「診断書」は紙屑と化し、医師の診断証明は失われた。DBが高笑いと共に消えたのを確認したI氏は私を助け起こしながら「会議室へ行こう。事業所長が待っている。」と言った。「紙屑はどうします?」総務の面々は、床に散らばった「元診断書」を指さして指示を請うた。「構わん。悪いが片づけてくれ。」I氏は意に介す事無く言った。「でも、診断書ですよ。本当にいいのですか?」と聞かれると「これから先は、君達が知る必要はない。大丈夫だから片付けていい。」とI氏は断言した。会議室へ通されると、事業所長や総務部長、労務担当課長が待ち構えていた。「怪我はないか?」と事業所長から聞かれ「大丈夫です」と私が答えると、一同は一様に安堵した様子だった。会社の上層部は、先程のDBの「悪事」の一部始終を陰から見ていた。「狂気の沙汰だったが、上手く行った様だな・・・、例のモノは大丈夫か?」総務部長が私に問うた。「例のモノ」とは、「二通目の診断書」の事だった。私は、シャツの裏に粘着テープで貼り付けて置いた小さなビニール袋を引き剥がして、中身を総務部長へ手渡した。I氏も会議室へ入り、鍵を掛けた。実は、精神科を受診する事になった時に、I氏へ連絡した際に「夜でもいいか?」と聞かれ、夜に再度連絡した時に「総務部内に、DBと繋がっている者が複数居る様だ。残念だが、これまでの事はDBへ漏れているらしい。今、俺は自宅に居るので心配はいらないが、昼間に連絡する際はDBに漏れる事を前提に話さなければならん。」と言った。今更ながらに、DBの執拗な「執着心」に恐れを抱いた話ではあったが「診断が確定と言うか、症状が明らかになった時はどうします?診断書は当然会社へ届けなくてはなりませんが?」とI氏に問うと「悪いが診断書は二通用意してくれないか?一通はDBへの言わば“エサ”に使う。もう一通が“本通”だ。まさか“診断書が二通ある”とはDBも考えないだろう。DBの本性を上に見せつける絶好の機会だ。用心に越したことは無いし、確実にお前を医療機関へ送り込むにはこれしかない。診断書が出た時の連絡は、昼間で構わん。DBに“漏れなくてはならない”事項だからな!上手く芝居は出来るか?と言うかやってもらわなくてはならんが・・・」私は、DBの異常さに改めて恐れを抱くと同時に「老獪かつ狡猾」な手口に戦慄を覚えざるを得なかった。しかし、I氏の言う通りにしなくては自身が危うくなるばかりだ。「分かりました。出来る限りやってみます。」と私が言うと「無理はするな。片方は奪われるのを承知で持ってくるんだ。隠し持ってくる方は慎重に持ち込んでくれ。そうしないと、お前の命が危うい。くれぐれも用心しろ!この話はここまでだ。以後はいつも通り昼間に連絡してくれ。」とI氏は言った。そして今日、懸念は現実となり「猿芝居」は一応の成功を収めたのだ。主治医の先生もこうした「DB対策」には「こんな事をする必要がある程、異常な人格なんですか?」と驚いていたが、私の要望の通り二通の診断書を作成してくれた。そして、策は図に当たり、DBを出し抜く事には成功した。今、関係者の手には「診断書」が渡った。直ちに「休職」の手続きが開始され、有給の残りを使い切った時点から「休職」となる事になった。事業所長やI氏は「これで一つ山は越えた。安心して治療に専念するように。」と言い、安堵の表情を浮かべていた。更に事業所長は「貴方の所属を本社の人事部へ移管する事を考えています。DBから完全に切り離し、手出しをさせないための処置です。異動を受け入れてくれますか?」と聞いて来た。私には、否応も無いので「お任せします。」と答えると「早速、人事異動を発令してもらおう!総務部長、宜しく頼みます。」と言い「元気になって必ず帰ってくるように!」と言い「DBの処置は私が責任を持って対処します。あのような暴挙を許す事は出来ません。会社に対する反逆と言っても言い過ぎではない!責任は相応に追ってもらう!」と語気を強めて言った。閉鎖空間で、上層部の限られた人達の手で手続きは無事に終わった。後は、入院するのみであった。会議室では、今後の指示が与えられた。I氏は「帰るときは、下を向いて行け。DBに悟られないためにも、意気消沈で帰れ。表向きは、再度、診断書を書いてもらい、郵送する事にする。そうすれば、DBは郵便物に網を張るだろうから、その隙に入院するのだ!あくまで診断書はダメになったと思わせる事だ。」と言い、総務部長からは「誰がDBに手を貸しているか分からないので、今日の事はここに居る者のみが承知する事とする。他言は無用だ。あくまでも、今日は何もできなかったと言い張れ!DBを欺くには、それしかない。」と言い出席者全員が口裏を合わせる事に合意した。どうにか第一関門は突破した。入院に向けても大きく前進したと言える。実際、入院直後は何も問題は起きなかった。しかし、DBはまだ諦めていなかった。次なる悪夢は病院で起きたのである。