「余人を持って、この任に当たらせる訳には行かない!Y、済まないが引き受けてくれ!」原田が珍しく下手に出て言った。「会長、悪いがそれは無理だ!昨年、僕は¨ファイルステージ¨に出られなかった。体力的にも精神的にも限界を超えたんだ!今年も同じように轍を踏めと言うのは、酷と言うより¨死ね¨と命ぜられるに等しい!3期生にも経験者は居る!彼等に任せるのが筋じゃないか?」僕は、ともかく固持した。“向陽祭”の下打ち合わせの会合で¨総合案内兼駐車場係¨の責任者になれ!と言うごり押しなのだ。「その3期生の大半が、昨年は役員を経験して居ないんだ!実際、Yが倒れるまでやってくれたから、昨年の一般公開は成功した!だが、今年は昨年以上に厳しい任になる!来場者も増えるだろうし、まだ非公式だが¨地元県議¨が視察に来るとも聞いている。そこで、敢えて無理は承知の上での打診なんだ!頼む!引き受けてくれないか?これは、校長の意向でもある!生徒会としても、学校側としてもお前さん以外に任せられる人材は居ないとの判断なんだ!」原田は必死に説得を続けた。「何故、¨子飼の将¨に当たらせない?僕は閣臣でもない¨補佐官¨に過ぎない!手駒を使わない理由は何だ?」僕が突っ込んで問うと「¨器¨だよ!参謀長と呼ばれ、知謀・知略に長けたお前さん以外に誰が居る?臨機応変に策を巡らせて切り抜けられる人材はそうそう居ないし、瞬時に即断即決が下せる能力があるヤツが何処に居る?その気になれば、この俺だって倒せる力を持っているし、学校側や3期生からの信頼も厚い!残念だが、俺の閣僚にこれだけの能力がある者は居ない。だから、¨器¨の大きな人材に依頼してるんだ!」「随分と持ち上げてくれるが、1つ確認して置きたい。塩川の様な¨アホな教員¨と¨使えない¨と判断した者は、バッサリと斬っていいんだな?」「ああ、権限は昨年以上に強化させて付与してやる!そうでないと、一般公開は成功しない!¨向陽祭¨そのものを左右するんだ。お前さんの好きにしていい!」原田はハッキリとそう言った。「やむを得ないな!他に任に耐え得る人材が居ないと言うなら、引き受けるしかあるまい!ただし、“僕の流儀”でやらせてもらう!後から文句は言わないでくれよ!」僕は仕方なく受け入れを表明する。しかし、腹の底では“計算通り”と踏んでいた。「Y、済まんが宜しく頼むよ!」僕は原田と握手を交わした。ヤツは満面の笑みを浮かべて“してやったり”と言った表情だ。だが、僕としても、この人事は“してやったり”であったのだ。“太祖の世に復する”第一歩を踏み出したのだ。
生徒会室からの帰り、僕は現像室へ顔を出した。林のごとく天井からぶる下がっているフィルムネガを掻き分けると、奥のデスクで小佐野が“原版”の撮影をしていた。「おう!ちょうど一息付こうと思ってたとこだ。五十六氏の新しい“原版”を見つけてな!」小佐野がファインダーから眼を離して言う。「“火中の栗を拾う”ってヤツを地でやって来た。これで“皇帝専制”に風穴を開けられる」僕が言うと「条件は?」「一般公開に関する全権の掌握さ。原田1人で全てを取り仕切られたら終わりだからな」「秋の“政権交代後”を睨んでの布石か?4期生が全権を掌握しない限り、“太祖の世”に戻すのは不可能だぞ!」小佐野がバッサリと斬り捨てる。「ああ、3期生だけじゃ無理だ。2世代に渡って“歪み”を戻させる。“皇帝専制”は、原田の世だけ。“議員内閣制”に回帰させるために、4期生を教育しとくのさ。そのためには、多少の無理は仕方ない!」僕がため息交じりに言うと「根こそぎ枯らすには、余程の事をやらないと倒れねぇ。まあ、お手並み拝見だ!」