少し時間は戻って、KとDBがZ病院に到着する50分前。追跡部隊の4人がZ病院の玄関をくぐった。「どうやら、先行出来たが、時間がない!直ぐに病棟の同志に会おう!必要なモノを手に入れないと、KとDBの監視は不可能になる」「俺はここに残る」追跡部隊の1人が言った。「全員で病棟へ行っている間に、KとDBが到着したらマズイ。俺がその間の監視を引き受ける。君達3人で行ってくれ。KとDBが到着したら携帯を鳴らすから、それを合図と思ってくれ!」「マナーモードに設定しよう。ここは病院だ。大っぴらに着信が鳴ってはマズイ。だが、病棟へはどこへ向かえばいいんだ?」「私について来て下さい!」秘書課長の部下が言った。「ここは、我社の社員がお世話になっている病院です。横浜本社から近いので。見舞いに来た事が何度かありますから、病棟へは私が案内します」「分かった。済まんがここで1人で防波堤になっていてくれ。俺達はなるべく早く戻る。よし、そうと決まれば早速行こう!」2手に分かれた追跡部隊の面々は、まず病棟を目指した。「6階へ!」エレベーターへ駆け込むと、すかさず6階のボタンを押す。そして6階のフロアへ降り立つと三重の壁に突き当たった。「ここからは、どうするんです?」先程案内を買って出た部下が聞いた。「インターホンで、Aと言う看護師を呼ぶんです。社名とパスードを言えば開けて貰えるはずだ」早速、もう1人の部下がインターホンの呼び出しボタンを押して、A看護師を呼んで欲しいと告げた。パスワード“カリフォルニアドリーム”を言うと「はい、今ロックを解除します。右手のナースステションへ進んで下さい」と応答があり、1つ目の壁が自動で開いた。ナースステションへ向かうと、一人の若い看護師が出てきて、ステーション脇の「応接室」と書かれた部屋の鍵を開け、3人を招き入れた。「ここで暫くお待ち下さい。Aを呼んでまいります」といって内側のドアを開けて病棟内に消えた。「やけに厳重だな。まるで要塞だ」「ここは、閉鎖病棟なんです。限られた人しか中へは入れません」部下の一人が説明した。「患者も含めてかい?」「ええ、病棟の外へ出れる患者さんにも付添が付くんです。さっき言われたように、要塞クラスの厳重な管理下に置かれているのです」部下が続けた。「KとDBは、こうした体制を知らないでしょう。ヤツらだって面食らうはずです」「俺は、こんな所には来たくは無いよ。入ったら最後、永久に出られそうにない!」そう言った瞬間、「N坊、今晩留めてあげようか?!私が添い寝してあげるよ!」いつまにかドアが開けられ、一人の女性が立っていた。N坊と呼ばれた男は椅子から転げ落ちそうになった。「ミセスA!その呼び方は止めて下さい!」「F坊は?貴方達一緒に来てないのかい?」ミセスAと呼ばれた女性は構わずに言う。「下でウォッチですよ!KとDBが来たら知らせる為に。自分で志願したんです」「そう、アンタ達もようやく使える様になったみたいね。いい判断だわ。あの、ヤンチャ坊主にしては上出来だわ!」ミセスAはしみじみと言った。「昔の話を持ち出さないで下さい!俺達だって大人になったんだ!勿論、貴方やミスターJのお陰ですが・・・、それより今は時間がないんです。話を進めましょう!」「そうだった!早速説明しましょう」ミセスAは話し始めた。「まず、このPHSを2台渡しておくわ。院内で使っても問題のないものよ。発信番号は4つ。1はこちらのPHSを呼び出す時、2はこちらのPHSを呼び出す時、3は私のPHSを呼び出す時に使うのよ。0は外線発信。続けて番号を打ち込めば、外部の固定・携帯に繋がるようになっているの。ここでは、通常の携帯は使用禁止だけど、これなら問題は無いわ。それと、これが院内の詳細な見取り図よ。最上階の10階は、ラウンジと食堂と会議室。地下はX線関係の検査スペース。1階・2階は事務室だから、実質的な病棟は3階から9階までよ。3階までは外来棟と連絡通路で繋がっているけど、4階以上はエレベーターと階段でしかアクセスできないの。」「非常階段は何処です?」N坊と呼ばれた男が聞いた。「図上には載ってないけど、見取り図の右上の隅の空白のスペースよ。文字通り“非常時”にしか使えないわ。緊急用エレベーターも同じ位置にあるけど、“非常時”以外は使われていないわ。」ミセスAはテキパキと答えた。」「正面玄関以外の出入口は、何か所あるんです?」「外来棟の夜間受付と救命救急センターの出入口と職員用が2か所。全て1階にしか無いわ。そこには全て警備員が配置されているの。24時間体制でね。」「もし、仮に忍び込んでも、騒ぎが起きれば出口は無い。そういう事ですか?」「そうね。人目に付かないで出る事は至難の業と言っていいわ」ミセスAは断言した。「追いかけられて、逃げ込めそうなスペースは?」「私もざっと見て回ったけど、最上階の会議室ぐらいしか無いの。他は鍵がかかっているか、身分証を通さないと開かないの。KとDBが現れるのは昼間でしょう?だとすれば、尚更無いと言っていいわ」ミセスAは図面を繰りながら答えた。「脱出経路無しか。KとDBは袋のネズミに来るようなものじゃありませんか!」「そうよ。職員でなくは、人目を避けて脱出する事は不可能よ!」「じゃあ、内部にツテでも無ければ、捕まりに来るようなものじゃないですか?!」「それがミスターJの目的よ!ここで2人は逮捕される。ここへ誘い込むのが一番手っ取り早いから」「分かりました。ミセスA。私達はKとDBがウロウロしている姿を追っかければいいんですね?」「そうね。それと、この封筒を持ち帰って欲しいの。ミスターJ用の院内図面。それと、これから用意する録音テープよ」「録音テープ?!誰との会話が入ったヤツです?」「私とKとDBのやり取りが録音されたモノよ。ヤツらは必ずここへ来る。と言うか来ざるを得ないわ。情報を得るためには、適当な理由を付けてここへ入る以外に手が無いんだから。私が直接ヤツらと渡り合うの!思いっきりヘコませてやるつもり!」ミセスAは、やる気満々だった。N坊と呼ばれた男は、ため息交じりに「ミセスA、程々に頼みますよ。KとDBをヘコませるのも結構ですが、あらぬ疑念を抱かせたら、元も子もないじゃありませんか。任務を忘れられたら困ります・・・。KとDBを逮捕するんでしょ!最も、我々がやるんじゃなく警察の手でやってもらうんですが・・・」「N坊!心配ご無用!私は、KとDBに会うのを愉しみに待っているの。久方ぶりの対面になるけど、ヤツらは多分気付かないわ。昔、火花を散らして闘った相手ですもの、今度は私が引導を渡して帰すわよ!」ミセスAは嬉々として言った。「知ってるんですか?KとDBを?」「ええ、随分昔、命懸けで闘って負けた相手よ!今度、ミスターJに聞いて見るといいわ。多分、教えてくれると思う。如何に闘ったかをね。さあ、時間がないわ!貴方達は3階でエレベーターを降りなさい。そして2階の吹き抜け部分から、入院係の窓口を見張りなさい。KとDBは真っすぐにそこへ向かうはず。そこには、院内案内のパンフレットがあるの。ヤツらはそこに必ず立ち寄るわ。くれぐれも見つからない様に慎重に動きなさい。F坊にも宜しく伝えて置いて。N坊、お2人さん、成功を祈るわ!じゃあ頼んだわよ。出るときは自由に出られるから、とにかく急ぎなさい!」ミセスAはドアを開けて3人を送り出した。「ガキの使いじゃないぞ!だが、もう本当に時間がない!ともかく急ごう!」3人は3階へと急いだ。もう、KとDBが到着するであろう時刻が迫っていた。
KとDBは、無言で1階のベンチに座っていた。2人共、院内案内図を必死に見つめている。「堅固な要塞」と言う言葉がピタリとハマるぐらい、護りは固い。Z病院は、難攻不落の大要塞だった。「戦車がいるな。あと、1個師団の兵士も」DBは言った。その言葉に力は無い。「派手な真似はできん。俺達はあくまでも、静かに事を済ませなくちゃならんのだ。そして、誰に誰何される事も無く、ここから出なくちゃならん」Kの言葉にも力は無い。「でも、見れば見るほどに、それは不可能だと思い知らされるだけだ。俺達はヤツを捕縛して修行三昧にするんだぞ!どうやって、連れ出すんだ?