嵐ファン・大人のひとりごと

嵐大好き人間の独りごと&嵐の楽曲から妄想したショートストーリー

妄想ドラマ 『 season 』 (最終回)

2010年05月10日 | 妄想ドラマ『season』
    妄想ドラマ 『 season 』 (最終回)



音楽室の手前の視聴覚室に、お菓子やジュースが並べられているのが目に入った。

移動式のホワイトボードはカラフルな飾り付けがされており、

きょうのお別れ会のプログラムが書かれている。

ビンゴゲームやクイズ、コントをやるようだ。

初めて金管バンドクラブの練習に訪れた日のことが思い出された。

朋香と桃子に引っ張り込まれたわけだけど、そのおかげで密度の濃い

日々をすごせたと思う。

ただただ夢中で突っ走った一年だった。

少しばかり感傷に浸りながら、第一音楽室のドアを開けた。


4,5年生が6年生にプレゼントする曲の練習をしていた。

この一年、6年生と一緒に演奏した曲のほかに、今日のために練習した曲がある。

子供達が選んだのはいきものがかりのエール。

なんだかじんとくる。

「よーしOK!ばっちりじゃん」

丸田先生はいつもどおり威勢がいい。

何度こうやって子供達を送り出しているんだろう。


「おはようございます」

「おはよう、櫻井先生。今日は私達はすることないの。あとは5年生に任せてあるから」

「なんかもうすっかり準備できてるみたいですね」

「あとは6年生が揃うのを待つだけよ。4年生のコントが楽しみ」

いつもよりちょっとだけテンションが高いのは、寂しさを悟られまいとしているようにも思える。


10時になると図書室に集まっている6年生を呼びに行った。

ドアが開くと同時に一曲目の演奏がはじまり、向かい側に並べられた席に

6年生が座った。

新クラブ長の沙織が今日は楽しんでいってくださいという内容の挨拶をした。

クラブ長として初めての仕事に緊張している。

運動会やクリスマスコンサートで演奏した曲の中から3曲を披露し、

最後に6年生に送る曲、エールを演奏した。

シュウが6年生を代表してお礼の言葉を述べ、場所を視聴覚室に移し

賑やかで楽しいひと時を過ごした。


やがて終了予定の時間が来て、興奮のあとの寂しさが漂い始めた時、

朋香と桃子が立ち上がって言った。

「それではみなさん、図書室に移動してください」

それから二人は丸田先生と俺のところに来て、

「先生も早く」と言った。

「えっ何?どうしたの?」

丸田先生も聞いていなかったらしく、戸惑っている。

「いいから、いいから」

そう言って子供達に取り囲まれながら図書室へ行くと、

いつの間にか姿が見えなくなっていた大野先生が、にこにこしながら待っていた。


「丸田先生と桜井先生は特等席へどうぞ」

うやうやしく差し出された大野先生の手の先には椅子がふたつ置かれていた。

その前にはゆるいカーブを描いて並べられた椅子と楽器。

丸田先生と顔を見合わせながら薦められた椅子に座ると、

6年生も楽器が用意された椅子に座った。

何かを感じ取って、丸田先生はもう泣きそうな顔をしている。

4,5年生たちは思い思いに俺達の後ろに立った。


朋香と桃子が大野先生の持っていた紙袋から小さなブーケを取り出すと

丸田先生と俺の前に来た。

みんなの拍手を浴びながら薄いブルーと黄色の可愛らしい花束をもらった。

丸田先生は泣いていた。

大粒の涙がポロポロとこぼれた。

ありがとうという声が裏返って、鼻水をすする。

誰かがポケットティッシュを差し出した。

「やだもう恥ずかしい。化粧がくずれる」

丸田先生が涙を流しながら笑って受け取り、子供達も笑った。

6年生の女子も泣いている子が何人かいた。


シュウが立ち上がって、小さな咳払いをひとつするとみんなが静かになった。

「えっと・・・丸田先生、櫻井先生ありがとうございました。僕達が3年間

金管バンドクラブで頑張ってこれたのは先生たちのおかげです。丸田先生には

いっぱい怒られたけどそのおかげで毎年県の代表になれたし、頑張ることの大切さを学びました。

本当にありがとうございました。櫻井先生は最初は頼りない感じがしたけど、

一緒に練習してくれたのがとても嬉しかったです。コンクールの時はさすがサクショウ!

って思いました。最後に僕たちからのプレゼントがあります。みんなでいろいろ考えたけど

やっぱり音楽をプレゼントしたいと思って、大野先生に協力してもらって内緒で練習しました。

それでは聞いてください。

曲は丸田先生が大好きな嵐の曲でシーズンです」


シュウが座ってトロンボーンを構えるとみんなも一斉に楽器を構えた。

ドラムのスティックがカウントをとり、軽快なイントロが始まった。

遠征のバスの中で何度もCDを聴いた曲シーズンのメロディが

子ども達の音で奏でられる。

自然と歌詞が頭の中に浮かんだ。

ひらひらと花が舞うころには、この子達は最初の旅立ちの時を迎える。

俺もまた出会いがあり、新しい一歩を踏み出す。

これからの人生に何度の出会いと別れを繰り返すのだろうか。

いつか人生を振り返る日が来たとき、きっとこの曲とともに新米教師だったころの

自分を思い出すに違いない。

子供達が涙でぼやけそうになるのを必死でこらえた。

丸田先生は次々にティッシュを引っ張り出しているし、男は簡単に涙を流すもんじゃない

と言っていた大野先生もハンカチで何度も目のあたりを拭っている。

先生になってよかった。

教員生活も楽しいことばかりじゃないけど、それでもこの曲を聴いて

今日のことを思い出せば頑張っていけると思う。

木々の芽吹きはまだ先だけど、俺の心の中は春のような優しいぬくもりで満たされていた。


     -------end-------


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

当初はもっといろんなエピソードを考えておりましたが、

文章にする前に頭の中で完結してしまいました

あーこんな先生だったらもう一度小学校から勉強し直します。

現実世界の教師のみなさん、大変な時代だけどファイト!

ちなみにマルティは実在の方をちょっとばかしモデルにさせていただきました。

マルティごめんね~ばれたらヤバイ

ではまたいつか妄想の世界で
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妄想ドラマ 『 season 』 (11)

2010年05月07日 | 妄想ドラマ『season』
     妄想ドラマ 『 season 』 (11)



10月の終わり、南が丘小金管バンドクラブは東海大会に臨んだが、

全国大会出場の夢は叶えられなかった。

そして町内の小さなホールで開かれたクリスマスコンサートを最後に

6年生はクラブ活動を終えた。

3学期になると5年生の中から新クラブ長たちが選ばれ、練習が始まった。

6年生は卒業まで後輩の指導にあたる。

そんな6年生たちが急に大人びて見えた。

教員生活一年目を一緒に過ごした子供達との別れが近づいている。

無事、全員を送り出せる喜びと別れの寂しさが入り混じって複雑だった。


金管バンドクラブでは毎年6年生とのお別れ会が開かれる。

5年生が中心となって進行し、最後は6年生を送るみんなの演奏で終わるのが恒例らしい。

送る会には絶対きてくれと5年生に頼まれた。

もちろん喜んで参加させてもらうつもりだ。


2月の最後の金曜日、久しぶりに大野先生に誘われていつもの店、山ちゃんで飲んだ。

やがて話は今年の卒業式のことになった。

「どうだったこの一年?」

「なんだか早かったような気がしますね。きっと卒業式は感動するんだろうなぁ」

「そうだよねぇ。実は俺も6年生を担任したのは初めてでさ、卒業式で泣いちゃったりして」

もう何杯目か分からなくなった酎ハイの残りを一気に飲み干すと、

大野先生は手の甲で涙を拭く真似をした。

「えー、そうなんですか」

「冗談。自分の卒業式でも泣いたことはないよ。男はね、そんなに簡単に涙を見せるもんじゃないの」


それから大野先生一押しの地元のワイナリーの赤ワインを注文した。

俺にも薦めながら、自分のグラスにばかり注いでいる。

大野先生、きょうはピッチが早い。

週末の開放感からだろう。

「でもさ、なんか寂しいよね。自分だけ置いてかれちゃうみたいで。

 サクショウなんて金管もやってたから、なおさらシュウたちとの別れは寂しいんじゃない?」

大野先生が俺のことをサクショウと呼ぶのは初めてだ。

もう完全に酔っている。

「これはさ、秘密なんだけどいい子達だよ。まったくね、先生になってよかったと思うよ。

 サクショウありがと。マルティバンザイ!」

「先生飲みすぎ」

「いいの。俺のことじゃないけどさ、嬉しいんだよ」

なんのことだかさっぱり分からないが、大野先生も初の卒業生ということで

感慨深いものがあるのだろう。

「明日さ、お別れ会できっとマルティ泣くと思うな。賭ける?」

「大野先生飲みすぎだって。そろそろ帰りましょう。先生もお別れ会出るんでしょ」

「もちろん。だって・・・ねぇ」

ニヤニヤしながら一人で頷くと、大きな声で言った。

「大将!お勘定。サクショウはいい奴だから、きょうは俺のおごり」



   --------つづく------

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妄想ドラマ 『 season 』 (10)

2010年05月03日 | 妄想ドラマ『season』
     妄想ドラマ『 season 』 (10)



