名邑十寸雄の手帖 Note of Namura Tokio

詩人・小説家、名邑十寸雄の推理小噺・怪談ジョーク・演繹推理論・映画評・文学論。「抱腹絶倒」と熱狂的な大反響。

¶ キネマ倶楽部 【ベルナール・ヘルツォーク フィツカラルド】

2020年11月23日 | 日記
 一般的に分かり易い傑作は「フィツカラルド」でしょう。主役のクラウス・キンスキーが光りますが、クラウディア・カルディナーレの歴史に残る名演も心に残ります。ブラジルのジャングルで何年間も撮影した為、ジャック・ニコルソン、ジェーソン・ロバーツ、ミック・ジャガーという主演候補が様々な事情で降りました。仕方なく選んだわがままですぐ切れてしまうクラウス・キンスキーを制御したのは、クラウディア・カルディナーレでした。キンスキーが笑顔を見せた映画は、この一作だけとも云われています。キンスキーはクラウディア・カルディナーレに心酔しており、どんな希望にも従ったのです。クラウス・キンスキーが名優である事は間違いありません。悪夢が様式化され、まざまざとした真実が描かれる傑作映画ですが、スクリーン上の存在感が抜きん出ています。

 ブラジル、マナウスにオペラ・ハウスを建てたい無謀な夢想家がいます。既にジャングル横断鉄道で破産していますが、その失敗を伏線に使う処に現実味がある。河を遡ると強暴な原住民がいます。山を挟んだ河岸に向けて大きな船が山を越える話です。この映画では特撮技術が一切使われていません。映画の為に、本当に船が山を越えるのです。

 資金不足、製作を止め様と邪魔したキンスキー、2度に渡る飛行機事故、船の移動時の事故、船が動かずクレーンの手配に3ヶ月掛かったトラブル、干上がった河に水が戻るまで7ケ月待った困難、ピラニアに足を噛(か)まれる、毒蛇に噛まれた男の足を切る、軍事政権に拠る逮捕、保釈金の手当て、「キンスキーを殺せ」と要求した原住民、船が急流を下るシーンでカメラ・マンが肋骨を3本折る、完成後の人権侵害裁判など正にサスペンスだらけですが、これらは映画の物語ではありません。全て映画製作上の実話です。ちなみに人権侵害の事実などありません。全て好い加減なマスコミと政治絡みの、根拠の無い非難でした。

 へルツォーク監督は、この困難な映画の為に3隻の船を準備しました。魚がお札を食べる僅か5秒間のシーンに11日間費やすプロ意識からも分かる様に、どんな事態が起きても撮影を続けます。4回に1回の割りでOKを出さないと、どんな危険に遭うか想像を絶した撮影現場だったそうですが、執念で撮り続ける。電話もなく、雨が降り出すと撮影本部は水浸しになりました。           

 一体激情とは何でしょうか。へルツォークを駆り立てる情熱は映画製作の常識を超えています。ジャングルを描いた大作は幾つかありますが、「フィツカラルド」に比較し得るのは「ミッション」などごく稀な例しか存在しませんし、「フィツカラルド」の藝術性には比べるべくもありません。この映画の主役は、ジャングルと原住民です。そこを行くおんぼろ船と、蓄音機から流れるエンリコ・カルーソの古びたオペラ。一体何の話かと戸惑う観客もいる事でしょうが、これこそ本ものの映画なのです。こんな傑作はハリウッドの映画システムからは想像さえ出来ません。この製作チームの様に藝術と激情を兼ね備えた撮影隊は、奇跡としか云えません。山を越えた船が、河に着水した時のヘルツォークの言葉があります。

「私の人生で、尤も美しい瞬間だった。船が山を越えた時、喜びは無かった。興奮も無く感情が奪われていた。全てを超えた思い。何年間にも渡る苦労や困難、屈辱の末の言葉にならない思いだった」

 他にも、「カスパー・ハウザーの謎(なぞ)」という名作があります。「アギーレ」は深層心理の流れが映像になった様な技巧と執念の映画です。オイル火災に包まれた中近東を描いたTV映像も半端ではありません。現在も存命中の映像作家 No.1と云って間違いないでしょう。ヘルツォーク監督の様な人物と、たとえ一晩でも藝術談義をする機会があれば、お聞きしたい事が山ほどあります。個人的に知りたいだけの事ですが、本当の思想家、真の藝術家が少なくなった昨今、ベルナール・ヘルツォークは二度と出現し得ない伝説の映像作家と云えます。


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@ 非論理エッセイ 【血文字の遺言に対するベートーヴェンの影響】

2020年11月23日 | 日記
 偉大な楽聖の名声を引用する意図など毛頭ありませんが、拙著「血文字の遺言」にはベートーヴェンの非論理的な影響があります。

「血文字の遺言」は、当初一冊として書かれました。処が、出版社変更後に三巻となってしまいました。一冊だと重すぎる、鞄に入らない、日本の満員電車では立ち読みも出来ない、粗大塵で捨てるにも余計な経費が掛かる。屁理屈は幾らでも成り立ちます。著者が読者諸氏に申し訳なく思った点は、物語の構成にあります。第一部だけで完結すると思われた読者が、満ち足りない思いをするかも知れないという懸念でした。その為、三巻と直した時に PART I の完結性に拘りました。

 話は変わりますが、ベートーヴェンの第九交響曲は有名です。しかしながら、この名曲の第一楽章を覚えている日本人は数えるほどしかいない筈です。お聞きになった事があるとしても、起承転結の序章に感銘を受けた方が何人いるか疑問です。第一楽章ばかりではなく、第二、第三楽章の印象も薄い筈です。その理由はベートーヴェン自身の意図にも少なからず因果関係があるかも知れません。バッハやモーツァルトにも共通する観点ですが、ベートーヴェンの卓越した完成度はその全体的な構成にある事は確かです。

 第九の第四楽章冒頭は、それまでの曲想を低弦のチェロとコントラバスが順次中断します。第一楽章から第三楽章の主題が、四楽章の冒頭で否定されているかの様に聴こえる【間違った演奏】が多々あります。余談ながら第二楽章にはメロディがありません。第一楽章と第三楽章の主題も通常の感覚で云う処のメロディとは異なります。故に、第四楽章の【歓びの旋律】が高らかに鳴り響くのです。処が、それまでの三楽章が分母となり歓喜の想念が盛り上がる。主題を底辺に流す遠聴理論が頷けます。ベートーヴェンが、第九の構成を後悔したという話は聞き及んでおります。推測を前提とする論理はさておいて、話題を戻します。

 僕は一つの作品を執筆する時に、ひとつの楽曲に集中する癖があります。文学的な技巧や想念を断ち斬り、一即多の全体思想を直観的に捉える為です。「詩集マラッカ」はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番。幕末時代劇は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲という具合です。「血文字の遺言」は交響曲第九番だけを執拗に聴きながら執筆しました。フルトヴェングラー指揮の演奏である事が重要なのですが、その点は後段に譲ります。

 第一章は混沌。第二章はスケルツォ(驚愕)。第三章はアダージェット(静謐)。第四章では複数のモチーフが葛藤しながら主旋律が姿を表わし、終章は主人公の歓喜(覚醒)が龍の様に空に舞い上がりながら異常に速くなるテンポ・ルバートを想定しました。

 第九の全体的な想念に拘った動機は、「何故この完璧な曲を作曲家自身が嫌ったか」という疑問がきっかけでした。だいぶ以前の事ですが、無為自然の極致とも云えるベートーヴェンの第十交響曲を聴いた事があります。未完の遺稿を補足して有志音楽家が演奏したものです。その時に、なるほどと思いました。ベートーヴェンは九番の文学的な構成が、音楽の絶対性にそぐわないかも知れぬと考えた可能性があります。第一楽章も、第二楽章も、三楽章も完璧な出来です。何故終楽章を単順に歓喜の主旋律から始めずに前段の三章をイントロで引用したのかという疑問が残ります。【歓喜の旋律】以降の構成は更に完璧です。四つの楽章の異なる想念が見事に融合している。御本人が亡くなり数世紀経つ為真相は藪の中ですが、シラーの文学的な詩想をベースにした創作動機と因果関係があるかも知れません。ひと言で云えば、第九には完成された【文学的プロット】があります。第四楽章のイントロは、それを聴衆に分かり易く示しているだけの事であり、後世の名演奏を聴けば巧みな結合と頷けます。飽くまでも推測ですが、当時殆ど耳の聴こえなかった天才芸術家は脳裡に生じる想念だけで完成された曲を聴いていたのでしょう。そう推理すれば、ベートーヴェンは【想念に生じる演奏】或いは【シラーの詩想】に後日違和感を覚えたとも考えられます。もしフルトヴェングラー指揮の名演奏を聴いていれば、ベートーヴェンも納得したに違いない。演繹的な推論ですが、かなり高い確率で正しい様な気がします。現代でさえ、第四楽章の出だしを完璧に演奏するのは殆ど不可能です。どの演奏も、それまでの三楽章を否定するかの様に聴こえる。しかしながら、ベートーヴェンがそれら三楽章を否定する筈がありません。どれも素晴らしい出来であり、第四楽章で融合した大きな想念となるのです。

