ある人が、ちょっと面白い質問をしてきた。
皆様、新年あけましておめでとうございます。
「あの、、おじさん、ちょっといいですか」
「、、、???」
「私、実は今夜泊まるところがないんです。お金もありません、、、。」
この11月に帰国していた時のこと。まだ、夜というには早すぎた。夕暮れ時。
京都は祇園の近く、建仁寺に行く道。私とすれ違った彼女、すぐさま引き返し、私にこういったのである。
年の頃は、30代半ばか。美人でも不美人でもない。
私、「このお寺に行って、相談したらどうですか。」と言って、追い払った。
また、これも、このころの京都での話。まだ、陽は高い。
私、四条河原町、高島屋の前にあった冷たい石のベンチに座っていた。
そこいらで、人と待ち合わせ。
すると、またまた妙齢の女性。晩秋だというのに、ぺらぺらのミニスカートは、なんとも場違いだと映った。
そして、彼女、なんと私にウインクを仕掛けてきたのである。
私、呆れて物が言えなかった。
昔、私が日本に住んでいた時にも、こんな女性はいたのであろうか。まあ、その時は、私が若く、どんな女性も(お金目当てで)私に寄ってくるということはなかったということか。
急に、変なことを思い出した
「何が彼女をさうさせたか』昭和2年,藤森成吉の戯曲。
そして、「こんな女に誰がした、」。昭和22年、菊池章子「星の流れに」の一節。
これら2女性の言動は何を意味するのか、。一体今の日本は、どういうことになっているのであろうか。
総体的に言って、私が、この前に帰国した時(4年ほど前)より、日本人の経済状態は、悪くなっているということか。
私、今回の帰国で、いとこの家に「お邪魔してもよろしいか」と言って、本当に「お邪魔」した。しかし、その時、実際はいけないことをしたのでは?と感じた。
次回(おそらく来年)は、私が、どこかへ、ご招待しようと思っている。
カタールでのフットボールW杯が、終りましたね。
英国の一昨日は、例年になく早い雪でした。とっても綺麗、でも寒い。
日本4週間の旅を終えて、英国に戻って来たのが、この1日。
それから12日が経ちましたが、私、人生で、これほど「疲れ」を覚えたことはありません。
私、過去に経験したことのない年齢に達してしまったんですもの。
まあ、これまでに帰国した時も、すべて生まれてから初めて経験する年齢であったという点では同じことでしたが、今度ばかりは、さすがに応えました。
何しろ、来年の2月で78歳になるのですから、それも宜なるかなというところでしょうか。
帰ってから、「した」といえば、食べることと寝ること。
加えて、好都合なことに、フットボールのW杯がありましたから、どんな試合でも、しっかり観ました。ただ、途中で「居眠り」することが多かったですが、そんなの気にしない、気にしない、。
私、この頃、自分に殊の外「甘い」のです。
こういう時、私、これまでならば、本を読むとか、アイロン掛けをするとか、いわゆる「ながら族」を決め込むのが普通なのですが、今回ばかりは「何しろ、こんなに疲れているんだから、」という言い訳がありましたから、時々居眠りしながらも、しっかりフットボールを観ました。
ただ、日本もイングランドも、接戦であったとはいえ、負けてしまいましたね。
さて、今回の日本旅行、。
最初の頃に、現金カードを失いそうになったという大失態はありましたが、それ以外は順調に、すべての日程を終えました。
皆様の温かいご支援のおかげです。
終盤の圧巻といえば、88歳の姉に会ったこと。お二人の良い娘さんが支えて下さっています。神戸須磨区名谷在住。私4人の兄姉で唯一の生存者です。
その姪の一人、「おじさん、日本に帰ってきて、名谷に住まはらへん?」
名谷は、比較的新しい住宅地。その所為でしょうか、電柱がなく、緑もあり、スッキリした良いところです。
今回の旅行で感じたこと。
その前に行ったのは、2019年の春でしたが、その時に比べて、日本国民の生活が、総対的に「逼迫」しているのでは、ということでした。
京都では、まあ、綺麗なところを多く見ました。
しかし、そんなことばかりしていたのではなく、大阪の西成にも行きました。大阪は京都の正反対、格好をつけない分、なんでも美味しくて安い。
私、それはそれで、良いと思いました。
まだ、姉がいますから、彼女に会うためだけにでも、また来年、日本に行くと思います。いつかそのうち、などと言っていますと、いつになるかわかりませんので、まず、来年です!!
今回、お会いできなかった皆様、ごめんなさい。次回には是非お会いいたしましょう。、
次回は、もう少し余裕を持って、日本滞在を楽しもうと思います。
何しろ、私、その時は、もう78歳なのですから。