『君戀しやと、呟けど。。。』

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『血族4』その2 (小題:風見鶏)完結篇

2020-07-19 00:56:04 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


このお話は、
『家族』
『姉妹』
『血族1』
『血族2』
『血族3』
『血族4』その1
の続編です。

7月自作/風見鶏 『血族4』その2 完結


[続き]

 高野祥華は駅までの道を歩く。
「悪い人ではないと思う。ただ大人になりきれなかった人なんだとも思う」
 松本隼人の言葉は会話を要求しない。独り言のように続く。
「うちの母さんよりも綺麗で優しくて、多分十人いたら十人が高野のお母さんの方が良い親だと言うだろう」
「そんなことない」
「ありがと」
 本当だ。血の繋がった母だが、何もなかったとしても松本の母は頼もしい良い母だ。
 顔形なんて、どうでも良いと祥華は思った。
「それでも人っていうのは、見た目で多くを判断してしまうんだ。高野のお父さんを見て、それを知ったよ」
 世の中の人は、料理人を見る時に知らず知らずのうちに水商売というカテゴリに入れてしまう。松本の父を語る時、隼人の瞳は揺れる。とりとめのない話の中に隼人も淋しさを秘めていると感じた。

 そんな中でも彼は料理人の道を選んだ。若い頃から寿司屋でバイトをして、多くの職人から腕を盗んできたという。
 最後は一流と呼ばれる創作料理も出す和食店に入り、五年。修行はもういいだろうと店主に言われ、鮮魚部門の主任になった。松本の父はそれを聞いても、そうかと言うだけだったけれど、すごく喜んでいるのはわかる。最近では、揚げ物は隼人の方が旨いんだ、と言う顔が嬉しそう。
 初めて松本の父がやって来て、自営業で小料理店を出していると言った時、父は、
『板前か』
 と言ったのだ。多分、深い意味はなかった。自分の友達に板前がいると言っていたので、同じ板前という職業だと思ったのだろう。
 しかし、松本の父は水商売という匂いを感じたらしい。
 最初は敵だと思っていた相手。今は違うとわかっていても、最初の印象は残ってしまうのかもしれない。

 隼人はマンション前まで送ってくれた。
 上がってと言ったが、まだ祥華は仕事が残ってるだろと帰っていった。そうなんだ。父に母の様子を伝えること。
 隼人は手伝ってはくれない。大事なことだから。

 持ち帰った離婚届けを見て、父はその場で署名をする。
「明日、出してくるよ。警察の届けは瑛里華が取り下げておいてくれた」
 これで自由だな。
 少なくとも父の表情は晴れ晴れとして見えた。
「隼人が、お母さんに明日出すって言ってた」
 そう言うと、父は苦笑いのような表情を見せる。どうしたのだろう。
「隼人君に言われたんだ。祥華が持って帰ってきたらすぐに出すことと」
 そうだったの。知らなかった。そこで見てきた母の様子を話した。何も困ってなかったこと。芽美とはうまくやっていると話していたこと。働いていないこと。
「保険証を返してもらう時、これからどうしたらいいのって聞かれた」
 そんなことも分からないような、駄目な大人だった。国民保険に切り替わると言ったら、やってって。話しながら涙が溢れてくる。
「携帯も。名義はそのままで使ってていいから、料金は自分で払ってって言ったら泣くんだよ」
 こっちの方がやってられないよ。
「私も同じだな。祥華にひどい役割を。悪かった」
 そんなことない。お父さんはわかってくれてる。ただ……。
「お母さんといて、芽美は幸せなのかな」
「それは芽美がどう思うかだな。もし学校の生徒だったら、もっと親身に聞いてやれたかもしれない」
 難しいな、と言ったところで話は終わった。

 翌日。
 父は晴れて独身となり、週末に松本の父のお店で集まることとなった。
 珍しく麻美もいる。貸切ではないため、母は店内を動き回っている。
「お母さん。私も手伝います」
 この日は昼の時間を過ぎても、落ち着くことがない。祥華ができることなどしれている。溜まっている洗い場の食器を洗うことにした。
 父がエプロンを貸してくれる。黒い布のエプロンで裾の方に花の絵が付いている。綺麗な花の絵だった。
「お父さん、よかったですね」
「黙ってろ」
 そんな両親の会話が気になった。
「何ですか」
 背中を向けて洗いながら、店内を動き回る隼人に聞いてみる。
「そのエプロン。親父が買ってきたんだ」
 祥華が使うかもしれないからってさ。
「実際、こんな形で使ってるんだから、親父としては嬉しいだろうな」
 嬉しいような、困ったような顔を見せる父。
「お父さん。ありがとう」
「あゝ」

 夜、暖簾を仕舞い、みんなでテーブルを囲む。
「いちおご報告です。芽美のことは元妻と本人に任せるしかなくなりましたが、一区切りとします。住所を変える時には連絡するように言いましたので、それまではそこにいると思います」
 そう言って、父は一枚の便箋を出した。
「いろいろとありがとうございました。芽美の我が儘から始まったことでした。申し訳ないです」
「いえ。うちにも問題があった。それがこういう形で湧き出てきただけです」
 そんな感じで不思議な縁の生まれた家族が穏やかに過ごしている。こういう付き合いもあるんだろうな。

「あ」
 何だろう。隼人が急に声をあげる。
「かなり前なんだけどさ」
 そう言い置いて、彼は、
「以前、何か、見落としてるような気持ち悪い感じがあるって言ってたじゃん」
 そんなこと、あったね。
「あれ、わかった」
 何でしょう。

 すると顔だという。
 祥華と隼人が似ているのは母に似ているからだが、一番似ているのは実は祖母だ。そしてその祖母の顔は系統でいけば、高野の父も同じなんじゃないかと思う。雰囲気が似ている感じ。
 そして芽美を思い出して、あいつはいったい誰に似ていたんだって思ってさ。
「あの時、無意識に芽美が高野の父さんの子か、俺は疑っていたんだ。でも気付けなかったよ。あまりに突拍子もないことで」
 それはそうだろう。入れ替わり自体が非現実的なことなのに、その上、父親が違うなんて誰も考えたりしない。
 その結果を誰よりも早く知ってしまった芽美は、もしかしたら間違った選択をしたのかもしれない。何も知らず、ただ入れ替わりだけしか知らされなかったら、ここまで母一人に拘ることはなかったかも。少なくとも、松本の家と縁を切ってしまうようなことはなかったと思う。
 逆に祥華は幸せだ。松本の家族は、芽美が高野の家にいることになっても戻ってこいとは言わなかったし、自然に受け入れてくれた。

 二つの家族を持った。
 血の繋がりも考えた。
 確かなことは、誠実に人に向き合うことが大切だということ。そして思い遣り日々暮らす。それが祥華にとって、家族と呼べる人との繋がりだ。

「そろそろ祥華も隼人君も結婚を考えたらどうだ。相手くらいいるだろう」
「そうですね。いろいろ方も付いたことですし、次は結婚ですかね」
 ぎょっとした。
「相手、いるの?」
 隼人は一瞬、戸惑うような顔をして、決まってるだろうと笑った。こいつ、絶対に嘘だ。
「お父さんだって良い人いたら再婚できるんだからね。みんなの将来、明るいね」
 もしかしたら麻美の結婚が一番、早いかも。長く付き合う人がいるのは彼女だけだ。
 少しだけぎこちないけれど、心の底から笑いあえた夜だった――。

【了】 著 作:紫 草 
 


by 狼皮のスイーツマンさん

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