妄想ドラマ『スパイラル』 (11)
「大事な話があるんだ」
「舞台が終わってからじゃだめなの?」
「ひとつだけ聞きたいことがある」
渉の真剣な様子に何かを感じて、沙織は一緒にいた共演者の女の子とマネージャーに
席をはずしてくれるように言った。
「聞きたいことってなに?」
「単刀直入に言うよ。君は美菜に何をした?」
「なんの話?」
「美菜が舞台の稽古に来た頃、沙織は俺に言ったよね。美菜は精神的に不安定だって。
それに沢渡さんから、美菜の代役に備えてくれって言われたとも」
「何が言いたいの?」
「美菜のことも沢渡さんの話も嘘だった。そして美菜と仲良くなった君は美菜が
重度のソバアレルギーだってことも知っていたんだろう?」
「あなたの言ってることが良くわからない」
「美菜は過労じゃなくて、ソバアレルギーで呼吸困難になって救急車で運ばれたんだ」
「私を疑っているの?ヒロインをやりたいから美菜ちゃんに何かしたって思ってるのね」
見る見るうちに沙織の目に涙が溜まって溢れそうになる。
「ひどい・・・」
唇を噛んで涙をこらえ、沙織は渉の目をまっすぐに見た。
澄んだ瞳は自分を信じてくれと訴えている。
渉は自分がとんでもない間違いを犯しているのではないかと焦った。
「じゃあ、なぜあんな嘘を?」
「私だって女優よ。ヒロインをやりたかった。渉くんとやりたかったの。美菜ちゃんが来るまでの
代役だってわかってたけど諦めきれなくて。
ひとりでヒロインになりきってるところを渉くんに見られて、なんだか恥ずかしくてみじめになった。
だからとっさに出まかせを言ったの」
渉は混乱して何も言えなかった。
さっきまでの確信がグラグラと揺るぎ始めた。
「美菜ちゃんが舞台を降りることになって、正直嬉しかった。チャンスだと思った。
仲間なのに最低よね。でも私は美菜ちゃんに何もしていない。信じて・・・」
とうとう沙織の目から涙が溢れて頬を伝った。
誰かがドアをノックした。
渉が返事をすると、ドアが少しだけ開いてもうすぐ1ベルが鳴ることを告げた。
「メイクを直すから先に言って」
沙織に言われて渉は楽屋を出た。
何が真実なのかわからない。
沙織を信じたい気持ちと、疑う気持ちが螺旋を描いて絡まったままほどけない。
しかし、今考えるべきことはこれから幕を開ける舞台のことだ。
舞台への入り口に続く廊下をゆっくりと歩きながら、渉は大きく深呼吸をした。
やがていつもどおり幕が開き、何事もなかったように渉と沙織は迫真の演技で
観客を魅了した。
「会えない時間もずっとあなたのことを思っていたの。記憶の中のあなたの姿と声が
今まで私をささえてくれた」
突然、沙織が台本にはない台詞を言った。
舞台の流れの中で自然な言葉だったが、渉はそれが自分にむけられた沙織の気持ちだと分かった。
仕事最優先で頑張ってきた日々の中で、置き去りにしてきた過去のふたり。
お互いの気持ちに気づいていながら、前には進むことなく終わった。
だが終わったと思っていたのは渉だけだったのだ。
演出通り、駆け寄って抱きしめながら、渉は切なかった。
ずっと渉のことを思っていたのに、友人として振る舞ってきた沙織。
その沙織を疑ってしまったことを後悔した。
再会を喜び合うシーンなのに、見つめあった沙織の瞳はどこか悲しげで
渉の胸を締め付けた。
二人の唇が近づいたところで舞台は暗転となり、渉が腕を緩めたとき
沙織がそっと渉の唇に触れた。
それは一瞬のことで、舞台転換のためふたりは急いで移動した。
渉は沙織を疑ったことを謝りたかった。
しかし、沙織が渉を避けているのか、すべての公演が終わるまで、
二人で話をするチャンスはなかった。
時間が経つにつれ、渉の中に沙織を信じきれない気持ちが再び湧いてきた。
舞台の打ち上げの席で渉が沙織と話す機会がやっと訪れた。
「私の疑いは晴れたの?それともまだ?」
「君を信じたいと思ってる」
「信じたい・・・かなり傷ついてるよ私」
「沙織・・・」
「ずっと好きだった人に疑われてるなんてね」
周りの目を気にしているのか、沙織は微笑みながらさらりと言った。
打ち上げ会場はスタッフたちの出し物に歓声が上がった。
だれも二人に気を留める者はいない
「心配しないで。知ってるから。美菜ちゃんって渉くんのこと話すときは
すごく嬉しそうなんだもの。すぐに分かった。彼女、大事にしてあげてね」
言葉を失っている渉を置いて、沙織は笑い興じている女性陣の輪に入っていった。
---------つづく-------
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