脱出経路になりそうな隙は見当たらん」DBは口惜しさを隠さずに言い「Yのヤツが、ここを選んだのは慧眼と言うしかない。俺達だけでも脱出するのは至難の業だ!」と吐き捨てるように言った。その時、Kが「今、“俺達だけでも脱出”と言わなかったか?」とDBに言った。「ああ、それがどうした?」DBは不思議そうにKを見つめた。「どうやら糸口が見えて来た!俺達はヤツを連れ出す予定だった。だが、それは至難の業だ。だが、考えてみろよ。ヤツを“一生出られなくすれば”目的は達せられるんじゃないか?修行三昧で弱らせ、人気のない山中に放置して、衰弱死させるよりは、ここで全てを終わらせる方が簡単だ!」DBはKの閃きが分からなかった。「どうするんだ?捕縛を諦めるのか?」「そうだ!捕縛する替わりに、ヤツを“生涯ここへ幽閉するんだ”2度と日の当たる世界へは帰さない!その手を使えば、我々も安んじてここから出られるし、人生を謳歌出来る!Yさえ失脚させられれば、復権の機会は必ず来る!」Kには“ある目算”が浮かんだのだ。「K、何か閃いたのか?」DBが問うた。「こんな事もあろうかと準備して来た別の手がある。DB、もう一度6階へ行くぞ!面会を申し入れるんだ!今日は面会出来なくても構わん。次に確実に面会さえ出来れば、ヤツを永遠に地獄から出られなくしてやる!そして、その責任をYに押し付けて失脚させれば、目的は達せられる!」「なんだか分からんが、そう言うのなら再度6階へ乗り込もう。俺がヤツの親父でアンタはその弟、つまり叔父だ。それでどうだ?」DBは段取りを決めた。「ああ、それで行こう。詳しい話はホテルで説明する。今、俺の頭の中では、着々と計画が練りあがっている。だが、その前に病棟内に、疑われずして入り込む手立てをしなくちゃならん。早速取り掛かろう!」KとDBは再び6階へ向かった。
ミセスAに会った3人は、大急ぎで階下へと引き返した。そして、2階まで戻ると2手に分かれた。N坊と1名の社員は、入院係が見下ろせる位置へ移動して、下を見張った。もう1名の社員はF坊の元へ更に下って行った。「お帰りなさい。あれ?!他の2人は?」「このPHSの2番のボタンを押してコールして欲しいそうです」社員はF坊にPHSを渡して言った。F坊はすぐさまPHSで呼び出しをかけた。「もしもし、ミセスAは何て言ってた?」F坊は暫く説明に聞き入っていた。「相変わらず、ガキ扱いか。あの方らしい。KとDB?まだ到着していない。後、5分以内だろう。おっと、現れたぞ!そこから見えるか?」丁度、KとDBが玄関の自動ドアをくぐってフロアに姿を現した所だった。DBが先に立って、入院係の方向へ歩いていく。「ミセスAの予想通りだ。それで、これからどうする?挟み撃ちにするのか。そっちが9階のエレベーターホールで、俺達はKとDBの後を追うんだな。だが、6階は隠れる場所があるのか?いまの説明では、丸裸になってしまう。トイレの中に隠れるのか?ああ、そこしか無いな。確かに。接近しすぎると危険だが、止むを得まい。何とかやって見よう!よし、分かった」F坊はPHSを切り、社員に言った。「私達は、KとDBの後を追って6階病棟へ行きます。向こうは9階で待機します。6階に着いたらトイレに隠れて、ヤツらの動きを伺います。接近し過ぎるのはリスクが高まるので避けたいところですが、危険を承知でやります。案内をお願いますよ」「分かりました。私が暫くヤツらを見ていますから、この院内図面に目を通して下さい」社員はF坊に図面を手渡した。F坊は素早く図面を繰り、頭の中へ叩き込む。KとDBも院内案内を手に、相談をしていた。やがて、KとDBが立ち上がって歩き出した。F坊達は距離を置きながら後を付けた。「行先は分かっている。ヤツらが昇ったのを確認してから、こちらも追いかけましょう」F坊達は時間差を置いて6階へ向かった。6階に着くと2人はKとDBの背中を確認して、素早くトイレへ滑り込んだ。入り口からそっと前を伺う。KとDBは三重の壁に阻まれ、茫然としていた。F坊はPHSを取り出し、N坊を呼び出した。「こっちは、壁の前で何やら話してる。もし、突入したらどうする?」小声で現状を知らせ指示を待った。その時、突然KとDBが振返ってトイレの方へ向かってきた。2人は慌てて個室へ飛び込んで、ドアを閉める。だが、ヤツらが入って来る気配はない。PHSからN坊「どうした?」と誰何している。F坊はPHSを切り、気配を伺ってから個室を出て、トイレの入り口をそっと伺う。KとDBがすぐそばの鉄の扉を調べていた。「紙一重ってとこだ。もう少し離れてくれ!」F坊は神に祈った。すると、KとDBはエレベーターの前に移動して、どこかへ行く気配を見せた。「上か下か?マズイ上だ!」すぐさまPHSでN坊を呼んだ。「KとDBがエレベーターで上へ昇って行った。隠れろ!」階上の2人は慌てて隠れた。「KとDBはどこだ?」N坊が誰何する。「どうやら8階で降りたようだ!そうか!階段だ!6階の階段入り口は鉄扉で閉ざされてる。ヤツら裏側を見に行ったらしい。そっちから追ってくれ!こっちもすぐに追っかける」F坊はN坊に指示を送った。「了解。気付かれないように合流だ!」N坊達は、足音を忍ばせ階段を慎重に下って行った。途中からF坊達も加わり、7階の踊り場の手前で、KとDBが話す声を捕えた。4人は慎重に歩みを進め、ギリギリまで接近を試みた。「暗証番号式だ」「表は鍵式だったな」KとDBの声が微かに聞こえてくる。「ここに、これ以上居るのはマズイ。一旦戻って作戦会議だ」KとDBは階段を下りて行った。F坊とN坊達は足音が消えるまで動かずに、身を潜めた。KとDBの気配が完全に消えると、彼らは5階のエレベーターホールに出た。勿論、KとDBは居ない。彼らは「危なかった」と口々に言った。「さて、どうする?」誰からともなく声が上がった。「KとDBは、また6階に行くだろうよ。あそこへ行かなければ、何の手がかりすら掴めないんだから。6階には、ミセスAが待ち構えている。俺達は、また2手に分かれよう。」N坊が言った。「F坊達は、院内の出入口を探って写真を撮りに行ってくれ。図面に乗っていない箇所があるかも知れない。場所は図面に書き込むんだ。俺達はKとDBの後を追う」「出入口は、1階もしくは2階に限っていいな?」F坊が尋ねた。「そうだな。3階から飛び降りるヤツは居ないだろう」N坊が冗談交じりに言う。「思っている以上に、この病院のフロアは広いし、入り組んでる。迷子にはならないようにするが、何かあったらPHSで助けを求める」F坊が言った。「そうと決まれば、グズグズしてる暇はない。手分けして当たろう!KとDBに追いつくまでに、見て回れる範囲は俺達も調べる。F坊、救命救急センターの方向は任せるぞ」N坊が言うと全員が頷いた。「さあ、散ってくれ!」男たちはそれぞれに散っていった。
KとDBは、再び6階の精神科病棟に向かっていた。「出たとこ勝負だが、とにかく潜り込むにはこれしかない!DB、頼むぞ!上手く掻い潜ってくれ!」Kはエレベーター内で祈った。6階、エレベーターホールへ降り立った2人は、真っ直ぐにインターホンへ向かう。DBがインターホンのボタンを押すと「はい、どちら様ですか?」と看護師が応答して来た。「私は、こちらでお世話になっている〇△の父です。面会をお願いできますか?」とDBがいつになく丁寧に言った。「〇△様のお父様ですか、ご苦労様でございます。失礼ですが、〇△様のフルネームをおっしゃって頂けますか?」看護師が質問をして来た。DBが「〇△*◇〇です」と淀みなく答えると「〇△*◇〇様ですね、今ロックを解除しますのでお待ち下さい」と看護師が言った次の瞬間「カチャ」と音が鳴り、ドアが左右に大きく開いた。そして、インターホンからは「右前方のナースステーションまでお進み下さい」と言ってきた。Kは「流石だねDB。ヤツのフルネームなんて、よくスラスラと出るもんだ」と小声で囁いた。「これくらいは、基本さ。さあ、前へ行こう!」2人はナースステーションへ行き、開いている小窓を覗き込んだ。数名の看護師が居る。インターホンに出たと思われる看護師が「〇△*◇〇様のお父様ですか?遠くからわざわざご苦労様です。そちらの方は?」看護師はKの事を尋ねている。DBは「彼は私の弟で〇△の叔父に当たります。〇△の病室を教えて頂けますか?」と聞いた。すると「申し訳ございません。ここは外部との接触を極力控えさせていただいている特殊な病棟となっておりまして、中へお入りになれる方は限られております。〇△*◇〇様につきまして、ご面会できる方についてお調べしますので、隣の応接室でお待ちいただけますか?それと確認のため、〇△*◇〇様の生年月日をおっしゃっていただけますか?」Kは密かに「しまった!」と思った。ヤツの生年月日など知る由もない。だが、DBは「196*年*月〇日です」と平気そうに答えるではないか?!「はい、ありがとうございます。では、そちらでお掛けになって暫くお待ちください」と言って病棟へと走って行った。2人は「応接室」入りソファーへ座り、冷や汗を拭った。「ヤツの生年月日、あれは確かか?」Kが心配そうに聞いた。「ああ、間違いないよ。Xが手に入れた書類に記載されていたからな」DBは息をつきながら答えた。「DB、よく気付いたな。お陰でここまでは成功だ。中々上手い芝居だった」KはDBを労いながら、室内を素早く観察した。病室側にもドアがあるが、ドアノブにテンキーが付いている。簡単には、外部の者を入れない様子が伺えた。第一ハードルは超えたが、まだまだ障壁はありそうだった。2人は押し黙ったまま待ち構えていた。そして、その様子をモニター画面を通して見ている人物がいた。ミセスAは、客の来訪を告げられて張り切っていた。「とうとう現れたわね、KにDB!!そう簡単には帰さないわ!」不敵な微笑みを浮かべたミセスAは、応接室へと向かった。全身から発せられるオーラは、メラメラと燃え盛っていた。
KとDBは、無言で1階のベンチに座っていた。2人共、院内案内図を必死に見つめている。「堅固な要塞」と言う言葉がピタリとハマるぐらい、護りは固い。Z病院は、難攻不落の大要塞だった。「戦車がいるな。あと、1個師団の兵士も」DBは言った。その言葉に力は無い。「派手な真似はできん。俺達はあくまでも、静かに事を済ませなくちゃならんのだ。そして、誰に誰何される事も無く、ここから出なくちゃならん」Kの言葉にも力は無い。「でも、見れば見るほどに、それは不可能だと思い知らされるだけだ。俺達はヤツを捕縛して修行三昧にするんだぞ!どうやって、連れ出すんだ?脱出経路になりそうな隙は見当たらん」DBは口惜しさを隠さずに言い「Yのヤツが、ここを選んだのは慧眼と言うしかない。俺達だけでも脱出するのは至難の業だ!」と吐き捨てるように言った。その時、Kが「今、“俺達だけでも脱出”と言わなかったか?」とDBに言った。「ああ、それがどうした?」DBは不思議そうにKを見つめた。「どうやら糸口が見えて来た!俺達はヤツを連れ出す予定だった。だが、それは至難の業だ。だが、考えてみろよ。ヤツを“一生出られなくすれば”目的は達せられるんじゃないか?修行三昧で弱らせ、人気のない山中に放置して、衰弱死させるよりは、ここで全てを終わらせる方が簡単だ!」DBはKの閃きが分からなかった。「どうするんだ?捕縛を諦めるのか?」「そうだ!捕縛する替わりに、ヤツを“生涯ここへ幽閉するんだ”2度と日の当たる世界へは帰さない!その手を使えば、我々も安んじてここから出られるし、人生を謳歌出来る!Yさえ失脚させられれば、復権の機会は必ず来る!」Kには“ある目算”が浮かんだのだ。「K、何か閃いたのか?」DBが問うた。「こんな事もあろうかと準備して来た別の手がある。DB、もう一度6階へ行くぞ!面会を申し入れるんだ!今日は面会出来なくても構わん。次に確実に面会さえ出来れば、ヤツを永遠に地獄から出られなくしてやる!そして、その責任をYに押し付けて失脚させれば、目的は達せられる!」「なんだか分からんが、そう言うのなら再度6階へ乗り込もう。俺がヤツの親父でアンタはその弟、つまり叔父だ。それでどうだ?」DBは段取りを決めた。「ああ、それで行こう。詳しい話はホテルで説明する。今、俺の頭の中では、着々と計画が練りあがっている。だが、その前に病棟内に、疑われずして入り込む手立てをしなくちゃならん。早速取り掛かろう!」KとDBは再び6階へ向かった。
ミセスAに会った3人は、大急ぎで階下へと引き返した。そして、2階まで戻ると2手に分かれた。N坊と1名の社員は、入院係が見下ろせる位置へ移動して、下を見張った。もう1名の社員はF坊の元へ更に下って行った。「お帰りなさい。あれ?!他の2人は?」「このPHSの2番のボタンを押してコールして欲しいそうです」社員はF坊にPHSを渡して言った。F坊はすぐさまPHSで呼び出しをかけた。「もしもし、ミセスAは何て言ってた?」F坊は暫く説明に聞き入っていた。「相変わらず、ガキ扱いか。あの方らしい。KとDB?まだ到着していない。後、5分以内だろう。おっと、現れたぞ!そこから見えるか?」丁度、KとDBが玄関の自動ドアをくぐってフロアに姿を現した所だった。DBが先に立って、入院係の方向へ歩いていく。「ミセスAの予想通りだ。それで、これからどうする?挟み撃ちにするのか。そっちが9階のエレベーターホールで、俺達はKとDBの後を追うんだな。だが、6階は隠れる場所があるのか?いまの説明では、丸裸になってしまう。トイレの中に隠れるのか?ああ、そこしか無いな。確かに。接近しすぎると危険だが、止むを得まい。何とかやって見よう!よし、分かった」F坊はPHSを切り、社員に言った。「私達は、KとDBの後を追って6階病棟へ行きます。向こうは9階で待機します。6階に着いたらトイレに隠れて、ヤツらの動きを伺います。接近し過ぎるのはリスクが高まるので避けたいところですが、危険を承知でやります。案内をお願いますよ」「分かりました。私が暫くヤツらを見ていますから、この院内図面に目を通して下さい」社員はF坊に図面を手渡した。F坊は素早く図面を繰り、頭の中へ叩き込む。KとDBも院内案内を手に、相談をしていた。やがて、KとDBが立ち上がって歩き出した。F坊達は距離を置きながら後を付けた。「行先は分かっている。ヤツらが昇ったのを確認してから、こちらも追いかけましょう」F坊達は時間差を置いて6階へ向かった。6階に着くと2人はKとDBの背中を確認して、素早くトイレへ滑り込んだ。入り口からそっと前を伺う。KとDBは三重の壁に阻まれ、茫然としていた。F坊はPHSを取り出し、N坊を呼び出した。「こっちは、壁の前で何やら話してる。もし、突入したらどうする?」小声で現状を知らせ指示を待った。その時、突然KとDBが振返ってトイレの方へ向かってきた。2人は慌てて個室へ飛び込んで、ドアを閉める。だが、ヤツらが入って来る気配はない。PHSからN坊「どうした?」と誰何している。F坊はPHSを切り、気配を伺ってから個室を出て、トイレの入り口をそっと伺う。KとDBがすぐそばの鉄の扉を調べていた。「紙一重ってとこだ。もう少し離れてくれ!」F坊は神に祈った。すると、KとDBはエレベーターの前に移動して、どこかへ行く気配を見せた。「上か下か?マズイ上だ!」すぐさまPHSでN坊を呼んだ。「KとDBがエレベーターで上へ昇って行った。隠れろ!」階上の2人は慌てて隠れた。「KとDBはどこだ?」N坊が誰何する。「どうやら8階で降りたようだ!そうか!階段だ!6階の階段入り口は鉄扉で閉ざされてる。ヤツら裏側を見に行ったらしい。そっちから追ってくれ!こっちもすぐに追っかける」F坊はN坊に指示を送った。「了解。気付かれないように合流だ!」N坊達は、足音を忍ばせ階段を慎重に下って行った。途中からF坊達も加わり、7階の踊り場の手前で、KとDBが話す声を捕えた。4人は慎重に歩みを進め、ギリギリまで接近を試みた。「暗証番号式だ」「表は鍵式だったな」KとDBの声が微かに聞こえてくる。「ここに、これ以上居るのはマズイ。一旦戻って作戦会議だ」KとDBは階段を下りて行った。F坊とN坊達は足音が消えるまで動かずに、身を潜めた。KとDBの気配が完全に消えると、彼らは5階のエレベーターホールに出た。勿論、KとDBは居ない。彼らは「危なかった」と口々に言った。「さて、どうする?」誰からともなく声が上がった。