相変わらず「進歩」の無い遠吠えだった。DBはまたしても「寺での精神修行」を強行しようとしているのだ。ある意味で、私はDBの姿が「ピエロ」に見えて笑いをこらえるのに必死だった。「寺で精神修行か・・・。それで私の病が完治するのか?」私は改めて誰何した。「お前の様な惰弱者の腐り切った性根を叩き直すには、寺に籠り、禅を組み、滝に打たれ、心と体を極限まで追い込まなくてはならん!お前を更生させるには、精神を鍛え直すのが一番なのだ!薬や休養などといった軟な事では、何時になっても立ち直る事は出来ん!さあ、寺へ行くのだ!嫌とは言わんだろうな?姿を見せた以上は、それなりの覚悟を持って出てきたのだろう?抵抗するならば、縄で首を括ってでも連れて行くぞ!」吐き捨てるように、一気にまくし立てたDBは、足元のカバンからロープと手錠を素早く取り出しながら、私の方へ歩を進めようとした。その時、準夜勤に就くべくナースステーションに居たHさんが私の前へ立ち塞がった。「止めなさい!」DBに向かって鋭く視線を向けて威嚇した。だが、DBが怯むはずがない。「何だ?白衣に守られる正当な理由でもあるのか?お前は何処まで堕落したのだ?!大人しく縛に就け!!俺に従え!!寺へ行け!!」DBは完全に周囲が見えなくなっていた。普通、自ら墓穴を掘るような事はしないだろうに、私を捕縛したいがためにすっかり「本性」を曝け出してしまっていた。私はHさんの前に出てDBと再び向き合った。「そこまでだDB!寺ではなく警察へあんたが行くことなった様だ。後ろを見るがいい!」私は病棟入り口を指さした。「何だと?」慌ててDBが振り向くと、警備員と看護師さん達がずらりと勢ぞろいして、DBを睨みつけている。「あんたの目的は見舞いではなく、患者を不当に略取することにあるのだろう?証人は山の様に居る。言い逃れは出来ない。縛に就くのはあんただよDB!!」私は精一杯力を込めて言い放った。DBは一瞬凍り付いた。その隙をHさんは逃さなかった。右足で思い切りDBの股間を蹴り上げた。「ぐぇー・・・」衰えたりとも、股間を至近距離で思い切り蹴られれば痛くないはずがない。DBは悶え苦しみ廊下に伏し転がった。「今よ!!」副看護師長のAさんが警備員を促した。DBは持っていたロープで逆に縛り上げられ、病棟から排除されていった。ヤツのカバンからは、ロープや粘着テープや金槌や五寸釘などが見つかった。抵抗された場合は、こうしたモノを駆使して病棟から私を連れ出すつもりだったのだろう。私は膝をついて廊下にへたり込んだ。DBとの対峙で全精力を使い切ったからだ。病室からガードについて来てくれた看護師さんとHさんに支えられて、ホールの椅子に座った時には息も荒くなり、目の前が暗くなった。「なんて無茶をするの!普通ならとっくに倒れてるはずよ!命を粗末するなんて、おバカだわよ!」Hさんはカンカンだった。「でも、あの男の化けの皮を剥いだのは、貴方の力があったからだわね。もういいわ。安心なさい。休みなさい。無事でよかった!病室へ戻りましょう」車椅子が用意され、私は病室へ戻った。副看護師長のAさんも様子を見にやって来て「馬鹿者!」と言いながら私の頭を軽く押した。「上司って言ってたけど、あの男はどう言う考え違いをしている訳?ともかくまともに話し合う相手ではないわね。これに懲りてもうここへは来ないと思うけど・・・」私は首を振って「奴はまた来ますよ。常識がないだけでなく、狂気が奴を支配してますから。何か手を考えないと、また踏み込んできます。」一同の顔色が曇った。だが、しつこさに掛けて「他の追随を許さない」DBに見つかった以上、覚悟しなくてはならない事実だった。「これだけの問題行動を起こした者がまた来ると言う訳?」みなさん懐疑的だったが、私は「必ず、いかなる手段も辞さず、侵入して来ます。DBは狙った獲物は逃さないのです!」私はこれまでDBから受けた「仕打ち」を話して、奴は諦めることは無いと説明をした。何か「策」が無ければDBは必ず現れる。そしてまた、狂気をまき散らす。狂犬よりもタチは悪い。今日は、押し返したが「明日」はまた押し寄せてくる。津波の様に。私には体力が戻っていないし、治療中で薬も強力なモノが使われ、その副作用から様々な支障を受けていた。次にDBと戦う力は今は残っていない。