と小佐野が微かに笑う。「米内さんの知恵があればな!あの人が校長だったら、原田の“皇帝専制”はあり得なかったし、原田ものうのうとしては居られなかったはずだ!」「腹の内が読めないのは、校長も同じさ。あの佐久が“イタズラ小僧”で退けられるのは、校長だからだ。お前さんに期待しているのは、校長以下教職員全員さ。“左側皇帝専制から議会制民主主義”へ揺り戻すキッカケを与えろ!原田の頭を押さえたいのは、俺達だけじゃないんだ!学校側も密かに道筋を付けたがっているんだ。それを忘れるなよ!」小佐野は釘を刺すのも忘れなかった。「ところで、塩川の評判はどうだ?」「4期生の副担に返り咲いたが、出世の道は断たれてる。あちこちへ顔を突っ込んでは、煙たがられているさ。気を付けろ!ヤツがまた、何かを企んでいる可能性は高い。探りは入れて置いてやるが、教職員の中で一番危険なのはヤツだろう!塩川を手玉に取る権限も手に入れてはあるな?」「勿論だ」「ならば、腹の内を探らせればいいか。そっちは請け負ってやる。お前さんは兵隊を集めて置け!これは、長門の艦上での1枚だ。持って行け」小佐野は山本五十六元帥のスナップを渡して来た。「ありがたく頂戴するよ」僕はスナップを手に現像室を出た。裏を見ると“塩川のアキレス腱は女。小平・丸山にはからきし弱い”と走り書きがあった。「抜け目の無いヤツだ!」僕はニヤリとして教室へ向かった。
夕方、遅いにも関わらず、さちは僕を待っていてくれた。「さち、悪い。支度しようよ」「うん!」同じように会合で遅くなった西岡も教室へ駈け込んで来た。「西岡、“準備が整った”と上田と遠藤達に伝えてくれ!それと“精鋭部隊を編制しろ!”とも言って置いてくれ」「では、やはり“火中の栗を拾う”のですね。分かりました。明日、繋ぎを付けて置きます!」西岡の表情がパッと明るくなった。「Y、“火中の栗を拾う”って“総合案内兼駐車場係”をまたやるの?」さちが聞いてくる。「生徒会長直々のご命令だ!受けて立たねば、後世に禍根を残す事になる」「Y、サブはあたしでしょ?」さちが当然のように言う。「無論、そのつもりだ。“ゴールデンコンビ”がやらなきゃどうする?」僕は微かに笑いながら返す。「しかし、参謀長がそこまで無理をされるのは何故です?上田や遠藤達の要請だけではありますまい」西岡も言ってくる。「“原田後”の世を見据えた布石さ。3期生と4期生の“精鋭部隊”を教育して“太祖の世に復させる”ためだよ。現体制をこのまま残して行く訳にも行くまい!」僕等は揃って教室を後にする。「原田は、あらゆる権力を会長に集約して体制強化を図った。その結果、いろいろな場面で歪が生じている。“原田後”に誰が座るか?それはこれからの課題だが、暗君が座ればたちまちにして政局は乱れて収束さえ図れなくなる。それを回避する策を上田達に授ける事が1つ、それと憲法とも言うべき“生徒会会則”の書き換えを年が明けたら検討し始めないと、我々が卒業した後に3期生が苦しむことになる。現行の会則では“原田が抜けたら機能しない”様になってるからだ!」僕がそう指摘すると「確かに、現体制を維持するために原田は相当な無理をやりましたからね。“監査委員会”の骨抜きや“会長権限”での強引な規則改正などは、生徒総会を無視する違憲状態ですから」と西岡が返してくる。「だからこそ、秋の“大統領選挙”後の新体制について、上田達がやりやすい環境を整えていく必要があるんだよ!直ぐには体制の変更は無理だが、年が明ければ機会はある!その下準備として“総合案内兼駐車場係”を隠れ蓑にしての打ち合わせをして置くのさ!係活動をやっている振りをして、内実は“政権人事”を決める。