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このお話は
「純・真」
「純・粋」
の続編です。
「違う?」
小林保志は先日、榊田先生の家で分かったことを告げるため、二人を家に呼んだ。縞木璃香と久保田泉だ。久保田は不登校ではあっても家から出られないわけじゃない。同じマンションでもあるし、璃香と一緒に現れた。
まずメールの送信者は彼ではないと話す。先に反応したのは璃香だった。
「送信時間に、先生はお母さんと一緒に食事をしていた」
久しぶりに田舎から出てきたということで、写真を撮って欲しいと言われたらしい。写真も見せてもらった。
「よかった……」
それは小さな呟きから始まった。それからの久保田の告白は少し想像とは違っていたが、暗い顔をして項垂れているよりはずっといい。
「璃香ちゃんが羨ましくて」
久保田はそう言うとこちらをチラリと見る。
羨ましい……、それは自分と璃香の関係を指していると分かる。
小林保志、高校教師でありながら高校生の恋人をもつ二十四歳。彼女縞木璃香、間もなく卒業を控える十八歳だった。
二人は子供の頃から同じマンションに住んでいる。自分は途中からだがやはり同じマンションで、就職先がまさか彼女の通う高校になるとは予想だにしなかった――。
久保田は続ける。
「高校に入学して担任が榊田先生になって、私も璃香ちゃんみたいに先生の恋人が欲しいと思ったの」
成る程。高校生になって恋する季節がやってきた。そこで恋人が欲しいと思うことに問題はない。ひとつの成長過程にある想いだろう。ただ教師を相手に選んじゃ駄目だ。
しかし目の前に自分と璃香がいたら、駄目というのも説得力はないか。
「二年生になって、また榊田先生のクラスになったの。これは運命だって思って告白しちゃった」
「え?」
聞いてないよと璃香が詰め寄る。ちょっと待て。告白を聞いてないだけで榊田先生が好きだってことは知ってたのか。
「それ、今はパス」
何だよ。そんな怖い顔で見るなよ、分かったから。
「玉砕しちゃったけれどね」
久保田はそう言って笑った。榊田はちゃんと話を聞いてくれたという。
教師への憧憬れには甘美な響きがあるのだろう。そういう意味では璃香の方が何も感じていないと思う。こいつは教師を好きになったわけじゃない。大学生だった彼氏が就職して教師になっただけだから。
しかし久保田の目から見れば、教師と女生徒の秘密の関係は特別なものに映ったのかもしれない。子供の頃のまま、純情な乙女に育っていたら綺麗な物語のようにも見えただろう。
ただ現実はそんなに甘くない。
外での態度は制限され、マンションの出入りには注意を払う。不満を口にし始めたら止まらなくなり、何時間も帰らずに泣いていたこともある。
それでも離れるとか別れるという言葉を聞いたことはない。その点だけは璃香は強いと思う。
「榊田先生はやめなさいって。人を好きになることは大切だけれど、相手は自分ではないだろうって」
振られた話のはずなのに、彼女の顔は穏やかだった。榊田の声でリフレインされる。
彼は久保田をちゃんと見ていた。そこで思い出した言葉があった。
『視線耐性』
意識してみると、確かに久保田の視線は曖昧に動く。
目を合わせられないと言っていたな。
『俺はこの二年、彼女の視線を受けたことはないです』
榊田の言っていたことを初めて認識した。そして分かった。彼は二年もの間、視線を受けていないと断言できるほどに彼女を見続けていたのだということに――。
「久保田。学校、来られるか」
「はい。明日から行きます」
よかったあ、と璃香が抱きついている。まず一つ解決だな。
二人は抱擁を暫く続けたあと、今度は明朝の待ち合わせを何時にするかの相談をしている。璃香にとって残り短くなった高校生活を気持ちよく過ごしたいと思うのは当然のことだ。一日でも早く日常を取り戻したいのだろう。
「じゃ、あのメールを送ったのは誰なの」
少し冷静になると、その疑問に気づいてしまった。璃香はこちらに向きを変える。ワンルームの真ん中にある小さなテーブルを挟んで、向こう側に二人はいた。大き目のラグはテーブルだけでなく二人も乗せている。