ステージの中央で客席にむかって一礼し、子ども達の方を向いた。

手で座ってという合図を出すと、みんな一斉に腰を下ろした。

大野先生のアドバイスに従って、左から右へ順番にしっかり子ども達の目を見る。

といってもほんの数秒のことだったと思う。

いつもの見慣れた顔が並んでいたが、その瞳は高揚した気持ちを表すようにキラキラと輝いている。

いける。大丈夫だ。

わけもなく確信した。

スッと動悸が治まって視界がクリアになった。

胸の前に両手をあげると、子供達が楽器を構える。

次の瞬間、俺の両手は振り上げられ金管楽器の綺麗な音があふれ出す。

演奏曲はスターウォーズに始まる映画音楽のメドレー。

壮大な映画の世界が一気に会場を包み込む。

身体が自然と心地よいリズムを刻んでいる。

時にはダイナミックに、時には優しく子供達とひとつになって

演奏する喜びに浸った。



6分間の演奏が終わった。

会場から拍手が起こり、とたんに足がガクガクして胸が熱くなる。

無事に終わったという安堵感とは別に、感動の波が押し寄せていた。

音楽って素晴らしい。

今日ここに立たせてくれた子供達にお礼を言いたい気持ちでいっぱいだ。

ステージの裏には大野先生が待っていて、何も言わずに力強い握手を交わした。

控え室への廊下を歩きながら、シュウが笑顔で親指を立てて見せた。

どうやら合格点をもらえたらしい。

どの子の顔にも、ひとつのことをやり遂げた満足感が漂っている。

あとは結果が付いてきてくれることを願うばかりだ。

控え室にもどって楽器を片付けると、市民ホールの表で記念撮影をした。

遅くなるので審査結果が出るのを待たずに帰路についた。


「アイス!アイス!」

帰りのバスの中で、子供達はすっかりリラックスしてはしゃいでいる。

審査結果よりもアイスが気になるらしい。

「先生、Hサービスエリアのキャラメルアイス忘れてないよね」

朋香が後ろの席から身を乗り出して俺に言った。

なんのことだろう。

「もちろんだよ。櫻井先生が忘れるわけないだろ」

二宮先生が朋香にそういうと子供達から歓声が上がった。

それから二宮先生は俺の隣に座ると小さな声で言った。


「あのさ、子供達に頑張ったら帰りにサクショウがアイスおごるって

 言っちゃったんだよね」

「えっ、いつ?」

「前の学校が演奏してる時」

「おごるって全員に?」

「そりゃそうでしょ。みんな頑張ったんだから」

本番直前のみんなの笑顔はそういうことだったのか。

「Hサービスエリアのキャラメルアイスってテレビでも紹介された?」

「そう」

「急に全員分なんて買えないんじゃ・・・」

「大丈夫、行きのトイレ休憩の時に頼んでおいたから。ちなみに先生と俺も数に入ってます」

さすが二宮先生のやることに抜かりはない。

財布の中身が不安になった。

いったい1個いくらだ?


その時、バスの最後部に乗っていた保護者のひとりが携帯を手にしたまま大声で言った。

「入賞したって!ビューティフルサウンド賞。東海大会の出場が決まりました!」

拍手が巻き起こった。

俺は立ち上がって手の届くかぎりの子供達とハイタッチをした。

こんなに嬉しいことは何年ぶりだろう。

「丸田先生やったよ!」

バスの進行方向にむかって思わず叫んだ。

座席に座ると二宮先生がガッツポーズをして

「おめでとう。よかったねお祝いのアイスだ」

と言った。

もし、俺がドジってだめだったらどうするつもりだったんだ。

「ダメでもみんな喜んでアイスを食べたと思うよ。ただそのときはお詫びのアイスってことになるね」

何も言ってないのに俺の思ったことがわかったのだろうか。

それから急に真面目な顔になって言った。

「でも俺はサクショウならやってくれるって信じてたよ」


バスの運転手さんがもうすぐHサービスエリアに到着しますとアナウンスした。

すると二宮先生が俺の肩に手を置いて悪戯っぽく笑った。

「櫻井先生、お金足りなかったら貸すけど?」


   -------つづく--------


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妄想ドラマ 『 season 』 (9)

2010年04月29日 | 妄想ドラマ『season』
    妄想ドラマ 『 season 』 (9)