3期生に原田の組織は構築出来なかった。そこを突いて“太祖の世に復させる”工作をやる。随分前から長官と打ち合わせてあった事なんだがね」「では、“原田”の2文字は抹消すると?」「ああ、ヤツは生徒会の歴史から消し去るんだ!2世代に渡る大仕事だが、それをやらなくては生徒会は崩壊してしまう。普通は“太宗”と呼ばれるはずだが、ヤツは“廃帝”と記される事になるだろうよ。“庶人”に落としてもいいくらいだ!」僕が言うと「最後の大仕事ですね。“向陽祭”が終わればあたし達は別の“大仕事”にかからなくてはなりません!では、明日上田達に必ず伝えて置きます。お先に失礼します」と言うと西岡は自転車を走らせて、坂を下って行った。「Y、大きな“置き土産”を残さなくちゃね!」さちが僕の左隣で言う。僕は、さちの頬に軽くキスをすると「僕等の代の負の遺産は、根こそぎ叩き切って行かなきゃならない。さちにも活躍してもらわないと、僕だけじゃ無理がある。手を貸してくれる?」「勿論、あたしだって悪い事は残したくないもの!」さちは微かに笑って言う。僕等は手を繋いで坂を下りた。
2日後、“向陽祭”に関わる査問委員会が開かれた。「いよいよ、原田政権の集大成となる“向陽祭”が間近に迫ってきた。各自、個々人にはそれぞれに役割が当てられているとは思うが、我々のなすべきことは“太祖の世に復する事”、すなわち1期生が築いた治世に戻す事にある。3期生や4期生にその事を正しく伝えて、あらゆる文言から“原田”の2文字を削らせるのだ!」長官は語気を強めて言った。「だが、3期生に背負わせるのは無理だぜ!原田の“会長専制制度”は、あらゆる場面に根を張ってる。完全に根絶するには4期生までかかるんじゃないか?」久保田が指摘する。「その通りだ。3期生で下地を作り、4期生で根絶させる。2世代をかけて始末するんだ!そのためにも“正しい認識”を下に植え付けなくてはならない。伊東、千秋、原田の後継者と目される人物を探れ!そして、ヤツの“置き土産”の内容を手に入れろ!恐らく生徒会室の奥深くに秘匿されているに違いない。ドサクサに紛れてコピーを入手してくれ!」「了解!」伊東と千秋が頷く。「参謀長、予定通りに“総合案内兼駐車場係”に就任したのは僥倖だった。3期生と4期生の優秀な連中に、徹底して“反原田”の思想を植え付けてくれ!」「了解です。特に3期生には“決起”のタイミングから、生徒会の運営方針まで事細かに指示を出して置きますよ」僕は頭の中で組み立てたプランを思い返しつつ答えた。「久保田、今年の模擬店の方向性は?」「2組と合同で店を構えますよ。また、黒字にしてやりましょう!」久保田は自信を見せた。「来店した下級生に対して、それとなく“反原田”の思想が目に触れる様に工夫しろ!原田には悟られぬ範囲でいい。あくまでも“しれっと”やるんだ!」「了解!」「千里、小松、赤坂、有賀、お前さんたちは久保田のバックアップを頼む。それぞれの個人ルートを使って、“反原田”の思想を広める事に努めろ!」「了解!」4人が合唱する。「我々1人1人では、原田に太刀打ち出来ぬ事は分かっておろう。だが、草の根の運動を広めることで、“原田後”の政権運営は左右出来る。1期生の築いた“正しい遺産”を下級生に手渡す事!これが、我々の使命だ!“向陽祭”は、その絶好に機会。皆に期待する!」そう言って長官は一同を見渡した。全員が黙して頷いた。「では、それぞれにかかってくれ!解散」査問委員会が閉じられると「参謀長、残ってくれ」と長官が呼び止めた。「今年もまた重荷を背負わせて済まぬが、原田の2文字を削り取り“太祖の世に復する”ためには、3期生の力が欠かせぬ。