その舐め方のなまめかしさに「色キチ」じゃないかという風評がたった。わたしはそうじゃなかったことを知っている。良家に生まれ、仕事らしい仕事にもつかないでレジを〆に来る。つまりお金を集めに来る。その結構なご身分について彼女に嫌味を言ったことがある。
「そんなことを、好きなひとから言われると辛い。」と言いながら彼女は涙ぐんだ。「へえ、好きなひとがいるんだ。」と話がよく聞こえないようなふりをした。「あなたのことよ。」と言いながら彼女は屋敷に帰っていった。その後の2週間、妹2人が交互に売上を〆にきた。
久しぶりに現れた彼女は妙に晴れ晴れとした表情だった。お見合いをしたのだそうだ。彼女のためにコーヒーをたてた。彼女はカップを両手で包むむようにしてそのコーヒーを時間をかけて飲んだ。そして、カップのふちを瞬時舐めた。「ご馳走さま」という口元の白い歯がこぼれそうだった。
次の日からは店のママ、つまり彼女の母親である社長夫人がレジを〆に来るようになった。一時期、店の従業員が社会保険に加入できるようにしてくれないかと依頼したことがある。ママは「どこの馬の骨か知れないようなひとたちに社会保険はねえ。」と私に耳打ちしたことを覚えている。わたしもその馬の骨のひとりなのかと落胆した。彼女が遠い存在に思えた。
お手伝いさんからお見合いが破談になったことを聞いた1ヶ月のち、わたしは店を辞めた。その半年後、かなり強引に彼女から会う約束を取り付けた。「来るまで待つ」と告げた喫茶店の閉店時間になっても彼女は現れなかった。再婚が決まったとお手伝いさんから告げられたその夜にわたしの恋に終止符が打たれた。