コンクール会場となった市民ホールは、緑が美しい広々とした公園の端に建っていた。

ここに県内から多くの小学生が、日頃の練習の成果を披露しにやってくる。

午前の部で演奏を終えた小学校の子供達がロビーで記念写真を撮っていた。

南が丘小学校の一団は楽器を控え室に運びこむと、公園の芝生に座って昼食の弁当を食べた。

他にもコンクールに参加する小学生たちが弁当を広げていた。

いやがうえにも緊張が高まる。


楽譜を見ながら演奏曲を口ずさみ、イメージトレーニングをしていると

「先生、顔怖い」

と言われた。

顔を上げると目の前に朋香と桃子が立っていた。

「マルティがいつも言ってるよ。演奏してる人が楽しくないと聴いてるほうもつまんないし、

 何も伝わらないって」

朋香が言った。

「だから指揮するとき、今みたいなチョー怖い顔はやめてね。桃子怖くて泣いちゃう」

桃子は大げさに肩をすくめて見せた。

そのおどけたしぐさに自然と笑みが漏れる。

なんだか子供達から助けられてるなと思う。

「わかった。楽しくね」

そう、主役は子供達だ。



割り当てられた席に座り、午後の部が始まった。

子ども達のレベルは様々で、県の代表常連校はさすがにうまかった。

5,6校の演奏が終わったところで、南が丘小学校の練習の順番がまわってきた。

リハーサル室で10分弱しか時間が無い。


「急いで!一回全部とおすよ」

大野先生の声で子ども達は音出しをすると次の指示を待った。

「一回しか練習できないからね。櫻井先生をちゃんと見てバッチリ合わせるよ。

 そして丸田先生が喜ぶ結果をだそう」

大野先生が大丈夫というように俺にむかって頷いた。


「それじゃみんなよろしく。南が丘小の綺麗なサウンドをお客さんに聴いてもらおう」

俺が両手を胸のところへ上げると、子供達が一斉に楽器を構える。

後はただ必死だった。

顔が引きつっているのが自分でもわかる。

子ども達の演奏が良かったのか悪かったのかも、正直全くわからない。

「よかったよ。大丈夫だから自信を持って」

大野先生がそう言ってくれたが、慰めにしか聞こえなかった。

ドアが開いて、若い女性があたえられた練習時間が終わったことを告げに来た。


順番を待ってる間に二宮先生が子供達の間に入って何か囁いている。

すると子供達が俺を見てニコニコし始めた。

Vサインをする子もいる。

俺を力づけてくれているのだろう。

指揮のことで頭がいっぱいだった俺はまた怖い顔になっていたかもしれない。


前の学校の演奏が終わり拍手が聞こえた。

いよいよ南が丘小の順番がやってきた。

「櫻井先生、挨拶をして子供たちのほうをむいたら、しっかり子ども達の目を見て。

 あとは子供達と一緒に楽しんでくればいいから」

大野先生が笑顔で言った。

椅子が並べ替えられ、子供達が定位置につく。

紹介のアナウンスが流れ、俺は深呼吸をするとステージの中央へ歩き出した。


    
  ----------つづく--------
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妄想ドラマ 『 season 』 (8)

2010年04月26日 | 妄想ドラマ『season』
あまりに嵐くんのテレビ出演が多くて、妄想ドラマのこと忘れておりました

もちろん、これはすべて私の妄想で登場人物のキャラ、固有名詞は

実在の嵐くんとはなんの関係もございません。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

妄想ドラマ 『 season 』 (8) 



