同じ出来事は、アパートメントの206号室でも、101号室でも、あるいは隣の一軒家のなかでも、立ち並ぶビルディングに詰め込まれたオフィスの、自販機コーナーの一角に据え付けられたモニタの画面上でも起こっていた。スーツを着込んだイヌの会社員が、路地裏で煙草をふかしていたクマの運転手が、ウインドブレーカーを着こみランニング中だったオコジョのアスリートが、みな足を留めてビル壁面の大型モニタを見上げ、そこに映る顔を見た。
よく知っている顔。Dr.アンドルフだった。
やあ、コーネリアのみなさん。
画面の中のアンドルフが、淡々とした声でしゃべる。
かつてこの星の文明を、滅亡の危機に追い込んだ凶科学者。しかしいま画面に映る人物の表情からは、狂気も憎悪も読み取ることができない。
病気のために長期療養していた有名人が、晴れてふたたび人々の前に姿をあらわした。そんな印象だった。
「私の名前と、この顔だけは、おそらく御存じだろうと思うが。ご挨拶しておこう……アンドルフ、と呼んでいただければけっこうだ」
コーネリア軍基地作戦司令室では、ほの暗い室内に広がる無機質な光を浴びて、ペパー将軍はじめ軍の将校たちが、一様に苦い顔でモニタを見つめていた。
壁面いっぱいを埋め尽くした十数個のモニタすべてが、アンドルフの顔を映し出している。
「どうせ今までもこれからも、そう呼ばれるのだからな」
そう言って含みある微笑みを、科学者は浮かべた。