名邑十寸雄の手帖 Note of Namura Tokio

詩人・小説家、名邑十寸雄の推理小噺・怪談ジョーク・演繹推理論・映画評・文学論。「抱腹絶倒」と熱狂的な大反響。

M for ミステリー 「予定の狂った殺人事件」

2021年08月25日 | 日記
 病院の一室で、医師、看護婦、郷左六が、祖父の亡骸に泣き伏せる幼い少女を囲んでいる。担当巡査が説明を始めた。
「死因は、致死量のモルヒネ注射。同室の重病患者の薬を盗んだものです。モルヒネの瓶から、本人の指紋が発見されました。自殺に間違いありません。解剖結果で全て判明するかと思います」
「担当医の高良先生。何か心当たりは」
「どう見ても自殺です」
「看護婦さんのご意見は」
「御老人は、死にたいと口癖の様に話していました」

 左六は、誰にともなく問い掛けていた。
「被害者は、宝くじ財団に勤めていたそうですね」
「お祖父ちゃんは、『誰かに殺されるから郷左六という捜査官に連絡しろ』と、昨日電話を掛けて来ました。それで、郷さんに依頼したのです」
「もう犯人は見付かりました。高良先生。殺人の実行犯で貴方を逮捕します」
「そんな馬鹿な。この患者は、自殺ではないか」
「それはあり得ません。お気の毒ですが、貴方が殺す様に被害者が仕向けたのです」
「そんな馬鹿な。私には、患者を殺す動機などない」
「枕の下に紙切れがありました。これでも、しらを切りますか」
「一体何の話だ」
「5963」と左六が番号を唱えながら看護婦を見遣った。きょとんとした表情で首を傾げている。高良医師は、顔色を変えていた。

「4259と続く八桁の数です。2012年年末と添え書きがあります」
 その時、赤城警部が病室に入り左六に宝くじを渡した。
「此処に、同じ番号の宝くじがあります。御自宅の神棚に奉ってありました」
「それは、私のものだ」
「こんなものに、何の価値があるのですか」
「今日発表になる十億円の当たりくじだ」
「それは、自白と見做して宜しいですか。貴方は、宝くじの当選番号を聞き、その秘密を知る老人を殺害した。モルヒネの瓶に害者の指紋を着けたもの貴方です」
「何の証拠もないだろうに」

「高良先生。貴方は、大きな勘違いをしています。当たり番号を予測する事など不可能です。被害者には数字の語呂合わせという趣味がありましたが、自分を殺す仕掛けに利用したのです」
「さっぱり訳が分からん」
「ごくろうさん(5963)死にいく(4259)という駄洒落。先ほど確認しましたが、この番号は外れです」
「何という事だ。それでは、あの男の罠に嵌まっただけか」
「今の様な発言を、法的な自白と云います。御協力ありがとうございました」
 肩をうな垂れた高良医師は、赤城警部に連行されていった。

「郷さん。有難うございました。一体何故、祖父は死を急いだのでしょうか」
「お祖父ちゃんは、余命いくばくもないと悟っていたのでしょうが、死を期した人間は中々死ねないものです。計画殺人の仕掛けには、隠れた動機があります。孫の貴方名義で、10億円の生命保険に入っていた。昨日、契約書が届きました。自殺だと、保険金はおりません。高良先生の方が、死人の策に嵌まった被害者と云えない事もありません」
「私、幾らお金を払っても高良先生の弁護をします」

「大丈夫。昨夜、モルヒネの中身をビタミン剤に変えておきました。高良先生の殺意は、未遂といえども立証せねばなりません。が、殺人は空振りだったのです」
「と云う事は、詰まり」
「お祖父ちゃんは、天命を全うなさった。保険金もおり望み通り。御立派な大往生と云えます」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする