何かしてます。

 無職だって退屈してません。「何か」してます。「何か」ってなんだ?

『駒形の叔母さん』1年忌

2011年10月24日 17時52分40秒 | 冠婚葬祭
 10月22日駒形の『おてふ』叔母さんの1年忌に参列しました。
 心からご冥福をお祈りいたしました。

 おばさんの名前は『てふ』と表記して、『ちょう』と読みます。
 歴史的仮名遣いだそうです。
 《戦前までの国語教育では「歴史的仮名遣い」を用いた。「てふてふ(蝶々)」「何々でせう」「くゎじ(火事)」「けふ(今日)」などである。》

 子供のころは、会うたびにお小遣いを貰うなど懐かしい思い出があります。
 残念なことに、晩年の叔母さんにはほとんどお会いする機会がないまま、お別れすることになってしまった。

 一度でも親しく訪問しておくべきだったと後悔しきりである。 

  

金古のお墓参り

2011年09月22日 22時20分24秒 | 冠婚葬祭
 本日、妻と二人でおばあさんのお墓にお参りして来ました。
 行く途中、あっくん(孫・3歳)の運動会の練習をちょっとのぞきました。
 元気で練習しており、じいちゃんを見て”にっこり”してくれました。
          
          
○ 午後4時53分撮影

  お参りに行けなかった人は、この写真を拝んでください。
  おばあさんと倉之介さんが、それで十分と言っていました。


          
○ 9月22日午後4時50分、榛名山方面を撮影撮影

  お墓に着いたころ、榛名・赤城山の上に真っ黒い雨雲が立ち昇っていました。
  まもなく、その雲が高崎の上空いっぱいに覆いかぶさりました。
  帰途、雨が降り始めたとおもったら、すぐ大降りになりました。

           
○ 午後5時26分、大降りの中ファミリーブック屋上から榛名山方面を撮影。
  雨雲は高崎上空に移動して雨を降らし、雲が流れた山の上はすでに明るくなっていた。

  家に着いたときは、どしゃ降り
  妻を降ろして、ファミリーブックの屋上へ行き『雨降り』を楽しんだ!


      

おばあさんの三回忌

2011年04月26日 15時46分24秒 | 冠婚葬祭
 去る4月24日、おばあさんの三回忌を行った。
 一周期のとき私は入院中で施主でありながら、参列できなかった。
 息子が十分私の代わりを果たしてくれたと後で聞き、安堵したものである。

 おかげさまで三回忌には、私が施主を勤めることができた。
 (もっとも、すべての準備は妻がやってくれ、私は挨拶しただけですが・・)

 さて次の法要は7回忌です。
 5年後ということですが、そのときも元気で施主を勤められればいいな~と思っています。

 さて唯一私が施主らしいことをことをしたのは、挨拶だけです。
 こんなことを言いました。

『本日は、おばあさんの3回忌にご焼香をいただきまして誠に有難うございます。
 お陰で無事滞りなく法要を済ませることができました。
 あれから丸2年こうして皆様に供養して頂き、おばあさんもさぞや喜んでいることと存じます。
 思い起こせば、昨年の一周忌には施主の私が心筋梗塞で入院しておりまして、皆様にご挨拶もできず失礼しました。
 改めてお詫び申しあげます。 
 心ばかりですが、おいしいお食事を用意させていただきました。どうぞごゆっくりっ召し上がってください。
 もちろんお酒も飲み放題です。お酒が好きだったおばあさんも、端の方で飲んでいると思います。そのうちお得意の唄が聞こえてくるかもしれません。
 それでは献杯を一番年上のまごにあたる伊○○一様にお願いします。』

 と、まあこんな具合です。

春のお彼岸

2011年03月20日 12時17分21秒 | 冠婚葬祭
 彼岸の入り、みんなでお墓参りに行った。
 さすがに、「東北関東大地震の最中、お墓参りは控えろ!」などいう声は聞こえてこない。
 でも、途中のガソリンスタンドには車が列をなしていたり、嶺霊園もいつもよりお墓参りの方が少なかったようで、その影響を垣間見た。
 我々もガソリン節約のため、自動車一台に乗り合わせた。


 
          
● 兄貴の孫のお参りです。二人とも美人さんに育っています。


           
● 義姉さんがおしゃれしてきました。墓の中の兄貴が惚れ直すに違いない。


           
● よい天気で暖かかったので、姉御のお墓までみんなで歩いていきました。
  梅の花が満開で気分よかった。
  姉御に挨拶した後、例によって通称カニ沢で、みんなで蟹さがし
  1匹しか見つからなかった。

           

● 先日きれいな当時の姉御の写真が出てきたのでごらんください。
  レコードを出したときの、ジャケットの写真です。

納骨

2010年12月06日 16時26分24秒 | 冠婚葬祭
 12月4日、駒形のおばさんの『49日』と『納骨』の法要に参列した。
 例によって弟が運転する車に、義姉と一緒に乗せて行ってもらった。

 お寺に集まり天台宗のお経を聞き、納骨しご冥福を祈りました。

          

 法要には、父方の親族がたくさん集まりました。
 こんなときでないと顔を会わせることもないことに寂しさを感じました。  

大往生

2010年10月27日 16時54分05秒 | 冠婚葬祭
           

 10月22日、駒形の叔母さんが亡くなった。享年95歳だった。
 25日のお通夜、26日の葬儀にそれぞれ参列し、お悔やみを申し上げるとともにご冥福を心からお祈りしました。

 駒形のお叔母さんは、亡き父の妹です。
 父親の兄弟姉妹は、全部で5人おりましたがすべて逝ってしまいました。
 
 一番上の伯父さんは、本家のあとを継ぎました。
 父が亡くなった後のことですが、私が職場で不詳事故を起こし停職1ヶ月の処分を受けたことがあります。
 停職中の半分くらいを本家で過ごしました。伯父さんは、何も聞かずやさしく見守ってくれました。

 二番目の伯父さんは、南方で戦死したそうです。兵隊さんのものらしい立派なお墓が建っています。

 三番目の伯父さんは、銀行に勤めていました。私の就職の際「銀行にいれてやるぞ。」などと気をつかってくれたものです。

 次に親父がいて、親父の妹が駒形の叔母さんです。
 前橋の初市の行き帰りには必ず我が家に寄ってゆき、私ども兄弟にお小遣いをくれたものです。

 両親はもちろんですが、こうした伯父叔母たちがあって今の自分があるのだな~などと思う今日この頃です。

秋のお彼岸

2010年09月28日 11時19分41秒 | 冠婚葬祭
 9月20日(彼岸の入り)、夕方暇をみて妻と金古のお墓参りに行ってきた。

 9月21日、茨城の『せつおばさん』の訃報が届いた。
  妻がお葬式に行き、私が前橋のお墓参りに行くことに役割分担した。

 9月22日、妻と義妹が電車で茨城に出発。
 常陸大宮の小林旅館に一泊して23日のお葬式に参列する予定。
 
 9月23日(彼岸の中日)、義姉と姪家族と嶺霊園に行き、弟夫婦と合流してお墓参り。


           

 みんなでヴァイキング形式のレストランで昼食をとった。
 一品一品が結構おいしかった。食べ過ぎた。

 実家に戻り、居眠りしながらお坊さんのお経を聞いた。

前橋でお盆

2010年08月17日 10時21分45秒 | 冠婚葬祭
 私は4人兄弟の次男坊です。
 一番上の姉と兄は亡くなっています。もちろん両親もすでにいません。
 残された兄弟は、実家の義姉(兄の妻)と私ども夫婦と弟夫婦の5人だけです。

 日ごろから「残っている兄弟5人、機会があったらなるべく顔を会わせて楽しいひと時を持ちたい!」などと思っていたところ、これを察してくれたのか
 弟夫婦から『お盆様だからお食事会でもしよう!場所は予約しといたよ。』と連絡が入りました。

 5月15日、5人で和風レストランでお食事会をしました。(結局は、いつものとおり弟夫婦に奢って貰いました。)
 みんな70歳になりなんとしています。話し出せばきりがありません。
 お食事後は、場所を実家に代えて『お茶』しました。

                

 亡き兄の長男と長女とその子供二人も加わり楽しいお盆をすごさせていただきました。

           

高崎のお盆

2010年08月16日 22時54分34秒 | 冠婚葬祭
 あの世から帰ってきたおばあさん(妻の実母)とたかしさん(妻の妹の夫)を囲んで、8月14日お食事会を開催した。
 おばあさんの子供3人(連合い1人を含む)、孫7人(連合い2人を含む)、ひこまご7人が参加した。

          



 右が6番目のひこまご(女の子) 左が7番目のひこまご(男の子)です。

          


 8月生まれの私と長女のお誕生日祝いも一緒にすることになりました。

          

一年忌

2010年07月19日 15時27分14秒 | 冠婚葬祭
 昨年8月13日、中居のかね叔母さんが亡くなった。享年93歳だった
 昨日(7月18日)、一年忌の法要が行われた、

 妻と二人で参列するため、朝から準備し午前10時過ぎ自家用車に妻を乗せ私が運転して家を出た。

 途中道を間違えた。
 『間違えた自分自身に腹が立つ』と同時に『早めに間違えを指摘しなかった妻』にも、異常に腹が立ち、「やめた!法事なんか行かない!」と言って自宅に帰ってきてしまった。

 妻は、自分の自家用車で一人で出かけていった。

 「行かない」と腹立ち紛れに言ったものの、よく考えたら恩義あるかね叔母さんのご冥福をお祈りしないわけには行かない。

 反省しながら金古のお寺に急行した。
 おかげさまでどうにか法要に間に合った。

 かろうじて義理を欠かずにすんだ、よかった・よかった