妄想ドラマ 『 season 』 (2)
俺が担任することになったのは6年3組、32人。
心の準備が出来てない。
7月から産休に入る先生のあとを引き継ぐはずだった。
それまでは副担任というかたちでいろんなことを教えてもらうことになっていた。
それが、切迫流産の危険で突然の入院。
大体、新米の俺が6年生なんて大丈夫か?
「社会人としての経験を積んでいるのだから、新卒の先生とは違います。あなたなら大丈夫」
と教頭先生に言われたけれど、不安だ。
でもやるしかない。
始業式が終わり、いよいよ子供たちとご対面だ。
深呼吸をして、賑やかな声のする教室のドアを勢い良く開けた。
子供たちの視線が眩しい。
“ようこそサクショウ先生!”
黒板に大きく書かれた文字が目に飛び込んできた。
その下に人物の絵が描かれている。
どうやら俺らしい。
吹き出しのセリフは“ボクはおじさんじゃない!”
「ええっ?」
驚く俺の様子に爆笑の子供たち。
動揺しちゃいけない。
「みんな席について」
そう言うと、みんな素直に席についた。
「急に入院することになった小林先生に代わって6年3組の担任になりました。
先生の名前は櫻井翔太。これは歓迎されていると思っていいんだよね?」
黒板を指差すとまた笑い声が漏れた。
教室を見渡すと、窓際の一番後ろの席で、頬杖をついた男の子と目が合った。
ゲームセンターで出会ったシュウだ。
なんだそういうことか。
シュウは頬杖をついたまま、ニヤニヤしながら空いている手でVサインをした。
「それではみんなの名前と顔を覚えたいので、出席簿順に自己紹介をしてもらいます。
名前を呼んだら立って、好きなことや6年生でやりたいことなど、何でもいいので教えてください」
「じゃ、先生から」と誰かが言うと拍手がおこった。
「えーっと、それでは僕から自己紹介させてもらいます。出身は東京です。
だからこの辺のことはあまり知りません。みんなに少しずつ教えてもらおうと思ってます。
食べ物の好き嫌いはなくて、スポーツはサッカーが得意。黒板に書いてある
サクショウは子供の頃のニックネームです。僕は子供の頃の夢が学校の先生になることでした。
だから南が丘小学校の先生になって君たちに会えたことがとても嬉しいです。
小学校最後の一年を一緒に楽しく過ごしましょう」
あっという間に一日が終わった。
一人でも多く名前を覚えようと必死だったせいもあるかもしれない。
このあたりは同じ苗字の家も多いので、子供たちはみんな下の名前で呼ぶことになっている。
シュウの苗字は本多だった。
放課後、シュウと話したいと思っていたが、さようならの挨拶が終わると
教室を飛び出して行った。
翌日の準備も終わり、帰り支度をしていると隣のクラスの担任で
学年主任の大野先生に声をかけられた。
「初日で疲れたでしょ」
「正直疲れました。でも心地よい疲れです」
「今日、予定無かったら帰りに飯でもどう?」
「ありがとうございます。喜んで」
初めて会った時から優しそうな人だと思っていた。
仲良くなれれば心強いので、この誘いは嬉しかった。
大野先生が連れて行ってくれた店“山ちゃん”は、偶然にも俺のアパートから車で5分くらいの所にあった。
カウンター席が5つと靴を脱いであがる座敷にテーブルが5つのこじんまりとした店で、
年配の夫婦二人でやっている。
昔は美人だったと想像できる奥さんが、気さくな笑顔で迎えてくれた。
「ここねぇ、庶民的なメニューで値段もお手ごろだからよく来るんだよ。
毎日コンビニ弁当じゃ飽きるし、かといって自炊も面倒だからね」
「大野先生も一人暮らしですか?」
「そうだよ。実家から通えなくもないけど近い方が楽だから」
メニューを見ていると、店の奥から出てきた男が俺に気がついて言った。
「おっ!サクショウいらっしゃい」
「えっ?」
誰だっけ?思い出せない。
------つづく-----