 丸田先生は虫垂炎だった。

俗にいうところの盲腸。

最初は胃の辺りがチクチクと痛んだので、コンクールが迫ったための

緊張からくるのだろうと思っていたらしい。

しかし痛む場所は徐々に下に移動し、夜中に痛みが増して救急外来へ駆け込んだところ、

そのまま入院となった。



コンクールの朝、余裕をもって集合時間の30分前に学校へ行った。

すでに教頭先生と、コンクールに同行する保護者の代表が7,8人来ていた。

校門の前に並んだ2台のバスの向こうから、教頭先生が手招きをしている。

駆け足で傍に行くと、保護者の視線がすべて俺に注がれた。

何事だろう。

不安が胸に押し寄せる。


「櫻井先生、待ってましたよ。丸田先生のことはご存知でしょう?」

「はい。昨夜連絡をいただきました。今日手術だそうですね」

「そうなんですよ。それでね、これは大事なことなんだけど櫻井先生は指揮ができますか?」

「えっ!指揮ってこれのことですか?」

俺はオーケストラの指揮者のように、指揮棒をふる真似をした。

「そう、それ」

教頭先生が期待に満ちた目で返事を待っている。

「無理、無理、とても無理です」

取り囲んでいた保護者たちの顔が一斉に曇った。

落胆のため息も聞こえた。

「いやぁ困ったな。そんなに落胆されても、僕は音楽はただの趣味ですし」

「でもね櫻井先生しかいないんですよ」

「僕より音楽会でピアノを弾いていた守山先生とか」

「そんなの今ごろ急に無理ですよ。守山先生は姪御さんの結婚式なんです。

 それに子供達が揃ったらすぐに出発なんですから」


その時、6年生のクラブ員たちが保護者を押しのけてそばに来た。

「先生、俺たち櫻井先生がいい。一緒に練習してくれたんだから大丈夫だよ」

シュウが言うと、みんなが頷いた。

「会場について練習する時間あるから」

「リズムさえちゃんとやってくれたら、私達マルティーに教えてもらったとおりに

 バッチリ演奏するから」

口々に励まされて、躊躇していることが情けなくなってきた。

どうする俺。

「男だろ、ウジウジしないで早く決心しなよ」

桃子が言うとみんなが笑った。

空気がパッと明るくなった気がした。

確かに迷っている時間はない。

「よし、先生がんばる!」

子供達が手を叩いて喜んだ。

「ちっちゃいことは気にしない。サクショウ、ファイト!」

シンがガッツポーズをして見せた。


楽器が積み込まれ、大型バス2台に分乗していよいよ出発時刻が迫った時、

大野先生が駆けつけた。

「これ、しっかり目を通しておいて」

差し出されたのはコンクールで演奏する曲の楽譜。

綺麗な字でいろんな注意事項が各所に書き込まれている。

そして、別の紙には会場についてから本番までにやることが箇条書きにされていた。

「病院に行って丸田先生に聞いてきたから。それから演奏のことで

 何かわからない事があったらシュウや朋香に聞いてくれって言ってた。僕たちもいるから

 櫻井先生は指揮のことだけ考えて、子供達が実力を出せるようにしてあげて」

心強い言葉だった。

すべてがうまくいくように思えた。


けれどもバスがコンクール会場へ近づくにつれ、

俺のへたな指揮のせいで入賞を逃したらどうしようという不安が少しずつ膨らんできた。

楽しそうな子供達の声を聞きながら、俺は必死でプレッシャーと戦い、

楽譜とにらめっこをしていた。



   -------つづく------    
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妄想ドラマ 『 season 』 (7)

2010年04月20日 | 妄想ドラマ『season』
     妄想ドラマ 『 season 』 (7)