 後に「血文字の遺言」を書くに当たって、ベートーヴェンが文学的ゆえに嫌ったであろう構成を小説で試み様と思い付きました。終章で前段を否定するのではなく、それまでの混沌、驚愕、静謐が大きな流れとなって歓喜の世界観に流れ込む様に考えた訳です。執筆の間中、ベートーヴェンの魂と話し続けました。「これで良いだろうか。後で後悔するような事はないだろうか」。すると、ベートーヴェンのつぶやき声が演奏の合間に聞こえてきます。「終章で起部、承部、転部を否定せずに、絡み合う河の支流が大海に流れ込む様に表現すれば良い」と励まして呉れたのです。「血文字の遺言」は、文学的な想念を超えて一即多の音楽的な全体表現を試みた作品です。比べるべくもありませんが、メロディ、音同士の相互摩擦やずれ、溜めと間から生じる巨大な全体想念が一体となったベートーヴェンの奇跡をベースに執筆した経験は、その後の作風を大きく変え創作家として転機になりました。

 以下「フルトヴェングラー」は、第九の藝術性に関わる補足説明です。



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@ 非論理エッセイ 【フルトヴェングラ―】

2020年11月23日 | 日記
 お若い方々にはなじみが薄いかと存じますが、ウィルヘルム・フルトヴェングラーというドイツの指揮者がいます。昔の藝術家ゆえ録音状態は良くありません。ミキシングで音を処理するのが現代の常識ですが、そんなあざとい技術を要しない棒を振ります。第九の名演奏も実況録音です。

 もしベートーベン御本人がフルトヴェングラー指揮の名演奏を聴けば、第九交響曲を好きになった筈です。強音と弱音の落差、多くの名演奏家相互の音のずれなど、現在では殆ど不可能な指揮法です。音の藝術ですので、指揮者だけではなく参加した演奏家の顔ぶれも重要です。豪華な顔ぶれですが、予算とは異なる次元の精神性、人間の尊厳が背後にあります。フルトヴェングラーという指揮者ゆえに名演奏家が集まり、尚且つ魔法の棒として伝説となったオーケストラの感動が一体となっているのです。第四楽章の出だしも完璧で、学者の説として伝わる「否定という様な概念」の生じ得ない音の絶対性が聴く者を魅了します。

 戦時中多くの藝術家が亡命する中で、フルトヴェングラーは頑(かたく)なに逃亡を拒否しました。ナチに協力する為ではありません。殆どのドイツ人は、一体何が起きているのか知らなかったのです。戦時中は、日本もイタリアも勝戦国の欧米諸国でさえ同じ状況です。彼の手記には、こう記されています。「私まで亡命したら、ドイツの誇りが失われ、残された多くの国民がナチの犠牲になってしまう」。権力の中枢に近付きました。そして、多くのユダヤ系音楽家を彼の認可で海外に逃がしたのです。ナチの非難を受けた作曲家ヒンデミットを公的紙面で守り、ナチを敵に回した大事件もある。その後、トルコに避難したヒンデミット同様公職を解任され、いわれのない国際世論の誹謗を泰然と受け流しました。皮肉な事に、フルトヴェングラーの居ない楽団の評価が急落した為に、【フルトヴェングラーをナチの看板とすべきである】と主張したゲッペルスの進言で元の鞘に収まりました。が、ユダヤ人擁護とナチに対する非難を続けた為に、ヒットラーの一言で暗殺の危機が訪れる。その直前にスイスに逃がしたのは、彼の音楽思想に心酔していたゲッペルスでした。どんな時代にも、勝戦国には理解し得ない事情があります。敗戦国の内部には、戦争を終結しようとする健全な人々が居る。報道封鎖の為に、その真意が外部に伝わらなかったのです。強いて云えば、現代でもその基本構造は変わっていません。世の中には、間違った報道が溢れている。困難な状況にいる偉人達は、決して真意を述べません。わが身を犠牲にしても、そこに関わる善意の第三者を守ろうとするがゆえなのです。それはさておき…。

