日々感ずることを、徒然に書いています。ご笑覧あれかし。

言葉というもの、非常に興味があります。

今年の日本シリーズ

2021-11-30 10:10:51 | 日記

私、スポーツというもの、何にもできませんが、ただ観るのは好きですね。

球技に限ると、一番好きなのはやはり野球です。それは、小さい頃野球を観て育ったからということに尽きるでしょうか。

しかし、今は、残念ながら、その野球の存在しない国に住んでいます。

それでも、気になるものですから、インターネットで、野球の試合の戦績を追って、なんとか楽しんでいます。

米大リーグ、日本のプロ野球と高校野球。まあ、この3つですね

野球のいいところは、後から、ネットで試合の経過を観ているだけでも、結構楽しめるということです。

フットボールだと、そうは行きません。やはり、TVでいいから実際に観ないと、。

ところで、今年の日本シリーズ、近年では稀に見る面白さでしたね。6試合やって、2点差が1試合。後5試合は、すべて1点差の緊迫したものでした。

ヤクルト対オリックス。第6試合を、オリックスが取って、何とか最終戦にまでもつれ込んで欲しかったのですが、残念ながら、延長12回、2:1でヤクルトの勝ち。ヤクルト、4勝2敗で、20年ぶりの日本一。

私は、根っからパリーグのファン、それもオリックスのファンですから、残念でした。オリックスは昔の阪急ブレーブスの流れを汲んでいます。阪急好きだったんです、私。

最近は、昨年まで、日本シリーズといえば、パリーグが圧倒的に強いでしたから、まあ、いいか、日本プロ野球全体の繁栄のためにはね、。

ところで、日本のプロ野球には、この頃、「クライマックスシリーズ」とかいう、訳のわからないものがありますね。シーズン後、リーグ上位3チームで争わせ、日本シリーズ出場チームを決めるんですが、私、これには反対です。こんなの必要なし。まあ、米大リーグの真似をしたんでしょうけれど。

アメリカは、国土が実に広大ですから、両リーグとも、3ゾーンに分ける必要がありました。それで、プレイオフと言って、シーズン後、リーグ上位5チームで戦わせ、リーグ1位を決めるんです、非常に過酷なきつい制度です。しかし、その意味はわかります。

そこへ行くと、日本の「クライマックス」には、何ら必然性がないんです。最後の方、ちょっと面白くするために、でっち上げた、。

しかし、どうしても「やりたい」というなら、上位2チームだけでよろし。

そして、どうしても「3チームで」というなら、2位x3位の「ファーストステージ」を改善してほしい。

現行の「3試合制」というのは、あまりにも無茶。

3ゲーム制だと、初戦をとったほうが、圧倒的に有利ではありませんか。

初戦を落した方は、次の試合にどうしても勝たなければならないのですから、完全にコチコチになる。今年の阪神が、そんな感じでした。いかにも可哀想。それで、阪神、読売にあっさり負けてしまいました。この読売、リーグ戦では勝率5割切っているんですよ。

また、この段階で、2位チームは、3位チームに対して「アドバンテージ」をもらわないといけないわけですが、それが、何と「本拠地で3試合ともやる」。阪神の場合は、ですから「甲子園でやる」。でも、これ、大した「アドバンテージ」とは言えませんね。または、3試合が、1勝1敗1分で、引き分けの場合、リーグ2位のチームが次のステージに行く。そんなこと、滅多に起らないのに、これもアドバンテージなんですって。