徹底して“現体制”の違法性を叩き込んでくれ!」と長官が言う。「言われなくともそのつもりですよ。優秀な兵士を揃えさせています!“原田後”の世は既に動き始めています。僕が背を押してやればいいんです!」「心配なのは、塩川達“クズ教員”の動きだ!小佐野に手は回してあるのか?」「ええ、手配済ですよ。引き受けるに当たって原田からも“塩川達を袖にしていい”との条件も引き出してあります。生徒会と学校側双方から合意は取り付けてあります。昨年同様に“邪魔”はさせませんよ!」「うむ、“やりたいようにやれ”と言う事か。ならばいいだろう。そちらは昨年同様任せきりになるが、よろしく頼む!」「原田は“太宗”にはなれませんよ!“廃帝海陵庶人”後の世ではそう記されるはずです!」「ああ、そうするために我々は最後の手を打つのだ!」長官は僕の肩を叩いて言った。
翌日、“大根坂”の中腹でヘバっていると、「Y-、おはようー!」いつもより声のトーンが違うと思ったら、6人が揃って登って来る。堀ちゃんも中島ちゃんも雪枝も居る。「どうなってるんだ?」と呟くと6人が追い付いて来た。「今日はどうなってるの?」と僕が聞くと「それがさー、季節外れのインフルエンザなのよ!」と堀ちゃんが言う。「本橋も!」「石川もそう!」雪枝と中島ちゃんが肩を落とす。「誰だ?ウィルスを拡散させている犯人は?」僕が言うと「塩川らしいぜ!1年生の4分の1がやられてる!松田は1年生から拾ったんじゃねぇか?」竹ちゃんが教えてくれる。「うーん、どっちにしても厄介な事になりそうだな。感染が拡大する前に“学年閉鎖”にしてくれないと、こっちに影響が及ぶ!」「そうね、今頃インフルなんて御免だわ!」道子がため息を付く。「あたしは扁桃腺をやられるから、苦しいし、熱は半端なく上がるから“勘弁して”の世界よ!」さちも身を震わせて言う。「いずれにしても、東校舎へは行かない方がいいな。こっちへウィルスを拡散されたらたまらない!」僕等は足早に昇降口から遠ざかった。教室へ雪崩れ込むと、それぞれに机へ鞄を置いて窓辺に集まる。「Y、松田君のノート作り手伝ってくれるよね?」堀ちゃんが聞いてくる。「ああ、勿論やるさ!それぞれの得意分野に分かれて別版を作ればいいんだよな?」「うん、まとめは、あたしがやるからノートだけをコピーさせてよ」「みんな、協力してやってくれ」「あーい!」合唱で返事が返ってくる。「それにしても、この時期に欠席は痛いよな!授業もそうだが、撮影には持ってこいの季節じゃねぇか。松田のヤツ地団駄を踏んでるじゃねぇか?」竹ちゃんが言うと「そう、絶好の機会を逃すなんて可哀そう」と堀ちゃんが肩を落とす。「でもさぁ、まだいいじゃん!同じ学年、同じクラスなんだし」「あたし達は、1個下だもの。迂闊に手出しも出来ないんだから!」と中島ちゃんと雪枝が言う。「確かに、1年の差はデカイよな。下手すりゃあ“競合相手”と鉢合わせして血みどろの戦争だからな!」竹ちゃんが言うと「本人が一番気にするからね」「“競合相手”に負けるつもりは無いけど、殴り合いは御免だし」と2人がしみじみと言う。「それでもさ、みんなそれぞれにパートナーに巡り合えたんだから大切にしなきゃ!」道子が決めを言う。みんながそれぞれに微笑む。結成当初とは随分と形は変わったが、僕等のグループの結束は変わらなかった。4月も半ばを過ぎて、5月の連休が迫っていた。「Y、ちょっといい?」さちが僕を教室の外へ連行する。廊下を進んで空き部室へ僕を連れ込むと鍵をかけた。僕の首にさちの両腕が巻き付くと唇に吸い付いてくる。「何だ?焼きもちかい?」「違うの、触って!」さちはブラウスのボタンを外すと、胸元へ右手を引きずり込む。大きくて柔らかなさちの胸。さちは白いブラのボックを外すと、右手を強く押し当てる。「あたしは、Yに全てを見せたいし、触って欲しいの」再び唇が重なる。さちはスカートを落とすと半裸状態で僕の膝に座り込む。「誰にも邪魔されない部屋へ行きたいの。あたしの全部を見て触ってよ」さちは太ももへ右手を移動させた。「さち、どうして誘惑する?」「あたし、もう待てない。Yと抱き合っていたい。ずーと!」さちは甘え続けた。白い肌が眩しかった。
