『君戀しやと、呟けど。。。』

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『人形遣い』 その拾八 最終回

2007-11-18 11:50:40 | 小説『人形遣い』
 左の瞳は妖しく美しかったが、以前の輝きはない。
 隣に立つ孝哉にも気付かない花音に、公爵夫人が先に立ち上がる。

「ごめんなさい。私の罪です。花音は…何も分からないの」
 そう云って彼女は泣いた。
 孝哉は、花音の肩を抱く。
「花音、ただいま」
 その声に漸く反応し孝哉を見た。
 しかし微笑む花音の瞳は、どこも見ていなかった。
「花音…」

「少しずつ壊れてしまったんです。心が、この世になくなってしまったと医師に云われました」
 公爵夫人はそう云うと泣き崩れた。

 医師を捜し廻る日々。
 漸く見つけた医師に宣告された言葉に、絶望したと話した。
 養子には逃げられ、この上、花音に姉小路に戻られてはと東京を離れた。
 その後も誰か治してくれる医師はいないものかと探したが、結局、静かに暮らすことしかないと告げられた。

「知っていました。この場所が分かったのは、その医師に会ったからです。だから泣かないで下さい。逢わせて戴いて有難うございました」
「やはり知っていたか」
 背後から、朝倉公爵がやってきた。

「帰ると云い出した時、もしやと思ったよ」
 あれ程会いたいと云っていたのに突然帰ると云い出した。
 だからこそ、これは隠しておけない、と奥に話し孝哉に打ち明けることを告げた。
「昨夜、すぐに会わせることはできないと云った。その訳はこれだ。何も知らない孝哉君に、今の花音を会わせることはできないと思った」
 公爵は深々と頭を下げた。
「止めて下さい。花音が生きていてくれたらいいんです。僕の望みはそれだけです」
 孝哉は公爵に笑いかけた。その笑みを見たことで、朝倉公の気持ちは固まった。
「君に花音を返そう。君の許でなら、花音の心は戻ってくるかもしれない」
 公爵もまた、罪の意識に苛まれていた。
「それでは朝倉家が」
「こんな中途半端な華族があっていい筈はない。我々は華族から離れよう」
 公爵の言葉は、とうに決めていたことのように聞こえた。
「お父上に申し訳なかったと伝えてくれるかな」
 そう残して、公爵は湖を去った。
 公爵夫人もまた、会釈と花音を残し後を追う。
 そのふたりの後姿に、深々と頭を下げる孝哉であった。

 その後、姉小路に連れ帰った花音も様子が変わるわけではなく、子供たちの教育上離れて暮らすこととなった。
 スチュワートは自分の親のしでかしたことだと花音の親権を放棄すると云い、甥の士朗は当然養子縁組を解消された。
 そして孝哉は、父から一つの提案を受けた。
「花音と朝倉家の養子にならないか」
 と。
 実は、花音は朝倉の姓にはまだ入っていなかった。
 子供ができるまでは、という母との約束に朝倉家が従ったのだ。
 だから花音を連れ戻されると恐れたのか、と孝哉は思い当たった。
「これも縁だろう。幸いなことにお前は人付き合いが悪く、こちらでは孝哉がいなくて困ることはない。そんな孝哉でも朝倉家の養子になれば、一つの名家が没落せずに済む」
 どうだ、と父は聞く。
 孝哉に任せるとは云うものの、本心は行って欲しいのだろうと思った。
 あえて悪く云う孝哉を、一番可愛がっていることを孝之輔は知っている。そして孝哉もまた、父の愛が一番深いことを感じていたのだった。
 だからこそ手離すことができる。
 そんな想いを父が口にすることはない。

「花音は、どういう立場になるの?」
「お前が養子になれば、朝倉家の嫁として迎えられるだろう」
 居間に揃う皆の顔を見た。
 孝之輔は、聞くなの表情が見てとれる。今さら反対しないということか。
「孝彌は?」
「僕は、花音が幸せになってくれたらいいよ」
 そう云って、手元にあったデッサン画を開いて見せた。
 そこには今の花音が、幸せそうに微笑んでいる姿が描いてあった。

 孝哉の気持ちは決まった。
「朝倉家には話が通っているんですよね。明日、早速行ってきます」
 と、父に向かって答えを出した。
 確かに父の想いは伝わっていた。

 そして皆が花音を見た。
「良かったね。孝哉兄さんのお嫁さんになるんだよ」
 孝彌のその言葉に、花音が微笑んだ。
「ほら大丈夫だ。ちゃんと笑ってる。僕は親代わりだからいつまでも見守っていく。兄さんのお嫁さんになってもそれは変わらない」
 孝哉は思う。
 自分も同じことを云って花音を捜す旅に出た。
 でも何も分かっていなかった。
 見守るという言葉の本当の意味を、孝彌に教えてもらった気がする。

「花音。僕はまた画を描くよ。モデル頼むね」
 そう云う孝彌に、孝哉は「モデル料高いぞ」と嘯(うそぶ)いた。
「いいよ。賞狙ってやるから」
 孝彌は、極上の笑顔を皆に向けた。
 専用の椅子に座る父、寄り添うように佇(たたず)む母。一人用ソファに孝之輔。
 そして向かいには、一対にも見える孝哉と花音――。
 タイトルは人形。人形遣いの復活だ。

               【了】
                    著作:紫草

※この物語はフィクションです。
 登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
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2 コメント

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お疲れさまでした(いろいろあったけれど) (natu)
2007-11-19 19:36:50
ともかくも花音ちゃんが幸せになれて良かった。
華族のお坊ちゃんらしい弱さを持った孝哉が、一体どうするのかとはらはらし通しでしたが。
孝彌の冷たいとも受け取れる言葉の数々は、絵描きとしてモデルをみつめる冷静さからくるもので、意外や父親代わりの自覚はあったのですねぇ。人形遣い、だものね。
始終じっと成り行きを見守っていた孝之輔が格好良い。一番の良い男は、彼かも。
短かった鹿鳴館時代、生き残るか没落するか、華族も士族も運命が分かれていく時代だったように思います。新しい明治の流れにうまく乗った姉小路家は、お父さんと孝之輔に才覚があったということなのでしょうね。
何はともあれ、お疲れさまでした。
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Re: (紫草@管理人)
2007-11-19 20:17:58

 natuちゃん、いらっしゃいませ。
 どうも有難う。生みの苦しみを味わった作品になりました。

 一人だけの物語ではなく、三兄弟が其々の役割のある物語。
 冒頭の“彼”は孝哉。二行目の孝彌。
 狂言回しの孝彌。恋物語を展開する孝哉。
 そして何もかも知っていて、そこに生きるこの時代の長男孝之輔。
 実際の暮らしには脇役なんていないもの。
「皆が人生の主人公」
 S氏の詞にある通り。
 そのなかにあり、どういう形であれ大好きな孝哉の許で幸せに暮らすことになる花音。
 願わくは、この先の花音の人生に幸多かれと祈ります。

 完結して、私も嬉しい♪
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