私、この「ファーストステージ」は5試合制で、リーグ2位のチームに1勝のアドバンテージを与える。これだと、誰にもわかるアドバンテージだと、思います。

こういう、いろんなこと、誰が決めるのか知りませんが、あまり「深慮」があるようには思えません。


掃除婦さん

2021-11-22 20:39:54 | 日記

いろんなことにかまけて、この頃、日記を書いていません。

でも家の改装も、ほとんどすべて終わりましたので、これからは、もう少し書くようにします。

ところで、私、目下76歳。家に、一人住まいです。

ただ、私、掃除というものが嫌い。庭仕事もいや。

それで、掃除婦さんと庭師に来てもらっています。

掃除婦さんは、2週間に一度。3時間。
庭師は、必要に応じて。

まあ、それで見られるようにはなります。

私、人様をお呼びするのが好きなんですが、これで恥ずかしくなくなりました。家の前の空き地に、小さな灌木を6本植えました。毎朝、それを見るのが楽しみです。

植えたばかりとあって、毎日、ジョロで水をやっています。それくらいのことはできるんです。

今日、新しい掃除婦のお姉さんが来られました。ブルガリア人。清掃会社からの派遣ですが、その会社がブルガリア人経営なもので。

こういう時、イギリス人ってダメですね。掃除という仕事を嫌がるんです。

今日、来られた若いご婦人は、3人目。

パッと見たときの、「第一印象」は非常によく、この人なら大丈夫だと思いましたもの。

何かにつけて、第一印象って大事ですよね。私は、そう思います。

二人目のブルガリア人は、少し年配の人でしたが、実のところ、第一印象が、よくなかったのです。

案の定、3回ほど来られて、何も言わずに、ブルガリアに帰ってしまわれました。

やれやれ、。


27日

2021-11-22 09:00:20 | 日記

27日というのは、因縁の日である。

何しろ、この27日という日に、昨年、2回も「ちょっとした」ことが起ったときている。

8月と9月に一回づつ。ただし、両者には因果関係があり、前者がなければ、後者はない。

私、昨年、8月27日に銀行がらみの詐欺に引っかかり、私の普通預金から、その45%ほどの金が、掠め取られた。

ただ、その金は、少額。また遊んでいる金であったので、別にさしたる痛痒を感じたわけではない。現実的には何も困らない。しかし、勿論忌々しい。

即座に、銀行にも警察にも届けた。

それから、何事もなかったかのように、日々が過ぎていった。それにつれて、私がしでかした「不始末」のことは、徐々に忘れていった。いや、忘れようとしていたという方が当たっているかもしれない。

何しろ、単に金銭上だけのことである。具体的に危害を被ったわけではない。私の普通預金の金額が減ったという「数字上のこと」である。自分にそう言い聞かせ続けて、一と月足らず。勿論、まだ忌々しいのは事実である。

そして、9月27日がきた。

朝、自分の銀行口座明細を見て、目を見張った。普通預金の総額が跳ね上がっている。

そのひと月前に掠め取られたお金が、そっくりそのまま返ってきたのである。ちょっと信じられなかった。

銀行から、それに関して何の説明もなかったので、これは、憶測の域を出ないが、当初の非は、勿論私にあるとしても、銀行が、自分たちにも落ち度があったとして、「補填」してくれたのではなかろうか。

ただ、私の預金総額が元に戻ったというだけのこと。嬉しいというより、やれやれといったところである。

これで、お金も戻ってきたし、詐欺に対する免疫もできたというわけで、これからは、もっと用心深い人間になるはずである。

しかし、私、根本的には、今まで通り「開いた」人間で行く。私はどちらかというと、人を信用する方である。その基本姿勢は変えない。そして、私のこういう性格のために、得たものの方が失ったものよりはるかに多かったように思う。私の今の幸せそうな(?)生活環境も、そのお陰ではないだろうか。

ところで、今回の一連の出来事で、ちょっと意外だったことがある。

お金を掠め取られた時も、そして、それが運良く返ってきた時も、私、あるSNSに投稿し、多くの人に知ってもらおうとした。

始め、詐欺に遭った時に書いた日記に寄せられたコメントは、結構多かった。「お気の毒です」。

しかし、後の日記に寄せられたコメントは、ほんのわずか。これは意外であった。

誰かが、宝くじで、巨額の一等賞金を手にされた時に、誰も「良かったですね。おめでとう」とは言わないようなものである。

そして、もう一つ。

これは面白い。

私自身のことである。

私、お金を失ってから、それが返ってくるまでの一と月間、もうほとんど諦めていたとはいうものの、一縷の希望は捨てなかった。

そして、こう思った。

「どうせ、この金は、一度諦めたものなんだし、もし、戻ってきたら、本当にお金を必要としておられる人に、あげよう」

本当に、そう思った。

しかし、しかし、それは「仮想」の話であって、それが「実際に」私の手元に戻ってくると、途端にそんな風には思わなくなった。

それは、分析してみると、こういうことではないであろうか。

正直なところ、そのお金、まさか返ってくるとは思っていなかった。ただ、自分が「馬鹿だったなあ」と思う気持ちは当然ある。そんな気持ちを少しでも軽くするために、考えたのがこの手。

失ったお金は、空想にしろ、慈善的なことに使われたんだからまあいいか。それで、なんとか、自分を慰めようと、。

人間は、根本的に、自己中心的で、欲深いもののようである。


コネティカットのお二人

2021-11-14 08:12:18 | 日記

私、昨日だかに、「ちょっといい話」という題名で、ここで記事を書いた。

50年ほど前にアメリカに渡られた日本人カップル。その消息を知りたいと思ったのがきっかけである。

Facebookなどを使い、なんとか探し当て、お互いが、メールで往き来できるまでになった。

ただ、今住んでおられるところは、当初のNYではなく、その近辺のコネティカット。

お写真を送って来られたので、大体の様子は分った。コネティカットがどんなところか知らないが、なんでも、2エーカーという広い土地を買われ、そこに家を建てて、住んでおられるとのこと。

私と同年輩なので、もう退職しておられるが、今は、そこで、養蜂とか、植物の有機栽培とかをして、楽しく暮らしておられるのだそうである。

しかし、私、こんどNYに行くことがあっても、このお二人にお会いするために、態々コネティカットに行くことはないと思う。ちょっと、お顔を見るだけに行くにしては。遠すぎる。

だって、非常にドライなんですもの。

お電話番号を教えてもらったので、それに電話してはみたけれど、話ができないようになっているし、。一言お声を聴きたいと思うのは、ごく自然なことだと、私は思うが、それをメールでいうと、メールの方がいいとおっしゃるし、。