「長崎の女性の好み?そんなの分かる訳ないじゃん!」僕はアールグレーを飲みながら首を捻る。「うーん、Yでも理解不能なのね!実は、バレンタインでチョコを渡した子達から、調査依頼が来てるのよ!」道子が困惑気味に言う。「結構、外見に拘る方なんじゃないかな?」堀ちゃんが想像を巡らせる。「来る者拒まずかもね」中島ちゃんも言う。「人は見かけに寄らないから、案外Yみたいな“選考基準”があるとか?」雪枝が言う。「Yは例外だから、“Yの選考基準”は当てにならないし、意外にゲテモノ食いとか?」さちも悪乗りを始める。「いずれにしても、探りを入れるしかないな!バレンタインの時の子達は割と相性は良さそうに感じるが、長崎個人の好みは結構“厳格”かも知れないぞ!」と僕が言うと「選べる・もらえる権利が“ある”か“無い”かのバレンタインの時とは違うぜ!意外と理想は高くねぇか?」竹ちゃんが身を乗り出してくる。「そこだよな!アイツ結構な面食いの様な気がするんだ!“細い・小さい・可愛い”の3点セットは、まず間違いあるまい!」「そうだな、基本線はそこだろうな。後は“誰に似てるか?”だぜ!」竹ちゃんが同意しつつ言う。「男子も結構拘りがあるのね。ハードルは高そう!」道子が言うと「モテないヤツ程“理想”は高い!それで自分の首絞めてるとも知らずにね!」さちがバッサリと斬り捨てる。「長官も人気はあるが、あそこは千里と小松が完全にシャットアウトしてるし、参謀長は、見ての通り5人で抑え込んでる。まあ、参謀長はそこそこ他の女子とも交流は認められてるが、バックはガッチリ固められてる。隙を狙ってる子猫達にしてみりゃ歯がゆいと思うぜ!その点、長崎はガードも何もありゃしない!あるのは“自分の理想”だけだ。そこを突き崩せばいいんだから単純なものさ!久保田に探らせよう。俺が手を回してみる!」竹ちゃんが調査を請け負った。「あたし達は、Yを縛り付けてる意識は無いわよ!さちが居るんだし!」雪枝が口を尖らせる。「でも、周囲から見ると“鉄壁の要塞”に見えるらしいのよ。あたし達が“囲い込んでる”って映るらしいの!」堀ちゃんもそう言ってふくれる。「でもさ、Yにはハッキリした“選考基準”があるのよ。それをクリアしないと口も聞いてもらえないし、コイツも関心すら示さない。それを表立って明らかにする必要はないでしょう?Yは、あたし達“家”だから、そんなに気にする事無いと思う」さちが僕を捕まえて言う。「他人にどう映ろうと、あたし達の“共有財産にして、親友”であるYを守るには、“鉄壁の要塞”もありじゃない?」道子も同調した。「“鉄壁の要塞”は別にしてだな道子、回答期限は?」僕が聞くと「今週中よ。回答方法はいつもの通り」と答えてくる。「竹ちゃん、そう言う訳だ。なるべく急いでくれないか?」「任しときな!2~3日でハッキリさせるぜ!」と自信を覗かせる。「あまり誇大な妄想を持ってない事を祈るよ。長崎にしてみれば“最初で最後”のチャンスかも知れないからな!」僕はアールグレーを注ぎ足すと、ソファーに座ってさちを膝に乗せた。誰も異は唱えない自然な行為として見られていた。さちは嬉しそうに笑った。