その日の帰り、俺は二宮先生にシンのことをそれとなくきいた。

「何かあった?自分のクラスの子でもないのに心配してたら身がもたないよ」

やはり二宮先生は感が鋭い。

「そうなんだけど・・・」


「二宮先生のクラスの子は二宮先生に任せたら?」

後ろから来ていた大野先生に肩を叩かれた。

迷ったけれど、ふたりに今朝のことを話した。


「シンだったら大丈夫だと思うけどな。いつもどおり給食だってモリモリ食ってたし」

二宮先生は、丸田先生の迫力を目の当たりにしていないからだ。

「ならいいけど。大野先生はどう思います?」

「二宮先生がそう言うんだから大丈夫。この人いい加減そうに見えるけど、子供たちのことは

 誰よりもよく見てるから。まぁ丸田先生がいくら優しそうに見えても、

 二人の男の子の母だからね、こわーい母ちゃんの一面が出ちゃったんじゃないの?」

「ああ見えて、子供さん中学生だっけ?反抗期の男の子は大変だよね。

 櫻井先生も身に覚えがあるでしょ」

中学生の息子?二宮先生の言葉に正直驚いた。

丸田先生は俺が思っていたよりもっと年上だったのだ。

「櫻井先生は丸田先生を外見でどんな人か判断してたでしょ?子供たちのほうが見る目あるかもよ」

二宮先生が俺の目を覗き込んで笑った。

「熱くて、まっすぐで涙もろい」

ボソッと大野先生がつぶやいた。



「先生驚いた?」

翌朝、朋香と桃子が俺を見つけると、おはようの挨拶も無しにいきなり聞いてきた。

「何が?」

「マルティー、じゃなくて丸田先生の本性見たの初めてだもんね」

なぜか嬉しそうな桃子。

「ちょっと驚いたよ」

「ちょっと?うっそだぁ。目が点になってました」

朋香が宿題のプリントをヒラヒラさせながら言った。

「丸田先生って怒る時はいつもあんな風なのかな?」

「コンクール前はね。だいたいパーカスの5年の男子がいけないのよ」

朋香は同意を求めて桃子を見た。

「そうそうシンもつられて騒ぎ出してうるさかった。怒られて当然。

 でもさ、かあちゃんに締めてもらえはウケル」

「私達、笑いこらえるの大変だったよね」

ふたりはそう言って思い出したようにフフと笑った。

「そうだったのか。丸田先生が恐くてみんながシュンとしちゃうんじゃないかと心配したよ」

「大丈夫。丸田先生も音楽のことになると熱くなっちゃうけど、間違ったこと言ってないし、

 コンクールはもうすぐだもん。絶対入賞したいのは先生も私達も同じだから」

きっぱりと桃子が言った。


俺は安心した。

丸田先生があんなに怒ったのはコンクールで入賞させてやりたい熱い思いからで、

その気持ちは子供達に届いていたのだ。

思っていたより子供たちは大人なのかもしれない。

それでも気になってシュウにシンの様子を聞いてみたら

「うちの母ちゃんのほうがよっぽど怖い」の一言で片付けられた。

参観日のあとの懇談会で言葉を交わしたシュウの母親はとてもそんな風には

見えなかったけど、母親ってのは見た目とは違うタフな生き物らしい。

そういえばうちのお袋だってそうかも。


いよいよコンクールに向けて出発の前夜、風呂からあがってビールを飲んでいる

と携帯が鳴った。

大野先生からだ。

今夜は早く寝たいのに、今頃なんだろうと思いながら電話に出た。

「さっき丸田先生のご主人から教頭先生に電話があって、丸田先生が明日のコンクールに行けないって」

「えっ?もう一度言ってください」

俺は何か聞き間違えたのかと思った。

でも大野先生は同じ言葉を繰り返し、最後に明日の朝は予定の集合時間より

少し早く来るようにと言って電話は切れた。

一大事だ!


  ------つづく-----
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妄想ドラマ 『 season 』 (6)

2010年04月17日 | 妄想ドラマ『season』
    妄想ドラマ 『 season 』 (6)



そこには丸田先生の姿があった。

ベランダにいる俺には気がついていない。

子供たちは楽器を吹くのをやめて、石像のように固まっている。


「シュウ!」

「ハイ」

「シンが先生に怒られてたって母ちゃんに言っとけ」

シュウが神妙な顔をして頷くと、丸田先生はシンの方を向いた。

「シン、母ちゃんに締めてもらえ!」

ひときわ大きい声で怒鳴った。

完全に切れている。

シンは驚きのあまり、口を開けたままフリーズしていた。

それからフッと大きくひと息吐くと、みんなを見回してから言った。

「わかってんのか?コンクールは来週だよ。やる気のないやつは出なくていいから」

我が目を疑った。

ほんとうに丸田先生だろうか。

いつもの優しくて笑顔の素敵な美しい丸田ひとみ先生のかけらもない。




その時、朋香が俺に気がついて身体の横で小さく手を動かした。

シッシッと追い払うような動き。

俺に向こうへ行けと合図しているのだ。

さすがに今顔を合わせるのは俺も丸田先生も気まずい。

俺は足音を立てないようにそっと後ずさった。

ベランダ続きの視聴覚室から中に入ればいい。

少し待って廊下側から何食わぬ顔で音楽室に戻ろう。


しかし視聴覚室はドアも窓も鍵がかかっていて入れなかった。

ついてない。

仕方なく音楽室の窓から中をうかがうと、シンが泣くのを必死でこらえていた。

その時、数人の子供たちが気がついて一斉に俺を見た。

子供たちの視線を追って丸田先生が振り返る。

そして俺と目が合った。


「やだ、先生ったらそんなところで見てたんですか?人が悪い」

「いや、あの・・・今来たところで」

「そんなところから?」

「あっ、はい。そんなところから」

子供たちが吹き出して丸田先生も笑い出す。

張り詰めた空気が一気にゆるんで、そしていつもの練習が始まった。

けれども俺は気が重かった。

あんな叱り方はないだろうと思う。

シンが心配だった。


   -----つづく----
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妄想ドラマ 『 season 』 (5)

2010年04月13日 | 妄想ドラマ『season』
    妄想ドラマ 『 season 』 (5)