「KとDBは、また6階に行くだろうよ。あそこへ行かなければ、何の手がかりすら掴めないんだから。6階には、ミセスAが待ち構えている。俺達は、また2手に分かれよう。」N坊が言った。「F坊達は、院内の出入口を探って写真を撮りに行ってくれ。図面に乗っていない箇所があるかも知れない。場所は図面に書き込むんだ。俺達はKとDBの後を追う」「出入口は、1階もしくは2階に限っていいな?」F坊が尋ねた。「そうだな。3階から飛び降りるヤツは居ないだろう」N坊が冗談交じりに言う。「思っている以上に、この病院のフロアは広いし、入り組んでる。迷子にはならないようにするが、何かあったらPHSで助けを求める」F坊が言った。「そうと決まれば、グズグズしてる暇はない。手分けして当たろう!KとDBに追いつくまでに、見て回れる範囲は俺達も調べる。F坊、救命救急センターの方向は任せるぞ」N坊が言うと全員が頷いた。「さあ、散ってくれ!」男たちはそれぞれに散っていった。
KとDBは、再び6階の精神科病棟に向かっていた。「出たとこ勝負だが、とにかく潜り込むにはこれしかない!DB、頼むぞ!上手く掻い潜ってくれ!」Kはエレベーター内で祈った。6階、エレベーターホールへ降り立った2人は、真っ直ぐにインターホンへ向かう。DBがインターホンのボタンを押すと「はい、どちら様ですか?」と看護師が応答して来た。「私は、こちらでお世話になっている〇△の父です。面会をお願いできますか?」とDBがいつになく丁寧に言った。「〇△様のお父様ですか、ご苦労様でございます。失礼ですが、〇△様のフルネームをおっしゃって頂けますか?」看護師が質問をして来た。DBが「〇△*◇〇です」と淀みなく答えると「〇△*◇〇様ですね、今ロックを解除しますのでお待ち下さい」と看護師が言った次の瞬間「カチャ」と音が鳴り、ドアが左右に大きく開いた。そして、インターホンからは「右前方のナースステーションまでお進み下さい」と言ってきた。Kは「流石だねDB。ヤツのフルネームなんて、よくスラスラと出るもんだ」と小声で囁いた。「これくらいは、基本さ。さあ、前へ行こう!」2人はナースステーションへ行き、開いている小窓を覗き込んだ。数名の看護師が居る。インターホンに出たと思われる看護師が「〇△*◇〇様のお父様ですか?遠くからわざわざご苦労様です。そちらの方は?」看護師はKの事を尋ねている。DBは「彼は私の弟で〇△の叔父に当たります。〇△の病室を教えて頂けますか?」と聞いた。すると「申し訳ございません。ここは外部との接触を極力控えさせていただいている特殊な病棟となっておりまして、中へお入りになれる方は限られております。〇△*◇〇様につきまして、ご面会できる方についてお調べしますので、隣の応接室でお待ちいただけますか?それと確認のため、〇△*◇〇様の生年月日をおっしゃっていただけますか?」Kは密かに「しまった!」と思った。ヤツの生年月日など知る由もない。だが、DBは「196*年*月〇日です」と平気そうに答えるではないか?!「はい、ありがとうございます。では、そちらでお掛けになって暫くお待ちください」と言って病棟へと走って行った。2人は「応接室」入りソファーへ座り、冷や汗を拭った。「ヤツの生年月日、あれは確かか?」Kが心配そうに聞いた。「ああ、間違いないよ。Xが手に入れた書類に記載されていたからな」DBは息をつきながら答えた。「DB、よく気付いたな。お陰でここまでは成功だ。中々上手い芝居だった」KはDBを労いながら、室内を素早く観察した。病室側にもドアがあるが、ドアノブにテンキーが付いている。簡単には、外部の者を入れない様子が伺えた。第一ハードルは超えたが、まだまだ障壁はありそうだった。2人は押し黙ったまま待ち構えていた。そして、その様子をモニター画面を通して見ている人物がいた。ミセスAは、客の来訪を告げられて張り切っていた。「とうとう現れたわね、KにDB!!そう簡単には帰さないわ!」不敵な微笑みを浮かべたミセスAは、応接室へと向かった。全身から発せられるオーラは、メラメラと燃え盛っていた。