これは、小学生の頃
おかあちゃんから聞いた話。
カゼひいたのか、ケガしたのか
もう忘れちゃったけど
男の人が、おとうちゃんに
診てもらいに来たんだって。
まだ若い人で
手当てしてもらいながら
いろんな話してくれたって。
その人は、38度線とかを
何度も行ったり来たりしたって。
「38度線ってなに?」
「チョウセンハントウの南と北を
分ける線のことよ」って
カンゴフさんが教えてくれた。
その人は、北側に元々おうちがあって
でも南に行かなきゃいけない
大事な用があったんだって。
南に行ってからも
友だちとかお父さんお母さんに
どうしても会わなきゃいけなかったりして
また北に戻ったりしたんだって。
でも、その「38度線」っていうのは
行ったり来たりしちゃいけないモノみたい。
カンゴフさんたちは
「ベルリンの壁と同じよね」
ベルリンの壁って、アタシも
テレビで見たことある。
その人は「見張り」に見つかって
後ろから銃で撃たれたりしたって。
それでも「どうしても」っていうほど
大事な用だったんだって。
チョウセンの人だから
アカネ川沿いの「チョウセン」に
今は住んでるみたい。
チョウセンのはしっこの
空き家借りて、そのまわりに
カンナの球根、いっぱい植えたんだって。
「カンナの花が好きだから」
カンナは背が高くなるから
花がいっぱい咲くと、目立って
みんなが「カンナ屋敷」って
呼ぶようになって・・・
「郵便も"カンナ屋敷"で届く」って
その人は笑ってたって。そして
「こっちにいられるのもあと少しで
また向こうに帰る」って。
あちこちすぐ移らないといけないから
着るものも「今着てるものだけ」
上着の裏地がボロボロでも
「このままでいい」って。
とにかく「モノは持たない」んだって。
「ああなるともうスパイ小説みたい」
って、おかあちゃんは言った。
「若い子たちはもうキャアキャア言って」って
笑ってたけど。
「でもスパイじゃないんでしょ?」
「そりゃあ本物のスパイだったら
こんな話こんな所でしないよ」
「でも・・・」
おかあちゃんは、ちょっと目ェ伏せて
「どこで命落とすかわからんわね」って。
アタシやおねえちゃんのクラスにも
チョウセンから来てる子いるけど
みんな、そんな大変な目に
あってきたんやろか・・・
アタシ、前にその子に
「どこで生まれたの?」って
聞いたことある。
リイさんていうその子は
とっても可愛い顔なのに
怖い顔して、しばらく黙って
「いなか」って。
あとはなんにも言わなかった。
なんも考えずに聞いたアタシが
いけなかったのかもしれないけど
ゴメンナサイっていうのも
変な気がして・・・でも
それからリィさんは
アタシとは口を利かなくなった。
今でも、真夏にカンナの花を見かけると
「カンナ屋敷」のあの人と
黙ってしまったリィさんの横顔が浮かぶ。
朝鮮戦争からほんの10年という頃。
「戦時中は戦闘機に乗ってた」患者さんが来られたときは
「パイロットになりたかった」おとうちゃんは
夢中でその人と話してた・・・
60年代初頭、田舎の小さな医院には
いろんな人がやってきた。
(今カンナのことを調べてみたら
「コロンブスがアメリカ大陸発見時に見つけた花として有名」とか。
花言葉は「情熱・快活・妄想」或いは「永遠」というのも。
私の勝手な想像だけれど、あの人に似合ってる気がして・・・驚いた)
おかあちゃんから聞いた話。
カゼひいたのか、ケガしたのか
もう忘れちゃったけど
男の人が、おとうちゃんに
診てもらいに来たんだって。
まだ若い人で
手当てしてもらいながら
いろんな話してくれたって。
その人は、38度線とかを
何度も行ったり来たりしたって。
「38度線ってなに?」
「チョウセンハントウの南と北を
分ける線のことよ」って
カンゴフさんが教えてくれた。
その人は、北側に元々おうちがあって
でも南に行かなきゃいけない
大事な用があったんだって。
南に行ってからも
友だちとかお父さんお母さんに
どうしても会わなきゃいけなかったりして
また北に戻ったりしたんだって。
でも、その「38度線」っていうのは
行ったり来たりしちゃいけないモノみたい。
カンゴフさんたちは
「ベルリンの壁と同じよね」
ベルリンの壁って、アタシも
テレビで見たことある。
その人は「見張り」に見つかって
後ろから銃で撃たれたりしたって。
それでも「どうしても」っていうほど
大事な用だったんだって。
チョウセンの人だから
アカネ川沿いの「チョウセン」に
今は住んでるみたい。
チョウセンのはしっこの
空き家借りて、そのまわりに
カンナの球根、いっぱい植えたんだって。
「カンナの花が好きだから」
カンナは背が高くなるから
花がいっぱい咲くと、目立って
みんなが「カンナ屋敷」って
呼ぶようになって・・・
「郵便も"カンナ屋敷"で届く」って
その人は笑ってたって。そして
「こっちにいられるのもあと少しで
また向こうに帰る」って。
あちこちすぐ移らないといけないから
着るものも「今着てるものだけ」
上着の裏地がボロボロでも
「このままでいい」って。
とにかく「モノは持たない」んだって。
「ああなるともうスパイ小説みたい」
って、おかあちゃんは言った。
「若い子たちはもうキャアキャア言って」って
笑ってたけど。
「でもスパイじゃないんでしょ?」
「そりゃあ本物のスパイだったら
こんな話こんな所でしないよ」
「でも・・・」
おかあちゃんは、ちょっと目ェ伏せて
「どこで命落とすかわからんわね」って。
アタシやおねえちゃんのクラスにも
チョウセンから来てる子いるけど
みんな、そんな大変な目に
あってきたんやろか・・・
アタシ、前にその子に
「どこで生まれたの?」って
聞いたことある。
リイさんていうその子は
とっても可愛い顔なのに
怖い顔して、しばらく黙って
「いなか」って。
あとはなんにも言わなかった。
なんも考えずに聞いたアタシが
いけなかったのかもしれないけど
ゴメンナサイっていうのも
変な気がして・・・でも
それからリィさんは
アタシとは口を利かなくなった。
今でも、真夏にカンナの花を見かけると
「カンナ屋敷」のあの人と
黙ってしまったリィさんの横顔が浮かぶ。
朝鮮戦争からほんの10年という頃。
「戦時中は戦闘機に乗ってた」患者さんが来られたときは
「パイロットになりたかった」おとうちゃんは
夢中でその人と話してた・・・
60年代初頭、田舎の小さな医院には
いろんな人がやってきた。
(今カンナのことを調べてみたら
「コロンブスがアメリカ大陸発見時に見つけた花として有名」とか。
花言葉は「情熱・快活・妄想」或いは「永遠」というのも。
私の勝手な想像だけれど、あの人に似合ってる気がして・・・驚いた)