ここからが正念場だ。だが今は少しだけでも延ばしたいという気持ちが勝っている。
「ジュース飲もうか、ぬるくなっちゃってるけど。お菓子も食べよう、折角持ってきたんだから」
テーブルの上のポテチとポッキーを皿に出す。璃香の視線を受け、保志は居心地の悪さを感じていた。
「冷蔵庫にアイスもあるぞ。食べるか」
立とうとすると、こちら側に回ってきた璃香に止められた。
「保志先生、どうしたの。ちゃんと答えて」
はい。今度こそ覚悟を決めるか。
「メールの送信者はまだ分からない。ただカメラを仕掛けた人間は判明した」
「誰」
「久保田のお父さんだ――」
それからの久保田の取り乱しようはなかった。今回、こちらに呼んだ理由はこれだ。万が一、おばさんが帰ってきたらいろいろと困ることになる。まだ事情を知る人間は少ない方がいい。
榊田は優秀な教師だ。いろいろ調べて校内の出入りから不審人物を見つけ出した。
保護者会に参加するため、学校へ来ている者は多い。しかし校内に入る記録はあるのに出た記録がない。それも複数回に及ぶ。そんな保護者は一人だけだ。
ここで初めて校長に事情を話し、カメラ映像からその人物を捜した。生徒の顔写真はあるが保護者まではない。それが誰なのかを見つけるもの一苦労だと思っていた矢先、榊田が知っているという。
久保田の不登校を心配した彼は両親のことも調べていたからだ。両親ともに弁護士だ。ホームページに顔写真が載っていた。確かに当該時間に校内に入り出ている記録のない人物だった――。
彼を学校に呼んだ。
それまで榊田からの連絡はのらりくらりと躱していたようだが、校長からの呼び出しは受けざるを得なかったようだ。
「流石に弁護士だったよ」
その受け答えには見事な言い訳を山のように考えてきたのだろうと思わせた。
しかし全ては証拠だ。学校のカメラにも姿は捉えられていた。ただ顔が分からない。そこで教育委員会の力も借り、当該日時の近隣の防犯カメラの映像を調べることに成功した。彼は保護者会終了時刻よりも何時間も後の深夜に、学校の近くに現れている。
「それもカメラを手にしたままね」
多分、この辺りに出没する車上狙いを恐れたのだろう。コンビニの買い物にカメラを持っていくなんて、普通しないよな。
「本当にお父さんなの」
可哀想だと思う。漸く学校に戻る決心をしたところなのに。
「あゝ」
もう泣き崩れることなく久保田は聞いている。
「今は警察にいるよ」
多分、メールの送信者も画像を投稿した人間も警察が見つけてくれる。
「お父さんが撮影した映像が、投稿された画像と同じものだとはまだ判明していない。それも警察が調べているよ」
別人が別の写真を撮っているなどという、うまい話はないというのが警察の見解だ。そんなうまい話でも久保田には救いになることは分かっている。しかしそれを口にはできない。
「お父さんが盗撮。私がいるって分かってるでしょ」
久保田にとって今は荒れ狂う嵐のような氷雪が、その身を包んでいることだろう。そんななか、もう取り乱すことなく受け止めようとしているようだ。
「現時点では詳しいことは分からない」
根拠のない慰めは結果を悪い方向へ導いてしまうかもしれない。無責任な言葉を、この場限りと言うことは簡単だ。
しかし榊田は承知しなかった。保志が二人に話をするとなった時、くれぐれもと言われたのだ。
半端な話はしない。そう彼と約束をしている――。
【To be continued.】 著 作:紫 草
ニコッとタウン内サークル「自作小説倶楽部」2019年2月小題:氷雪
お褒めのお言葉、嬉しいです。
本当にありがとうございました。
お時間の許す時に、また遊びに来て戴ければ幸いです。
「純」3部作(続)を一気に読ませて頂きました。
感想については敢えて伏せますが「一気に読んでしまった」という事実から察してもらえればと。
僕は「モノを産み出す」ことのできる人間を尊敬しています(自分は曲や詩を創っているので…)。そんな思いの中で唯々「凄いなあ」と呟くのみです。
また再び此処に訪れようと思います。
それでは失礼致します(ΦωΦ)マタネ!