旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

徒然草

2006年06月03日 00時13分20秒 | Weblog
久しぶりに近くの古本屋さんに寄ってみた。

誰に捧げるのかは不明であるが、フリオ・イグレシアスの「青い瞳のナタリー」をスペイン語で歌えるようになることが当面の目標であるから、まず、研究社のスペイン語辞典に目が行った。古い割りにちょいと値が張る。次の機会に値切って買うことにした。確か1年以上前から積まれているしろものだ。
いつになったらセルバンテスの「ドン・キホーテ」を原文で読むことができるようになるのであろうか。「青年老いやすく、学成りがたし。」とはよく言ったものだ。

次に、暁烏敏のノンフィクションものに目が移った。彼が著した「歎異抄講話」には並ならぬ興味をそそられている。強烈な個性と人格を感じるのである。いずれ買い求めるのであろうが、焦る必要はない。暁烏敏なんて坊さんに関するノンフィクション本を求めるひとはごく限られているはずだ。

うずたかく積み上げられた小学館の日本古典文学全集のばら売りがあった。新しくて綺麗なものに500円の値がついている。これなら古くて綺麗でないものなら値切れると直感した。レジで値段を聞くと、「いくらなら買っていただけますか?」と逆に聞かれた。押し黙った。「300円でいかがですか?」「よし買った!」

ブックオフでは考えられないことであるが、地場の古本屋さん相手ならば結構値切ることができるのである。ラーメン代を節約して神田の古本屋を巡った、ン10年前からの古本愛好者である。当然年季も入っている。値切るのが頗るうまいと自負している。

結局、日本古典文学全集「方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄」を買った。この歳になってようやく、これらの著作の境地を理解できるようになってきたようだ。脚注も豊富だし口語訳もついている。併せて「連歌論集 能楽論集 俳論集」も買ってしまうところだったが、引っかかるものがあってやめた。帰宅後に確認するとやはり本棚の中にちゃんと納まっている。たまに、同じ本を買ってしまうことがある。本棚や本立ての整理をしなければならない。

徒然草を読み返してみた。

第15段
ひとりともし火のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよのう慰むわざなる。
(口語訳 ただひとり、燈火のもとに書物をひろげて、見も知らぬ昔の人を友とすることこそ、何にもまして、こころ慰むわざである。)

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