校内音楽会が催され、金管バンドクラブがコンクールで演奏する曲がお披露目された。

クラブ員たちの演奏は保護者からひときわ大きな拍手をもらった。

小学生でもこんなにうまいんだと感心したが、コンクールを勝ち抜いて

県の代表になるためには、まだまだ力不足らしい。

7月に入ると、春の日差しのような柔らかな雰囲気の丸田先生も、時折厳しい表情を見せるようになった。


コンクールが一週間後にせまった7月の終わり、行きつけの店“山ちゃん”で久しぶりに

大野先生、二宮先生と俺の3人が顔を会わせた。

久しぶりといっても2週間ぐらいしか経っていないが。


「金管のほうはどう?」

大野先生にきかれた。

「楽しいですよ。僕もトロンボーン少し吹けるようになりましたし」

「マルティーは?ピリピリしてない?」

今度は二宮先生が言った。

「マルティーってもしかして丸田先生のこと?」

「そう、丸田ティーチャーの略でマルティーって子供たちは呼んでる」

「二宮先生はそういうことよくご存知なんだなぁ」

「二宮先生は子供たちに人気だから、いろんな情報が入ってくるんだよ」

大野先生にそう言われると、二宮先生は嬉しそうに頭を掻いた。

それから、ちょっといたずらっぽく笑って言った。

「そういう大野先生は子供たちのお母さんに絶大なる人気だから」

大野先生を見ると、二宮先生の言葉をまるで気にする風ではなく、

それが本当のことなのか、二宮先生のいつもの冗談なのかわからなかった。


「最近、丸田先生ちょっと疲れ気味じゃない?頑張りすぎちゃうところがあるから」

食後のコーヒーを飲みながら大野先生が言った。

二宮先生が俺のおごりとか言いながら、勝手に入れたコーヒーだ。

「そうですねぇ。家に帰れば主婦で母親でもあるわけだし」

最近俺は丸田先生の、見た目からは想像できないバイタリティに驚いている。

ここのところ毎朝の練習と、週2回の放課後練習に加えて休日練習も行われていたからだ。


「大野先生と僕も毎年金管クラブの遠征にはお供してるんだ。ほかにも何人か先生方が一緒に行くけど、

 もうね子供たちがバスでうるさくて、めっちゃ疲れるからいやなんだよねぇ」

言葉とは裏腹に二宮先生は嬉しそうに言った。

「10年連続で県の代表になったって子供たちが自慢してましたけど」

「まあね。子供たちは遠足気分で遠征したがるけど、丸田先生はすごいプレッシャーだだと思うよ。

 保護者の期待も大きいし、何が何でも県のコンクールで入賞して代表にならなくちゃってね」

同情するように大野先生が言った。


「せっかく3人一緒になったんだから一杯飲んじゃおうよ」

二宮先生の一言で一杯だけのつもりがつい飲みすぎた。

車を置かせてもらうことを大将に頼んで店を出たところまでは覚えているけど、その先は記憶が定かではない。


翌日は丸田先生が放課後の練習に遅れるので、子供たちへの練習課題の伝言を

頼まれていた。

各パートのリーダーを集めて練習内容を伝えたあと、ベランダに出てぼーっとしていた。

昨夜の飲みすぎがたたったのか頭が重い。

遠くに連なる山々の緑が目に沁みる。


突然、怒鳴り声が聞こえた。

賑やかだった音楽室が静まり返る。

「練習の邪魔をするなら帰れ!もうお前らはコンクールに出なくていい」

何事かとおもって音楽室を覗いた。


   -------つづく------


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妄想ドラマ 『 season 』 (4)

2010年04月10日 | 妄想ドラマ『season』

    妄想ドラマ 『 season 』 (4)



