十月二日 火 晴
いつもの事ながら月日の経つのは早い、今朝は所要時間二十五分しか掛からなかったので、八時五分には文法の駐車場に車を置いて武夫原を一周する。教育の体育の学生かよく練習しよる。四十分に開室する。管財に休憩室の時計が止まっていたので、先週自分で持っていた短三の電池で動くようにはした事を伝え、正式の電池は短二であるので短二の電池を請求し九時十五分には取替えを終わる。
三十分管財掛長が漱石の「祝辞」を貰いに来たので遣っておいた。そして二階の野田幸助さんの寄贈書籍の展示の状況を見て帰った。
其の後久しぶりに台帳に搭載されている書類の整理をする。入学願書関係、これについては昨年も目を通して台帳とは合致しないので手をつけるのを止めていた代物である。これを引き出して例の如くビニール紐で括ってあるものを綴っていた時、今江先生が十月十日に行う同総会のために、「今日は幟を二~三枚取りに来た」と言って幟と寮歌集のテープを探しに要らした。
整理資料について先生がいわれる事は「虫食い破れが酷いもの」、早く言えば紙の価値がない崩れ易い書類はそのままにして置いて「歴史の先生に見てもらうから」とか、誰が見ても見れるものはそうは変わらないと思うのだが、・・・・十一時過ぎ食事をしさっきの続きの整理をする。明治二十三年の予科一級志願書、補充志願書から年度によって表題が違う、連絡尋常中学入学者、入学志願書、入学願書、大學予科入学願書、選抜試験願書、入学試験願書、明治三十九年度迄、内容は同じ入学願書であるが、数量は台帳には殆ど六となっているがその年度の整理の冊数が六冊の事だろうか、二三,二七,二八・三十~三九、第一部甲、乙、第二部甲,乙、第三部甲、乙、しかし第三部には甲乙は見出せなかった。
以上の資料は何時の時代に誰かが綴じてあったのをばらしたと見え、針穴が数個あって、、特に明治三十二年の分については壊れるのは当たり前と考えて整理しない事にはとても手におえる物ではないのでそう思った。各年度の分を集めて年毎にビニール紐で括った。
熊本城本丸御殿で展示されている肥後花菖蒲
五高工学部の入学願書は別葉にして綴じてあったが同じ年度分に加えて結わえておいた。バラバラに成っているものも大分多かったが、昨年の臨時教員養成所の願書に比べると綴ってあるものが多く整理も楽であった。しかし二時四十分過ぎまで掛かってしまった。一寸と紙の壊れが酷かったので二階に掃除機を取りに行ってる間に、野田幸助さんの書籍の寄贈を斡旋している女性(田代さん)が来館していた。今年の記念館公開講座に申込をしたいそうである。書籍は図書館にも寄贈したいそうで、その時は図書館の担当者の所に直接持って行ってくださいと言う事を教えて置いた。
先週清書した赤星水竹居の「五狐の家」、高原操の「米価十銭の頃」を大変喜んで読んで、赤星水竹居という名前は有名な俳人であると言う事を知っておられた。其の後掃除機をかけ室内を綺麗にした。 その他文学部の研究者のK教授は今日は来館すると言っていたが、四時過ぎまで在室していたが居たがとうとう現れなかった。
いつもの事ながら月日の経つのは早い、今朝は所要時間二十五分しか掛からなかったので、八時五分には文法の駐車場に車を置いて武夫原を一周する。教育の体育の学生かよく練習しよる。四十分に開室する。管財に休憩室の時計が止まっていたので、先週自分で持っていた短三の電池で動くようにはした事を伝え、正式の電池は短二であるので短二の電池を請求し九時十五分には取替えを終わる。
三十分管財掛長が漱石の「祝辞」を貰いに来たので遣っておいた。そして二階の野田幸助さんの寄贈書籍の展示の状況を見て帰った。
其の後久しぶりに台帳に搭載されている書類の整理をする。入学願書関係、これについては昨年も目を通して台帳とは合致しないので手をつけるのを止めていた代物である。これを引き出して例の如くビニール紐で括ってあるものを綴っていた時、今江先生が十月十日に行う同総会のために、「今日は幟を二~三枚取りに来た」と言って幟と寮歌集のテープを探しに要らした。
整理資料について先生がいわれる事は「虫食い破れが酷いもの」、早く言えば紙の価値がない崩れ易い書類はそのままにして置いて「歴史の先生に見てもらうから」とか、誰が見ても見れるものはそうは変わらないと思うのだが、・・・・十一時過ぎ食事をしさっきの続きの整理をする。明治二十三年の予科一級志願書、補充志願書から年度によって表題が違う、連絡尋常中学入学者、入学志願書、入学願書、大學予科入学願書、選抜試験願書、入学試験願書、明治三十九年度迄、内容は同じ入学願書であるが、数量は台帳には殆ど六となっているがその年度の整理の冊数が六冊の事だろうか、二三,二七,二八・三十~三九、第一部甲、乙、第二部甲,乙、第三部甲、乙、しかし第三部には甲乙は見出せなかった。
以上の資料は何時の時代に誰かが綴じてあったのをばらしたと見え、針穴が数個あって、、特に明治三十二年の分については壊れるのは当たり前と考えて整理しない事にはとても手におえる物ではないのでそう思った。各年度の分を集めて年毎にビニール紐で括った。
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五高工学部の入学願書は別葉にして綴じてあったが同じ年度分に加えて結わえておいた。バラバラに成っているものも大分多かったが、昨年の臨時教員養成所の願書に比べると綴ってあるものが多く整理も楽であった。しかし二時四十分過ぎまで掛かってしまった。一寸と紙の壊れが酷かったので二階に掃除機を取りに行ってる間に、野田幸助さんの書籍の寄贈を斡旋している女性(田代さん)が来館していた。今年の記念館公開講座に申込をしたいそうである。書籍は図書館にも寄贈したいそうで、その時は図書館の担当者の所に直接持って行ってくださいと言う事を教えて置いた。
先週清書した赤星水竹居の「五狐の家」、高原操の「米価十銭の頃」を大変喜んで読んで、赤星水竹居という名前は有名な俳人であると言う事を知っておられた。其の後掃除機をかけ室内を綺麗にした。 その他文学部の研究者のK教授は今日は来館すると言っていたが、四時過ぎまで在室していたが居たがとうとう現れなかった。