長崎の女性の好みは、一風変わっていた。「誰だと思う?」竹ちゃんが焦らす。「まさかとは思うが年上か?」僕が突っ込むと「保健室の丸山だよ!」と答えが返ってくる。「報わられない恋か。“行き遅れ”とは言われてるが“見合いの話は引きも切らない”って言われてる。目下、校長が躍起になって見合いをセッティングしてるよ!」「マジか!じゃあ落城寸前じゃねぇか?!それにしても、長崎の視線を逸らせるのは容易じゃないぞ!」竹ちゃんが思慮に沈む。しばしの沈黙の内にウチのレディ達も集まってきた。「竹ちゃん、今回の依頼は¨長崎の好みの女性¨についての調査だったよな?」僕が確認を入れると「そうだが。猪突猛進する長崎を翻意させるのは難しいぜ!」と竹ちゃんが返して来る。「僕達が翻意させなくてもいいんじゃないか?有りのままを伝えれば、後は依頼して来た子達の判断に委ねればいい!ただ、¨報われない恋¨に身を焦がして居るから、押しまくれば¨落ちる可能性はある¨って付け加えれば、それで行けるんじゃないか?」「つまり、向こうの尻に火を付けるのかよ?」「ああ、わざわざ依頼して来たぐらいだから、向こうは本気で落としにかかる意思はあるだろうよ。僕達があれこれ言うよりは、彼女達に任せたらどうだ?」「まあ、それなら俺達の手間も省けるか?うーん、年上よりは下の方が分はあるな。丸山が見合いで落ちたら、長崎は悲嘆に暮れるしかねぇしな!そこが付け目か?」「ああ、自分達で売り込みをかければ、案外転がる要素はあるし、元々長崎は隙だらけだ!ピンポイントを突けば180度向きを変えられるかも知れない!それに、依頼内容はちゃんと果たしてるしな!」「¨攻略方法¨も添えれば完璧だな!後は依頼者次第か?諦めても、攻め込んでもいい。曖昧に答えるのも悪くねぇな!それに参謀長の言う通り、依頼は果たしてるから苦情も出ねぇだろうし」「どうしたの?長崎君の件で問題あり?」道子が代表して聞いてくる。僕と竹ちゃんは事情を説明して、“依頼者の判断に委ねる”事を告げた。「成る程、“年上の女”か!」「離れすぎてて、丸山先生も及び腰なんじゃない?」「それか、鼻から興味無し!とか」レディ達は口々に否定的な事を言い始める。「長崎の事だ、“告白”はしてないだろう。完全なる一方通行だよ。現実を思い知らせてやるのも、クラスメイトとしての義務だろう?」僕が言うと「それで、有りのままを通知して“お尻に火を付ける”訳?まあ、それくらいの荒療治は必要かもね!」と道子が言い出して便箋を取り出す。「何て書くつもり?」さちが道子の手元に目を落とす。「“年上の女”を空しく思ってます。今が絶好の機会なので、思い切ってアタックしなさい!って感じ。振り向かせるなら“諦めるな”とも書いて置くつもりよ」「“猪突猛進ガール”で行け!って付け足しといてくれ!とにかく“押しの一手”に限るってな!」竹ちゃんが追加要請をする。「彼の思考パターンや行動パターンも併記しとくわ。これで、落ちてくれればなんとやらよ」道子はボールペンを軽快に走らせた。「だけど、男子って意外に子供っぽいとこがあるのね。年の差も考えずに思い込むなんて、かなりブッ飛んでない?」中島ちゃんが言う。「ブッ飛んでるんじゃない、憧れてるんだよ。“もしかしたら振り向いてくれるかも”って淡い期待にハマッテるだけ。女子からのお声がかからないヤツに共通するモノではあるが、基本的に異性と話すのが苦手なヤツ程この手の“病気”に陥るのは否定しない」と僕が言うと「先生に憧れるかー、小学生のレベルじゃん!男子は進化をしないの?」と堀ちゃんが突っ込んで来る。「止まってるだけだよ。