「おはようございまーす!」

元気に挨拶をする子供たち。

もうすぐ約束の7時40分。

第一音楽室の頑丈な扉を開けると、すでに20人くらいの子供たちが集まっていた。

色々な楽器の音が賑やかに鳴り響いている。

そうか、金管バンドクラブの朝練だ。


すぐに朋香と桃子が俺を見つけてそばに来た。

「おはようございます櫻井先生。来てくれるって信じてたよ」桃子が言った。

「そっか、ふたりは金管バンドクラブに入ってたんだね」

「桃子と私は副部長。部長はシュウです。なんだか頼りないけどね」

朋香が言うと桃子が頬を膨らませた。

「そんなことないよ。あのね先生、シュウは5年の時からトロンボーンのソロ吹いてるの」


ふたりと話している間にも子供たちはどんどん増えていった。

「先生、楽器がやりたいんでしょ。どれにする?」

朋香が子供たちが手にしている楽器を指して聞いた。

「えっ、僕が吹くの?いや、きょうはいいよ。見学させてもらうだけで」

「やりたいと思ったときに始めないとすぐに年とっちゃうよ」

桃子の言うとおりだ。

会社員時代から、仕事以外に何かやりたいと思いながら、何もしないまま何年たっただろう。


「まずはいろいろマウスピース吹いてみれば?音が出ないんじゃ始まらないから」

声の主はシュウだった。

手にはトロンボーンを持っている。

子供なのになんだか様になっていてかっこいい。

後ろからシンが顔を出した。

「俺はねぇ、パーカッション。6年になったらシング・シング・シングのドラムソロやりたいの。

 サクショウもパーカスにすれば?」

「シン、学校では櫻井先生だろ」

「はーい、サクショウ先生」

近くにいた子供たちが笑った。

みんな朝から元気だ。


楽器の名前を教えてもらいながら、子供たちに薦められるまま吹いてみた。

音が出たのはユーフォ二アムとトロンボーン。

コルネットはまるで音が出ない。

ムキになって音を出そうとしていたら、肩を叩かれた。

「先生、音を出すのは肺活量ではないんですよ」

にこやかに笑っていたのは音楽専任の丸田先生だった。

年齢は30代半ばくらい、華奢で可愛い感じの人だ。

上下ジャージ姿の先生が多い中で、カジュアルだけど上品でセンスのいい服を着ている。

音楽専任だから体育の授業なんてしないし、授業で畑に行くこともない。

だからいつも綺麗にしていられるのだろう。


「あっどうも。すみません勝手に」

「いいのよ。先生のことは朋香さんから聞いてます。楽器を吹きたいから

 ぜひクラブに入りたいっておっしゃってたそうで」

朋香をみると、ペロッと舌を出して逃げた。

「前に一緒に顧問をやっていた先生が転任になってしまって、誰か手伝ってくれると助かるんです」

「あの、でも僕音楽のことはまるでド素人でして、とてもお役になんて」

「大丈夫。技術的なことは上級生が下級生に教えるの。50人もいたら私も面倒みきれないから。

 先生は子供たちと一緒に音楽を楽しんでください」

嬉しそうに微笑む丸田先生に今更そんな気はありませんとは言えなかった。

がっかりさせるのは気の毒だし、しかも近くで見ると丸田先生かなりの美人。

それなのに気取らない優しい雰囲気をかもし出していて、こんな人が奥さんだったら

ホッとできそうだ。

旦那さんがちょっと羨ましいかも。


こうして、俺は南が丘小学校金管バンドクラブの副顧問になった。

8月の県のコンクールにむけて子供たちは毎朝の練習に加えて、週二日の放課後練習を始めた。


  -----つづく------
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妄想ドラマ 『 season 』 (3)

2010年04月08日 | 妄想ドラマ『season』
   妄想ドラマ 『 season 』 (3)



大野先生が顔をあげてその若い男に聞いた。

「なに?サクショウって」

「櫻井先生のニックネームだって」

答えながら男は靴を脱いで、当然のように同じテーブルについた。


「4年1組担任の二宮です。この店は親戚がやってんの」

パーカーにスタジャンという服装のせいかまるで学生のようにしか見えないが、

教師としては先輩ってことになるのだろうか。

大野先生になれなれしいところをみると新任の先生ではないらしい。

「どうも櫻井です」

「本多シンが今朝みんなに自慢してましたよ。サクショウは俺の友達だってね」

「本多シン?ああ、先週隣町のゲームセンターで出会って仲良くなったんですよ。

 偶然にも兄貴のほうは僕のクラスで」

「そっか、サクショウは3日で学校中に広まるな。ちなみに大野先生は大チャンで俺はニノって呼び捨てだよ」

「子供たちがですか?」

「そうだよ。さすがに授業中は言わないけど、子供たち同士ではそう呼んでるみたい。

 あっそれから敬語は使わなくていいから。俺のほうが年下だしね」

二宮先生の言葉を聞いて大野先生が笑った。

「櫻井先生の年も子供たちが教えてくれたの?」


それから3人でいろんな話をした。

地域のことや、授業の進め方など参考になる話も聞くことができたけど、

大抵は学校とは関係のないくだらない話で笑いあった。

年齢が近くて独身という共通点が二人を身近に感じさせた。

明日からの授業のことで頭がいっぱいだった俺も、少し肩の力を抜くことができたような気がする。



子供たちと距離も縮まってきた5月のおわり、休み時間にクラスの数人の女子に囲まれて

質問攻めにあった。

彼女はいるかとか、休みの日は何してるとか。

何か言うたびに女の子たちは笑い、交代で次の質問をしてくる。

そして趣味はないのかと聞かれてこう答えた。

「今はこれといった趣味はないけど、そのうち楽器を習いたいんだよね」

「どんな楽器?」

「ピアノはアパートに置くのはむずかしいから・・・ギターとか?」

「トロンボーンとかチューバとかアルトホルンとかどう?」

「楽器に詳しいんだね。そういうのもカッコイイね」

「先生もしかして楽器できたらもてるとか考えてる?」

「婚活に役立つかも~」

お互いを肘で小突いたりしながら彼女たちはまた笑った。


その日の放課後、二人の女子が俺のところに来た。

谷川朋香と内堀桃子だ。

ふたりとも特に目立つ生徒ではなかった。

クラスで一番背が高い朋香と小柄な桃子が並ぶと、とても同級生には見えない。

ほら、と言って朋香が桃子の背中を押した。

ちょっとためらってから桃子が口を開いた。

「先生、明日の朝って忙しいですか?」

「明日は特になにもないけど」

二人は顔を見合って頷いた。

それから朋香が俺に言った。

「じゃ決まり。先生7時40分にいちおんに来てください」

「いちおん?」

「第一音楽室」

「何?」

とたんに真面目な顔になる桃子。

「大事な相談があるんです。絶対に来てください。来ないと桃子不登校になっちゃうよ」

言い終わると桃子はウィンクをして、朋香と二人で昇降口の方向へ走りだした。

不登校になるような悩みを抱えてる子が教師にウィンクなんてするか?

「廊下は走らない!」

遠ざかる背中に注意すると、途端に競歩のような歩き方になり、

笑いころげて行ってしまった。

やっぱり悩みがあるようには見えないが気になる。



    ------つづく------
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