このお二人、50年ほど前に日本で知ってはいたが、それほど親しかったわけではない。だから、元々、そういう「割り切った」人たちだったのかもしれない。

50年もアメリカに住んでおられ、それから今あるまで、生き抜いて来られると、そのようになってしまうのであろうか。

我々の間に、共通の友人が日本にある。私は、この人(女性)の方が、はるかに親しい。昨年、帰国した折、滋賀県に、彼女を訪ねた。ご主人を亡くされたばかりで、ずいぶん寂しそうにしておられたが、お会いしてよかったと思う。

アメリカのお二人が、彼女の住所を教えて欲しいと仰るので、もちろん、快くお教えした。当然のごとく、お二人は、彼女のご主人が亡くなったことはご存知なかった。それまでに交信がなかったのであろう。

しかし、そのことに関して、私に、このご夫婦からは、何のお礼もない。

私は、毎年、日本に帰っていて、日本に友人もたくさん。よくスカイプで喋る。

私も、ドライなところはあるが、この広々としたコネティカットに住んでおられるお二人ほどではない。はるかにウエット。

来年あたり、事情が許せば、NYに行くと思うが、このお二人にお会いしたいとは、もう思わなくなってしまった。お会いしても、がっかりするだけかもしれない。

お二人からお誘いがあれば別であるが、まず、ないであろうし、。


ちょっといい話、。でもねえ、。

2021-11-11 09:25:08 | 日記

私、76歳。

人間これほど生きていると、人生には、当然、悪いこともあるが、またいいこともあると分る。

というわけか、最近、ちょっといいことが起ったのである。

私、実は、同年輩の日本人ご夫妻のことが気になっていた。もう、50年も消息の途絶えたままである。

1970年頃に、御夫婦で、アメリカのNYに渡られたことは知っていた。

私も、その後しばらくして英国に渡ったので、我々の間の交信はないものに等しかった。

でも、先日、書類を整理していると、お二人からのロンドン私宛の手紙が見つかったのである。そこにお二人のNYでの住所が書いてあった。それが、たまたま私の知っているものであったので、ことさら興味がまし、探してみたい衝動に駆られた。

なぜ、その住所を私が知っていたかというと、それは、NYにある浄土真宗のお寺の住所だったからである。私、そこへ行ったことがある。ちなみに、この日本人カップルの奥さんは元々、佐賀県にある浄土真宗西本願寺派のお寺の娘さん。その伝手で、その時、そこへ身を寄せておられたのであろう、

もちろん、彼女の結婚前の旧姓は知っていた。彼女のお父さんが、そのお寺の住職さんだったというわけである。また、そのご住職は、何処かの学校の校長先生も務めておられたという。

私、そのご夫妻の現在の消息を知りたければ、彼女の生家のお寺を突き止めればいいと踏んだわけである。こういう時、お寺というのは、まことに重宝。日本のお寺は、動かないし、また住職は、概ね世襲制であるから、苗字が変わらないときている。

これらの情報を手に、私、このお二人の追跡にかかった。

ただ、どうしていいのかわからない。

それで、手始め、Facebookに頼ることにした。

すると、あった。

佐賀県伊万里にある浄土真宗のお寺で、ご住職の苗字が、彼女の旧姓(_川)と同じ。恐る恐る、私、電話をかけてみた。

お若い方が出てこられて、私の話を熱心に聞いてくださった。その寺のご住職かもしれない。

その方の仰るには、そのあたりの真宗のお寺で、住職のご苗字が、「_川」というのは、何軒もある。そのお寺は、私の探していたものではなかったが、「でも、当ってみましょう」と言ってくださった。

そして、すぐにご返事をいただき、「分りましたよ」。嬉しかった。

そりゃ、伊万里のような小さな町で、50年も前に、若い娘がNYに渡った寺といえば、探すのに、そんなに時間はかからないであろう。お寺、さまさまである。

私の、お寺にお出ししたメールが、アメリカのお二人に転送され、しばらくして、その昔の娘さんからメールが、私のところに届いた。彼女73歳、ご主人76歳。写真が添付してあり、いかにもお元気そうであった。

ただ、今住んでおられるところは、NYではなく、コネティカット州のウエストン。大きな土地を買い、そこに家を建てて住んでおられる。もうだいぶ前、1980年代にNYから移られたそうである。今何をしておられるかというと、養蜂とか、野菜の有機栽培とかそんなこと。

もう、50年も合衆国に住んでおられるのであるから、このご夫妻、昔私が知っていたお二人でななく、もうほとんど、アメリカ人になっておられるのではないであろうか。日本に帰っておられる様子も、あまりないし、。

彼女からのメールに、電話番号が書いてあったので、かけてみた。しかし、受信を拒否された、機械的に。

私、一度だけでいいから、お声を聴きたかっただけなのに、このお二人、かなりドライな人間になってしまわれたのかもしれない。

人間、何かやりたいことがあれば、諦めずに、あらゆる手をつくして、やってみるものである。

努力を重ねていれば、いつかは道が拓けるであろう。報われるであろう。

ただ、その努力というのは、真面目で真摯なものでなければならない。私はそう信じている。