limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㉘

2018年08月01日 10時46分05秒 | 日記
週末になると、症状の安定している患者には「外泊」が許可されるのだが、私の場合は基本的に「不許可」になる事が多かった。素行不良患者である私に「外泊」を許せばどうなるか分からないからだ。もっとも、それ以前に「家に帰りたい」と言う気持ちが無かったのである。身の回りのモノは必要なだけ持ち込んであったし、完全空調が効いていた病棟から「一時帰宅」するのは、身体に大きな負担をかける事になりかねなかった。担当医や主治医の先生達も、私の「両親」と話をする中で「自宅でのケア」が不可能なのは察していた様だ。普通、子供が入院すれば両親は「面会」へ来るものだが、ウチの親は「呼び出されないと来ない」人種だった。最後まで親は「私の病気」について理解することは無かった。「預けて置きゃどうにかするだろう」と言う投げやりな認識しか持てなかったのだ。逆に考えれば、親がしゃしゃり出て「治療の妨げ」になるよりはマシであり、放置されていたからこそ「復活」出来たとも言えるし、集中して治療が進められたからこそ、1年で退院できたとも言える。自分と「真摯に向き合った」のはこの時が初めてだったと思う。

人には「相性」と言うものがある。看護師さんと患者の間にも「相性」はある。私は基本的に「嫌悪」は感じないのだが、一人だけどうしても「相性」の合わない看護師さんが居た。精神科病棟に勤務する看護師さんは「ベテラン」もしくは「ICU」での経験のある人達が配属されていた。人生経験豊富もしくは、修羅場をくぐった猛者でなくては精神科病棟では通用しないからだ。若い美人の看護師さんがまず配属されるのは、内科や外科・老年科になる。そうした看護師さん達に会いたければ、別の病棟の入り口付近を観察していればいい。産婦人科病棟などは「美人の宝庫」と呼ばれていたが、男性が入るには余程の勇気がいるし「不審者」として摘まみだされるのがオチだ。後の話になるが、私は産婦人科病棟に入る機会を得た事がある。家内が大学病院で出産したため、堂々と足を踏み入れられたのである。噂通り「美人の宝庫」であった。ただ、空気は緊張をはらみ、常に切迫した時間に支配されていた。とても入院中に忍び込める場所ではなかったし、間違いなく「不審者」として摘まみだされていたと思う。
閑話休題。本線へ戻ろう。毎朝、6時前に目覚めた私には「確認事項」があった。ホールの片隅、ナースステーション脇のボードに描かれた「検温担当者」を調べに行くのだ。2チームに分かれての検温になるのだが「その日の自分の担当者が誰か?」を把握しておかないと、お目玉を喰らうか、長話になるか、笑って終わるか、フリーズするかが決まるのである。朝から気持ちよく過ごすためにも、事前の調査は必須事項であった。「うーん、今日は最悪」折悪くその日の担当看護師さんはKさんと言う若手の方。女性患者さん達には評判はいいが、男性陣にとっては「難敵」なお方だった。目覚めてから15分余り、今日が「厄日」だと判明し、ガックリとして病室へ戻るとは・・・。最悪じゃー。Kさんは、病棟内では若手ではあったが、優秀な方で患者に代わって担当医や主治医に「意見する」ほどの力量があり、女性患者さん達の「代弁者」として信頼を得ていた。ただ、男性患者に聞くと「何か冷たい」「何も聞いてくれない」「人当たりキツイよね」と言う評価が圧倒的に多かった。Kさん自身は「そんなつもり」は欠片も無かったと思うのだが、男女での「温度差」があったのは事実だ。特に素行不良患者である私には「殊更に機械的」であった。その日も必要最低限の会話しかせずに、検温を終えた。手際はいいし、注射や点滴も上手い。だが、男性には「毅然として付け入るスキを与えない」それが彼女のスタイルであった。彼女に検温をして貰う確率はかなりマレであり、普段も「分け隔てなく」患者さんに接してはいた。頼み事をするのにナースステーションへ行っても、嫌な顔はしなかった。1度だけだが、彼女を驚かせた事がある。病室の脇にあるロッカーの扉の建付けが悪くなり、ネジを締め付けるのにドライバーが必要になった時だ。ナースステーションに居たKさんに「すいません。ドライバー貸してもらえます?」と言うと「ドライバーって何に使うの?」と怪訝な顔で問い返された。理由を説明し、現場も彼女に確認してもらい「自分で直せそう」と言うと「本当に?修繕に来てもらったら?」と半信半疑の眼差しで問い返された。ともかく「やるだけやってみたい」と懇願し、ドライバーを探してもらって、いざ「修理」開始!緩んだ木ねじを締め付けて、調整ネジで建付けを直す。組み立て式のローボードを造るのとやる事は大差ない。10分ほどの作業で事は済んだ。「嘘、直ったの!すごい!」彼女が目をまん丸くして驚いていた。「初めてよ、自分で直しちゃった人」「普通に考えれば難しい修理じゃありませんよ」と私が言うと、彼女は「どんな仕事していたの?それとも趣味?いずれにせよ貴方普通じゃないわ!」と言うので「普通の病人ではありませんけど・・・」と切り返すと「ついでと言ったら怒るかも知れないけれど、同じようなのが予備の中にあるんだけど、それも直せるかな?修繕には依頼しているんだけど、明後日から使う予定があるの。お願いできそうかな?」と珍しく依頼を持ちかけられた。「いいですよ」と応じて、病棟の片隅に置かれているロッカーセットを調べてみた。症状は自分が使っているロッカーと同じだったので、慎重に木ネジを締めて調整ネジを回す。やはり10分くらいで作業完了。ドライバーを返しつつ「直りましたよ」と彼女に言った。建付けを確認した彼女は珍しく「ありがとうございます」と頭を下げた。「師長さんが心配してたから、多分喜んでもらえると思う。意外とやるね。今度から貴方に専属で直してもらいましょうかしら?」初めて満面の笑みを浮かべる彼女を見た瞬間だった。
それから、彼女の「検温」は少しだけ「優しく」なった。「ちゃんと眠れた?」「昨日の夕食どうだった?相変わらず不味いよね?」などと言葉をかけてくれるようになったし、「先生捕まらないなら、私から申し送りしておくわ」と取次もしてくれるようになった。まあ、ようやく「認められた」と言うところだろうか?私の退院を見送った彼女は、結婚をして1度大学病院を離れた後に、外来の看護師として復職をしている。1回だけ「元気そうじゃん」と声を掛けられたが、程なくして私の外来受診先が別のクリニックに替わったため、その後の消息は不明である。彼女もHさんやMさん同様忘れがたい存在だが、鉄壁の奥に潜む「患者さんへの熱い思い」を知るまでは、ただただ恐れるだけであった。でも、Kさんの「治って欲しい」と言う真剣な願いは垣間見ることが出来た。今の私があるのは彼女達「優秀な看護師」の助けなくしてはありえない。