修行中のブッダ
超大物でいうと、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)と会ってみたい。敢えて理由を挙げると、「ひとはパンのみにて生くるものにあらず。」といったキリストと同様に人騒がせな人物なのだけれど、何故だか彼の言動が気にかかる。ちょっと怖そうだけれど、マホメットの生のアジテーションも聞いてみたい。
逆に、大物たちのなかでは、ニーチェとかカントとかへーゲルにフォイエルバッハ、この種のどちらかというと理屈っぽくて自己主張が強そうなひとは避けて通りたい。日本人なら、儒学の系統がこれに当たります。
日本の宗教家についていうと、鎌倉仏教の親鸞・日蓮・道元、いずれの皆さんも厳格で理屈っぽいので、パス。じゃ、良寛や一休などの癒し系はどうかというと、なんだかあの明るさにはこっちの方が気後れしてしまいます。
人気商売の中で揉まれて来た、世阿弥さんなら会ってみたい。「風姿花伝」を書き始めたころの世阿弥さんではなくて、もっと、若かりし頃の世阿弥、稽古三昧の頃のかれから、大衆に受けるための心構えや「強い」稽古についての解説を受けてみたい。
このように書いてくると、自分の読書傾向をなぞっているようで、なんだか妙な気分になります。
超大物でいうと、ゴータマ・シッダールタ(釈迦)と会ってみたい。敢えて理由を挙げると、「ひとはパンのみにて生くるものにあらず。」といったキリストと同様に人騒がせな人物なのだけれど、何故だか彼の言動が気にかかる。ちょっと怖そうだけれど、マホメットの生のアジテーションも聞いてみたい。
逆に、大物たちのなかでは、ニーチェとかカントとかへーゲルにフォイエルバッハ、この種のどちらかというと理屈っぽくて自己主張が強そうなひとは避けて通りたい。日本人なら、儒学の系統がこれに当たります。
日本の宗教家についていうと、鎌倉仏教の親鸞・日蓮・道元、いずれの皆さんも厳格で理屈っぽいので、パス。じゃ、良寛や一休などの癒し系はどうかというと、なんだかあの明るさにはこっちの方が気後れしてしまいます。
人気商売の中で揉まれて来た、世阿弥さんなら会ってみたい。「風姿花伝」を書き始めたころの世阿弥さんではなくて、もっと、若かりし頃の世阿弥、稽古三昧の頃のかれから、大衆に受けるための心構えや「強い」稽古についての解説を受けてみたい。
このように書いてくると、自分の読書傾向をなぞっているようで、なんだか妙な気分になります。