翌朝、雪がやってきた。
窓から見える景色は、一面の雪化粧。
花音は雪が好きだった。
ふわふわと落ちてくる雪を、手のひらで受け止めながら笑っていた。
教会での雪と花音の笑顔は、孝哉にとって宝物だった。
忘れてた。
何処で生きていてもいい。
花音が、ちゃんと生きていてくれたらそれでいい。
もう手の届く人間じゃなかった。
花音は朝倉家の人間になったのだから。
帰ろう。
これ以上、此処にいたら花音に迷惑がかかる。
もう終わっていたんだな。
その時、外を歩く朝倉公爵の姿が見えた。
「おはようございます。一晩で真っ白ですね」
公爵も笑顔を返し、この季節に軽井沢というのもいいですねと加えた。
「公爵。僕帰ります。花音のこと、よろしくお願い致します」
「君は花音を連れ戻しに来たのじゃないのかね」
屋内に入り、今朝は孝哉がコーヒーを淹れた。
「花音の立場を思い出しました。僕は花音が幸せに暮らしてくれたらそれでいい。困らせるつもりはありません」
今日中に出てゆくという孝哉に公爵の言葉はなかった。
やはり最初に会ったのが三枝子爵で、彼にも挨拶をし帰路につく。
そして老婆に会った湖まで来て足を止めた。
白樺にも、うっすらと雪が残っている。
早く此処を出よう。本格的な雪がきたら、閉じ込められる。
ここに閉じ込められたら、流石に辛い。
そう思った時、反対側の岸に人の姿を見た。
あれは…
公爵夫人と、花音だ。
湖面は凍り、雪が残っている。
その湖面を花音は見つめているようだった。
孝哉は湖を縁どるように歩いていった。
少しずつ近くなる距離は、この数年の時を越えてあの夜に戻ってゆくようだった。
幸せな一夜。
彼女の腕に絡められ…、抱いた。
何も考えず、彼女を愛した。
髪も瞳も唇も、そして体もすべてが愛おしかった。
翌朝は永遠に訪れないと思った。
明日他人のものになる花音に、逃げようと云った夜。
花音は、それを拒否したのだった――。
湖のほとりに花音の姿は、一枚の絵のように見えた。
昔、孝彌が描いた絵の中の少女が此処にいる。
花音は青い瞳をした人形のような服を着て、でも長く伸ばした髪は相変わらず漆黒だった。
綺麗だな、と思った。
知っているとも思うのに、やはり綺麗だと思う。
漸く花音のところに辿り着き、孝哉は立ち止まった。
覘きこんだ左の瞳も相変わらず、妖しく美しかった。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
窓から見える景色は、一面の雪化粧。
花音は雪が好きだった。
ふわふわと落ちてくる雪を、手のひらで受け止めながら笑っていた。
教会での雪と花音の笑顔は、孝哉にとって宝物だった。
忘れてた。
何処で生きていてもいい。
花音が、ちゃんと生きていてくれたらそれでいい。
もう手の届く人間じゃなかった。
花音は朝倉家の人間になったのだから。
帰ろう。
これ以上、此処にいたら花音に迷惑がかかる。
もう終わっていたんだな。
その時、外を歩く朝倉公爵の姿が見えた。
「おはようございます。一晩で真っ白ですね」
公爵も笑顔を返し、この季節に軽井沢というのもいいですねと加えた。
「公爵。僕帰ります。花音のこと、よろしくお願い致します」
「君は花音を連れ戻しに来たのじゃないのかね」
屋内に入り、今朝は孝哉がコーヒーを淹れた。
「花音の立場を思い出しました。僕は花音が幸せに暮らしてくれたらそれでいい。困らせるつもりはありません」
今日中に出てゆくという孝哉に公爵の言葉はなかった。
やはり最初に会ったのが三枝子爵で、彼にも挨拶をし帰路につく。
そして老婆に会った湖まで来て足を止めた。
白樺にも、うっすらと雪が残っている。
早く此処を出よう。本格的な雪がきたら、閉じ込められる。
ここに閉じ込められたら、流石に辛い。
そう思った時、反対側の岸に人の姿を見た。
あれは…
公爵夫人と、花音だ。
湖面は凍り、雪が残っている。
その湖面を花音は見つめているようだった。
孝哉は湖を縁どるように歩いていった。
少しずつ近くなる距離は、この数年の時を越えてあの夜に戻ってゆくようだった。
幸せな一夜。
彼女の腕に絡められ…、抱いた。
何も考えず、彼女を愛した。
髪も瞳も唇も、そして体もすべてが愛おしかった。
翌朝は永遠に訪れないと思った。
明日他人のものになる花音に、逃げようと云った夜。
花音は、それを拒否したのだった――。
湖のほとりに花音の姿は、一枚の絵のように見えた。
昔、孝彌が描いた絵の中の少女が此処にいる。
花音は青い瞳をした人形のような服を着て、でも長く伸ばした髪は相変わらず漆黒だった。
綺麗だな、と思った。
知っているとも思うのに、やはり綺麗だと思う。
漸く花音のところに辿り着き、孝哉は立ち止まった。
覘きこんだ左の瞳も相変わらず、妖しく美しかった。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。