 ドイツの敗戦に拠り、フルトヴェングラーは戦争犯罪者としてニュールンベルグ裁判に掛けられました。藝術家に取って、その活動の最盛期を戦犯として送るほど辛い事はありません。

 そこに、ドラマが起きました。フルトヴェングラーに助けられた多くのユダヤ系藝術家が、この稀有な大指揮者を救済しようと裁判に駆け付けたのです。その模様は機密扱いとなり御本人も御遺族も開示しません。その内真相が伝わる事でしょう。無罪となった後も、ドイツ国内にも欧米にも悪評が残されている事を残念に思います。その中には、ホロヴィッツ、ルービンシュタイン、ハイフェッツなど高名な音楽家までいます。ひと言で云えば、【ナチの宣伝に使われた】と云う以上に【命の危機に直面してまでドイツに残る筈がない】という馬鹿げた誹謗中傷に晒されたのです。中には、【音楽家ゆえの無知】と云う的外れな非難までありますが、勇気ある人間の稀に観る覚悟が安逸な環境に逃れた方々の想像を絶していただけの事です。イタリアから逃げ出したトスカニーニなどは、【亡命する事が(詰まり逃げる事が)、芸術家の善意を示している】と的外れな非難をしている。それらの下劣な攻撃に対する反発から、困難な時代を乗り越えた心ある政治家、事業家、芸術家諸氏の絶大な信用を得る事となりました。演繹推理からも、事の成り行きからも、遺された史実からも、フルトヴェングラーの無実は明白です。一欠片の疑いもありません。
 彼はナチの党員でもなく、戦時行動には何一つ関わっていません。が、戦後虐殺の事実を知り、弁解がましい発言をせず同じドイツ人として沈黙を守り続けました。これは、敗戦国の諦念と善意の象徴とも云える。その後、幾つかの名演奏が遺されました。特に、ベートーベンの「九番(バイロイト祝祭管弦楽団)」「六番・田園(ウィ-ン・フィルハーモニー管弦楽団)」と「バイオリン協奏曲(vnユーディー・メニューイン/フィルハ-モニア管弦楽団)」が絶品です。それら名演奏の直後に亡くなりました。

 上記の見解に対し、無責任な反論がある点は承知しております。しかしながら、そんな方々は困難な実人生の経験に乏しく、本当の推理力が欠如しているだけの事です。事実は、いずれ時代の経過と共に明らかにされる事でしょう。

               *

 フルトヴェングラーの指揮を評した不思議な言葉が、ベルリン・フィルやウィーン・フィルに遺されています。

「マエストロの棒の一拍目は、如何やって予想するのだろう」
「椅子を三度回して止まった時さ」

 要するに、それぞれの演奏家がこれぞと思う自分の拍子を刻(きざ)むのです。その全体を把握するのは、指揮者だけでなく演奏家諸氏なのでしょう。天才が揃っていなければ不可能かとも思います。
 
「蚊の鳴き声の様な最弱音を出したのに、『まだ大きい』と云われた。如何しよう」
「音を出さなければいいんだよ」

 これは実話です。コンサート・マスターの冗談の様な提案に従い、バイオリン奏者全員が音を出さなかったのです。第九の第四楽章、沈黙から「歓びの旋律」が生じる場面です。すると、マエストロは云いました。
「それで良い。やっと出来たね」

