オオカミになりたい(遺言)

ずっとそばにいるよ

月百姿 孝子の月

2017-04-26 | 月百姿

月岡芳年 月百姿

『孝子乃月』 (こうしのつき) 小野篁

明治二十二年届

 

 

小野篁(おののたかむら)

平安時代前期の漢詩人、歌人

延暦21年(802年)~仁寿2年12月22日(853年2月3日)

小野妹子の子孫で 孫に小野道風 小野小町は親戚とも言われている

国立国会図書館デジタルコレクション 007

 

小野篁を検索すると冥土通いのほうが特に有名で

「考子伝」に関する記述はほとんど見当たりませんが

yahoo知恵袋にあった記事からの一部抜粋です

「日本文徳天皇實録」 仁寿二年十二月二十二日条 小野篁より

篁家貧親老。身亦尫瘵。是篁汲水採薪。當致匹夫之孝耳。

篁、親老いて家貧し、身に亦た尫瘵(オウサイ)あり

是に篁、水を汲み薪を採り、當(マサ)に匹夫の孝を致す耳(ノミ)

尫瘵(オウサイ): 尫(オウ)=足なえ、体が弱い。 瘵(サイ)=病、肺結核の事。

 

明治16年発行の「日本忠考伝」より

 

国立国会図書館デジタルコレクション



月百姿 卒塔婆の月

2017-04-25 | 月百姿

月岡芳年 月百姿

『卒塔婆の月』 (そとわ[ば]のつき)

明治十九年届

 

歩き疲れ 朽木に腰をかけて休んでいる小野小町

小野小町は、平安時代前期の歌人

生没年不詳

国立国会図書館デジタルコレクション 007


能楽「卒都婆小町」より

ところは摂津の国阿倍野 ときは九月

高野山の僧が道端の朽ちた卒都婆に腰をおろしている老婆を見て

ほかの場所で休むように諭し、卒都婆は仏体そのものであると

その功徳を説いて聞かせる。

ところが老婆は 僧の言葉に一つ一つ反論し

迷悟は心の問題で世界は本来無一物と気付けば

仏も衆生も隔りはないのだと論破するので 僧は恐れ入る 。

僧が老婆に名を尋ねると、老婆は「小野小町のなれの果てだ」 と

明かしました。 小町は美貌を誇った往時を懐かしみ

翻って老いを深めた今の境遇を嘆く様子を見せた後

狂乱状態となり 百夜通いのありさまを再現する。


今日の共有

ガラスの部屋 ペピーノ・ガリアルディ

 


月百姿 原野月

2017-04-22 | 月百姿

月岡芳年 月百姿

『原野月』 保昌

明治二十一年印刷

 

藤原保昌(ふじわらのやすまさ)は平安時代中期の官史

天徳2年(958年)~ 長元9年(1036年)9月

藤原南家巨勢磨流 右京大夫・藤原致忠の子

丹後守として赴任する時は和泉式部を伴って下った

 

『宇治拾遺物語』より

国立国会図書館デジタルコレクション 007

 

平安時代中期、袴垂(はかまだれ)という盗賊がいた

この男、十月のころ衣服が欲しくなったので

笛を吹きながらそろりそろりと歩く保昌の衣を奪おうとしたが

隙のなさに圧倒され家まで連れていかれ 綿入れの衣を与えられたという。

 

明治16年(1883)出版の【武者无類外ニ三枚続キ画帖】

藤原保昌月下弄笛図(ふじわらのやすまさ げっかろうてきず)

国立国会図書館デジタルコレクション

ここでは大蘇芳年となっている