電報が届いて、10日が経った。
その日の朝、孝哉は帰ってきた。友人という名の異人を連れて。
「どういうこと、デスカ?」
一通りの事情を聞いたところで、その人は孝哉に声をかけた。
「花音が…否、君の娘が行方不明になっているそうだ」
その場の空気が、揺れた。
母静は驚き、孝彌は動揺した。
孝之輔は子供たちを連れ居間を退室し、使用人たちも去った。
どよめきにも似た空気にはわけがある。
その異人はどう見ても、花音の父というには若過ぎる。
「花音の父親!?」
孝彌の声は、微かに震えているのが分かる。
孝哉は、その人に耳打ちをすると彼は小さく頷き、改めて孝彌に向かい言葉を返す。
「そう。彼はスチュワート。日系の英吉利人で、名は初瀬家(はせうち)と云う。以前東京では父親と暮らしていたらしいが、長く大陸にいた」
孝哉は、そこで一つ咳をする。
子供を置いて戻ってきた孝之輔が、何処で知り合ったんだと問う。
「大陸では、日本の軍人たちは町に住む外人も徴用してた。彼はそこにいた。俺は彼を監視する目的で一緒に暮らし始めた」
大陸のこと、軍人のこと、戦争のこと。孝哉は彼のことも含めて細かく話す。
その話を、もどかしく聞く三人。
「そんなことはどうでもいい。このス…何とかって人、見れば僕と余り年が変わらないように見えるけど」
孝之輔は、そう云いながらも彼をよく見ようとはしなかった。
「無理ないよ。最初は俺も信じなかった。でも証を持ってるんだ、ちゃんと」
「あかし!?」
孝彌が呟く。
「そう。まずは彼の左腕にある蝶のような痣。それは彼の一族に見られる遺伝だそうだ。それから産院の記録。花音の母親がスチュワートの父親に送ってきたものらしい。そして赤子の写真。花音と同じ左手の痣が写っている」
日本語を理解する彼は孝哉の話を聞きながら自ら鞄を開き、その証を取り出した。
「まだ学生でした。父親に連れられて、その手の宿に行きました。そこで彼女に逢いました」
流暢とまではいかないまでも、充分理解可能な言葉を話す。
孝之輔は産院の記録を、孝彌は赤子の写真を食い入る様な目で見ていた。
「憶えてるか? 以前、鹿鳴館で花音のことを聞かれた外人がいたことを。あの人が多分、花音の祖父、スチュワートの父親だと思う」
孝哉は、苦々しく思い出す。
あの時の自分の不用意な言葉がなければ花音は嫁にいくこともなく、まして行方不明なんて状態にはなっていなかった筈だ。
スチュワートの父親は日本人相手に仕事をしているものの、息子の結婚相手として花音の母親を認めてはくれなかった。
そこで彼は条件を出した。
スチュワートが一人で中国に提携のホテルを造ることが出来たら許そうと。
そうして彼は中国に渡り、花音と母親は残された。
「スチュワートは、今も自分の父親が世話をしてくれていると信じていたよ」
何があったのかは分からない。
しかし少なくとも孝彌が見つけた花音の暮らしは酷い有様だった。
「花音の本当の名前は“すて”じゃない。ステファニーと云うんだ」
ステファニー。
そこにいた全ての者が小さく呟いた。
「そんな可愛らしい名前だったんだね」
孝彌は花音を連れてきた日のことを思い出していた。
名前を聞いても、よく分からなくて花音と名付けた。
もっとちゃんと話をきいてやればよかったと、孝彌は初めて涙をこぼした。
しかし此処でどんなに泣いても、花音は戻ってこない――。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
その日の朝、孝哉は帰ってきた。友人という名の異人を連れて。
「どういうこと、デスカ?」
一通りの事情を聞いたところで、その人は孝哉に声をかけた。
「花音が…否、君の娘が行方不明になっているそうだ」
その場の空気が、揺れた。
母静は驚き、孝彌は動揺した。
孝之輔は子供たちを連れ居間を退室し、使用人たちも去った。
どよめきにも似た空気にはわけがある。
その異人はどう見ても、花音の父というには若過ぎる。
「花音の父親!?」
孝彌の声は、微かに震えているのが分かる。
孝哉は、その人に耳打ちをすると彼は小さく頷き、改めて孝彌に向かい言葉を返す。
「そう。彼はスチュワート。日系の英吉利人で、名は初瀬家(はせうち)と云う。以前東京では父親と暮らしていたらしいが、長く大陸にいた」
孝哉は、そこで一つ咳をする。
子供を置いて戻ってきた孝之輔が、何処で知り合ったんだと問う。
「大陸では、日本の軍人たちは町に住む外人も徴用してた。彼はそこにいた。俺は彼を監視する目的で一緒に暮らし始めた」
大陸のこと、軍人のこと、戦争のこと。孝哉は彼のことも含めて細かく話す。
その話を、もどかしく聞く三人。
「そんなことはどうでもいい。このス…何とかって人、見れば僕と余り年が変わらないように見えるけど」
孝之輔は、そう云いながらも彼をよく見ようとはしなかった。
「無理ないよ。最初は俺も信じなかった。でも証を持ってるんだ、ちゃんと」
「あかし!?」
孝彌が呟く。
「そう。まずは彼の左腕にある蝶のような痣。それは彼の一族に見られる遺伝だそうだ。それから産院の記録。花音の母親がスチュワートの父親に送ってきたものらしい。そして赤子の写真。花音と同じ左手の痣が写っている」
日本語を理解する彼は孝哉の話を聞きながら自ら鞄を開き、その証を取り出した。
「まだ学生でした。父親に連れられて、その手の宿に行きました。そこで彼女に逢いました」
流暢とまではいかないまでも、充分理解可能な言葉を話す。
孝之輔は産院の記録を、孝彌は赤子の写真を食い入る様な目で見ていた。
「憶えてるか? 以前、鹿鳴館で花音のことを聞かれた外人がいたことを。あの人が多分、花音の祖父、スチュワートの父親だと思う」
孝哉は、苦々しく思い出す。
あの時の自分の不用意な言葉がなければ花音は嫁にいくこともなく、まして行方不明なんて状態にはなっていなかった筈だ。
スチュワートの父親は日本人相手に仕事をしているものの、息子の結婚相手として花音の母親を認めてはくれなかった。
そこで彼は条件を出した。
スチュワートが一人で中国に提携のホテルを造ることが出来たら許そうと。
そうして彼は中国に渡り、花音と母親は残された。
「スチュワートは、今も自分の父親が世話をしてくれていると信じていたよ」
何があったのかは分からない。
しかし少なくとも孝彌が見つけた花音の暮らしは酷い有様だった。
「花音の本当の名前は“すて”じゃない。ステファニーと云うんだ」
ステファニー。
そこにいた全ての者が小さく呟いた。
「そんな可愛らしい名前だったんだね」
孝彌は花音を連れてきた日のことを思い出していた。
名前を聞いても、よく分からなくて花音と名付けた。
もっとちゃんと話をきいてやればよかったと、孝彌は初めて涙をこぼした。
しかし此処でどんなに泣いても、花音は戻ってこない――。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。