アタシがまだ小さい頃
おばあちゃんとおねえちゃんと
「お花見」に行った。
お茶と、おやつをちょっとだけ持って
すぐに帰ってくる「お花見」だって。
でも、アカネ川の並木にも
カメヤマのサクラの木にも
花はあんまり、咲いてなかった。
遠くの山には
あんなにたくさん
「白っぽい」木が見えてるのに。
おばあちゃんは
「山のサクラはようけ咲いてる。
サクラは遠目が
いっちゃんきれえやでの」
アタシは、目が悪いから
近くでないとよく見えない。
足がボーになって
カメヤマさんで一休みしたら
ちっちゃ~な木が1本だけ
「花ざかり~」になってた。
おねえちゃんといっしょに
木の周りをぐるぐる回った。
そこで、やっと
おやつになったんだよ。
金沢に行ってからは
父はよく家族みんなと
散歩に出かけるようになった。
兼六園までは、歩いて10分。
当時は出入りも自由だったから
なんやかやで、よく行った。
杜若の蕾の弾ける「音」を聴きに。
老松の雪吊り風景を見に。
でも、忘れられないのは
初めて「夜桜」を観たときのこと。
満開の桜も、たそがれどきには
憂いを帯びた風情を見せる。
暗くなるにつれて
しん・・・と静まり返って
身動きしなくなるみたい。
やがてピンクの提灯が灯ると
その近くだけは
化粧したみたいな美しさ。
でも、灯りから遠ざかるほど
闇の支配が強くなるほど
桜は妖しい白さになる。
薄絹を深く被った遊女より
もっと強くこちらを見ている。
近づくのが怖いような
そのままどこかへ
連れていかれそうな
ただならぬ気配を感じさせる。
「きれい・・・だね」
「そう、綺麗だろ?」
母は、父の生前、よく
「時において楽しめ」と
言われたらしい。
「今しかない楽しみは疎かにせず
今という時間を大切に味わいなさい」
そういえば「夜桜」を一緒に観たのも
そのとき限りだったと思う。
高校の後半、私は学校を
休んでばかりいた。
病気ではなく、なぜかただ
行く気になれなくなったのだ。
起きるのは、父の出勤後。
姉は都会の学校に進学して
家には既に居なかった。
サイフォンでコーヒーが出来るのを待ち
母と一緒にお喋りをする。
毎日毎日、なんでもない
本当にただの四方山話を
1時間くらいはしたと思う。
母は、私が妙な時間に登校するのも
「今日は行かない」とあっさり言うのも
全く問題にしなかった。
父は、心配していたらしい。
それでも、「放っておけばいいの。
帳尻は自分で合わせるでしょ」という
母に倣ったのだと後から聞いた。
ある日たまたま、(人の)イメージを
花に喩える話になった。
「おねえちゃんは何?」
「あの子は『木』だわね。草じゃなくて」
「じゃあ・・・桜かな。たった1本立ってる
でも花ざかりの、さくらの木」
「ああ、そうね。バラかなって思ったんだけど
ソッチの方が近いわね」
当時の姉は、薄いピンクの靄を纏っているような
柔らかな雰囲気を感じさせる人だった。
「・・・アタシは?」
「あんたは・・・多分『草』に咲く花」
「例えばどんなの?」
「フリージアとか水仙とか、そういうの」
フリージアも水仙も大好きな花だったので
私はとても嬉しかった。
母も何かの花に喩えた筈なのに
なぜか思い出せない・・・
母は「喩えられる」のを嫌って
上手く話しを逸らしたのかも。
黄色のバラにも
満開の藤の花にも
もしかしたら「夜桜」にさえ
ちょっと似たところのある?人だった。
おばあちゃんとおねえちゃんと
「お花見」に行った。
お茶と、おやつをちょっとだけ持って
すぐに帰ってくる「お花見」だって。
でも、アカネ川の並木にも
カメヤマのサクラの木にも
花はあんまり、咲いてなかった。
遠くの山には
あんなにたくさん
「白っぽい」木が見えてるのに。
おばあちゃんは
「山のサクラはようけ咲いてる。
サクラは遠目が
いっちゃんきれえやでの」
アタシは、目が悪いから
近くでないとよく見えない。
足がボーになって
カメヤマさんで一休みしたら
ちっちゃ~な木が1本だけ
「花ざかり~」になってた。
おねえちゃんといっしょに
木の周りをぐるぐる回った。
そこで、やっと
おやつになったんだよ。
金沢に行ってからは
父はよく家族みんなと
散歩に出かけるようになった。
兼六園までは、歩いて10分。
当時は出入りも自由だったから
なんやかやで、よく行った。
杜若の蕾の弾ける「音」を聴きに。
老松の雪吊り風景を見に。
でも、忘れられないのは
初めて「夜桜」を観たときのこと。
満開の桜も、たそがれどきには
憂いを帯びた風情を見せる。
暗くなるにつれて
しん・・・と静まり返って
身動きしなくなるみたい。
やがてピンクの提灯が灯ると
その近くだけは
化粧したみたいな美しさ。
でも、灯りから遠ざかるほど
闇の支配が強くなるほど
桜は妖しい白さになる。
薄絹を深く被った遊女より
もっと強くこちらを見ている。
近づくのが怖いような
そのままどこかへ
連れていかれそうな
ただならぬ気配を感じさせる。
「きれい・・・だね」
「そう、綺麗だろ?」
母は、父の生前、よく
「時において楽しめ」と
言われたらしい。
「今しかない楽しみは疎かにせず
今という時間を大切に味わいなさい」
そういえば「夜桜」を一緒に観たのも
そのとき限りだったと思う。
高校の後半、私は学校を
休んでばかりいた。
病気ではなく、なぜかただ
行く気になれなくなったのだ。
起きるのは、父の出勤後。
姉は都会の学校に進学して
家には既に居なかった。
サイフォンでコーヒーが出来るのを待ち
母と一緒にお喋りをする。
毎日毎日、なんでもない
本当にただの四方山話を
1時間くらいはしたと思う。
母は、私が妙な時間に登校するのも
「今日は行かない」とあっさり言うのも
全く問題にしなかった。
父は、心配していたらしい。
それでも、「放っておけばいいの。
帳尻は自分で合わせるでしょ」という
母に倣ったのだと後から聞いた。
ある日たまたま、(人の)イメージを
花に喩える話になった。
「おねえちゃんは何?」
「あの子は『木』だわね。草じゃなくて」
「じゃあ・・・桜かな。たった1本立ってる
でも花ざかりの、さくらの木」
「ああ、そうね。バラかなって思ったんだけど
ソッチの方が近いわね」
当時の姉は、薄いピンクの靄を纏っているような
柔らかな雰囲気を感じさせる人だった。
「・・・アタシは?」
「あんたは・・・多分『草』に咲く花」
「例えばどんなの?」
「フリージアとか水仙とか、そういうの」
フリージアも水仙も大好きな花だったので
私はとても嬉しかった。
母も何かの花に喩えた筈なのに
なぜか思い出せない・・・
母は「喩えられる」のを嫌って
上手く話しを逸らしたのかも。
黄色のバラにも
満開の藤の花にも
もしかしたら「夜桜」にさえ
ちょっと似たところのある?人だった。