「演奏家全員に聞くと、皆異なる呼吸を要求されている」
「それこそ、マエストロが偉大な藝術家だという証拠だ」

 フルトヴェングラーと異なる音を出そうとして、戦後演奏家全員に同じ演奏を要求する風潮が生じました。テープを繋ぐ作為やミキシングを駆使する為、コンピューターの様に正確な音となります。新しい音楽と持て囃された。しかしながら、フルトヴェングラーの音楽思想を継承したハイティンク他遠聴理論に基づく指揮者達が、真の伝統を受け継いだものと感じます。ハイティンクでは、例えばラフマニノフのピアノ協奏曲第二番が良い例です。第三楽章のクライマックスで、下手な指揮者は一斉に音を鳴らします。ハイティンクの指揮は、演奏家が皆微妙にずれた演奏をする。その為に、クライマックスの深みが神の領域に至ります。何度聞いても、如何やって指揮するのだろうかと深い感銘が残る。この技巧こそ、正にフルトヴェングラーの魔法の棒と似ています。文学で云えば、小さな河が大海に流れ込む大団円で、登場人物が皆それぞれ微妙に異なる覚醒に至ると云えるでしょう。その異質な想念が融合して、巨大な文学思想を表現する訳です。

 「演奏家には見えない棒を振る」と云えば分かり易いかと思います。倍以上速かったり、まるで馬鹿にしている様に遅く棒を振る事もあります。何故そんな指揮をするのか。異なる演奏家から独自の音を引き出す為です。百人の演奏家の百種類の音が聴こえる。そんな指揮者は、ビューローやニキシェ伝説以外には、リハルト・シュトラウス、ヒンデミットなど数える程しかいない。ドイツ音楽の伝統かとも思いますが、一即多の全体が観える指揮者のみに可能な藝術と云えます。

 ベートーヴェンの九番に付いて云えば、「最強音はとことん抑え、最弱音は力強く」という指揮法です。処が、実際には強弱の差が激しく響く。落雷に拠る地響きの様な無為自性の溜めとずれが絶妙なのです。あれ程の落差を出せる指揮者は今後も出ないでしょう。九番終楽章の異常な速さも、今や伝説となりました。速いというよりも、音を超え昇華(しょうか)される魂そのものを感じます。演奏家に取っては、演奏を拒絶される速さに違いありません。戦前のベルリン・フィル版が最速ですが、バイロイト版なども余程の天才演奏家が揃っていないと不可能な激しい勢いです。たった一人でも並みの演奏家がいれば、惨めな失敗に終わる。ゆえに技巧的な面からも名版と云えますが、あの表現は藝術を超越しています。

 バッハの「G線上のアリア」、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」、ワグナーのオペラなども絶品です。作曲家が聴いたら腰を抜かす事でしょう。自身も作曲家で優れた曲が遺されており、ピアノの名演奏もあります。将来、その価値が再評価される日が来る様に思います。

 文学は言葉で表現するゆえに、却って言葉の合理性を断ち切りながら混沌とした想念を書く事があります。物語の全体像を把握しながら、微妙なずれを生じる細部を書き綴る時などです。音楽を聴きながら執筆すると、作曲家だけでなく、指揮者や演奏家の藝術的呼吸から黄金の均衡と漲る活力、偉大な精神を感得する効用がある。ずれ自体は表層の要素。大切なのは、全体想念を表現する事です。

 一寸想像してみて下さい。登場人物が皆一様の悟りを得る終幕だと、主義主張のごり押しとなります。文学は、作家の個人的な見解を表明する手段ではありません。正しい見地の流れに従えば、各人各様の覚醒に至るのが自然です。それを無為自性と呼ぶ。そこには矛盾もあり反発もあります。が、同時に一即多の法則が観える。だからこそ、善い文学と云えるのではないでしょうか。「作家として誰の影響を受けたか」と聞かれる時には、迷わず「ウィルヘルム・フルトヴェングラー」と答える事にしております。








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♪ スクリューボール・ジョーク 【無罪の論証】

2020年11月15日 | 日記
「今のテストで、誰もカンニングしなかったでしょうね」

「先生。カンニングって何ですか」
「答えを自分以外の力に頼る事です。さあ、誤魔化しのない生徒は署名して提出しなさい」
「先生。僕は署名出来ません。テストが始まる前に、神様にお祈りしました。天国のお祖母ちゃんにも、助けてお願いと手を合わせました」
「誰でも、同じ様な気持ちになる事はあります」
「仏様にも、観音様にも、四葉のクローバーにも、おもちゃのウサギさんにも、貝殻のお守りにも助けを求めました。僕は罪びとです」
 先生は、アルフレッドの答案を覗き込むと、にこりともせず云った。
「あなたは無罪です」
「どうしてですか」

「神様も、お祖母ちゃんも、仏様も、観音様も、クローバーも、ウサギちゃんも、貝殻のお守りも、みごとに何一つ助けてないわ」







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