人以上が賛同し、特に兵役に不満を抱く男性だけでなく、女性からも賛成の声が上がっているということです。
韓国の憲法には「国防の義務」が明記されており、18歳以上のすべての男性には兵役の義務が課されています。韓国内では現在、人気アイドルグループBTSの兵役問題が大きな話題となっていますが、韓国人(の特に若い男性に)とって、兵役とはそれだけ身近な差し迫った問題だということなのでしょう。
世論調査会社の韓国ギャラップが今年5月に実施した調査で徴兵制の対象とすべき性別について聞いたところ、「男性だけ」(47%)と「男女両方」(46%)が拮抗し、特に20代の若い世代では「男女両方」が51%と、「男性だけ」(37%)を大きく上回ったとされています。
女性の兵役免除が「不公平」と断じる声が大きくなっている背景には、「平等」という観点により重きを置く人々が増えているという韓国社会の現実があるのでしょう。
実際、様々な格差の広がる韓国社会において、唯一絶対の「平等」とされる兵役義務。これだけは厳格に守りたいと考える人々がいることは分かるような気がします。
もとより、女性に兵役を課すことが国防上の観点から「合理的」なのかどうかについてはよくわかりませんが、もしも女性兵士が半数を占めるようなことになったら、軍隊という組織自体のあり方も大きく変わっていくかもしれません。
最近では、ロシアによるウクライナ侵攻に対抗し、(多分、ひとつのプロパガンダなのでしょうが)武器を手に戦うウクライナ軍の女性兵士の姿も様々形で紹介されるようになりました。
こうした状況に対し「週刊東洋経済」の9月17日号では、「女性兵士という難問」という話題の近著を上梓した一橋大学大学院教授の佐藤文香氏への(ある意味興味深い)インタビュー記事(『女性兵士の拡大は「究極の男女平等」といえるのか』)を掲載しています。
現在、女性兵士は世界で拡大しており、例えば戦闘状態にあるウクライナ軍では15.6%、NATO(北大西洋条約機構)諸国の平均は2019年の最新値でも12%に及んでいると佐藤氏は話しています。
軍隊で女性を活用する動きは、第1次、第2次世界大戦の頃から見られていた。特に、アメリカやイギリスでは看護や調理、事務などの職種から徐々に女性を受け入れていったのに対し、旧ソ連や中国では早くから狙撃兵など軍事的な性格の強い職域にも女性を配置してきた歴史があるということです。
女性兵士の拡大に関し(建前上)「男女平等」を掲げる国は多い。ただ私は、軍隊における女性の増加やその職域の拡大を拙速に男女平等と結びつけることに、慎重な立場を採るものの一人だと、氏はこの記事で答えています。
現実的な武力紛争の危機を抱える多くの国家で、人々を説得しやすい「男女平等」という言説を巧みに使いながら、その実はプロパガンダや兵力維持などのさまざまな思惑の下、軍隊に女性たちが動員されている。その視点を忘れてはならないというのが氏の指摘するところです。
また、現在の軍隊という組織が、(男女平等とは相容れない)「男らしさ」といった男性性によって支えられている部分があることも忘れてはならないと氏は話しています。
軍隊では新兵に対し、まず「脆弱な女子どもを男らしい兵士が守るのが戦争である」と教える。兵士は自分が保護する者としてふさわしい存在であることを証明しなければならず、「女々しい」振る舞いを否定することで、戦争を遂行できるマッチョでタフな兵士へとつくり上げられていくということです。
つまり、軍隊にはミソジニー(女性嫌悪)が根付きやすい環境があるということ。軍隊が戦闘を担う組織であるということと、性暴力やハラスメントを許さないということを両立させるには論理的な困難性があり、いずれの軍隊でも対策に手を焼いていると氏はしています。
しかも、被害者が声をあげにくい環境がそこにはある。それは、自分がいるのは国民を守る組織だというのに、性暴力やハラスメントの被害に遭ったと認めることが、自ら二流の兵士であるという烙印を押すことにほかならないからだというのが氏の認識です。
男性中心的な軍隊という組織に入っていく女性は、男性論理の集団に異物として入っていくマイノリティとしての宿命を背負っている。さらに女性は男性社会の中で性的対象と捉えられることから、女性兵士の本格的な参入には(そうした観点からの)リスクの排除が最優先であることも忘れるわけにはいきません。
一方、それは逆に言えば、多くの女性を受け入れることで軍隊の規律やモラル自体が変わることを意味しているのもまた事実でしょう。シビリアンコントロールを前提とした、近代軍隊の合理的な運用を図るためには(もしかしたら)女性の活用は避けては通れない道なのかもしれないと、記事を読んで私も改めて感じたところです。
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