キッカケさえあれば、一気に進行する。要するに、周りが見えてないだけ」「後は腹を括れるかどうか?女子と付き合うには、それなりの覚悟がいるしな!」竹ちゃんも言う。「長崎君にその“覚悟”とやらがあるのかな?」雪枝が疑問視する。「それこそ本人の意思次第だから、どう転ぶかを見てるしかないよ」こうして、長崎に関する調査報告書は依頼者の元へ渡された。その後、3期生の女の子達の日参が始まった。ほぼ毎日、長崎の元へ通ってくる様になったのだ。最初は、及び腰だった長崎も「今日はどうしたんだ?」と来ない日はソワソワとする様になり、まんざらでもなさそうだった。「焦らしてるな!アイツら結構やってくれるぜ!」竹ちゃんがニヤニヤと笑う。「良い傾向だよ。やっと長崎も“淡い呪縛”から解き放たれるな!ヤツだって顔は売れてる方だから、ここで年貢を納めるだろうよ」僕もニヤリとして言う。「Y、これ何?」さちが手紙をひらひらとさせながら怖い顔をしている。「何ってそれどこにあったの?」と聞くと「今朝、Yの靴箱に入ってたの!差出人は4期生らしいわよ!さあ、返事はどうするの!」「とっ、当然ながら内容を見てから基本お断りするさ!さち、手紙を見せてくれ!」「あたしが読んでからね!油断も隙もあったものじゃないわ!」さちは手紙を開けると内容を読んで行く。「怖っ!参謀長、1人に絞らない方が良かったと思わねぇか?」竹ちゃんも、さちの剣幕に怯える。「時々そう思う事はある。だけど、4人とズルズル付き合ってたら余計に面倒に巻き込まれるのは避けられない。こうなって良かったと思うがね」と小声で返していると「Y!これ、告発文書だよ!」さちが急いで便箋を僕の手元に押し込んで来る。「塩川が“イジメ”紛いの行為をやってるだと!どう言う事だ?」僕の顔から血の気が引いた。「授業中に質問しても答えねぇし、廊下に立たされるだと!どうなってやがる?」竹ちゃんの顔も蒼白になった。その他にも数名の女子が“イジメ”紛いの“ターゲット”にされていると書かれていた。「これは、ただ事じゃない!詳しい事は書かれていないが、至急調査に着手しなきゃならないな!差出人もイニシャルしか書いてないところを見ると、かなり深刻な事態だぞ!」「Y、どうするの?」さちが打って変わって真剣な顔つきになる。「西岡を呼んでくれ!3期生経由で差出人を特定する事から手を付ける!これは放っては置けない一大事になるかも知れない!」塩川は、3期生の担任・学年主任を下ろされた後に、4期生の副担任に再任用されていた。昨年の“集金事件”や“向陽祭”の妨害工作の責任を問われての“降格”に遭っていた。その腹いせか否か?は不明だが、告発文書に書かれている事は、許されざる問題だった。「参謀長、どうするんだ?」竹ちゃんが僕の顔を伺う。「まず、情報を集めないと何とも言えないが、どうやら職員室とガチで一戦交える事になるだろう!」4月も末に入り、飛び石連休も迫っていた。だが、それらを吹き飛ばす“大事件”の幕はこうして開いたのだ。
生徒会室からの帰り、僕は現像室へ顔を出した。林のごとく天井からぶる下がっているフィルムネガを掻き分けると、奥のデスクで小佐野が“原版”の撮影をしていた。「おう!ちょうど一息付こうと思ってたとこだ。五十六氏の新しい“原版”を見つけてな!」小佐野がファインダーから眼を離して言う。「“火中の栗を拾う”ってヤツを地でやって来た。これで“皇帝専制”に風穴を開けられる」僕が言うと「条件は?」「一般公開に関する全権の掌握さ。原田1人で全てを取り仕切られたら終わりだからな」「秋の“政権交代後”を睨んでの布石か?4期生が全権を掌握しない限り、“太祖の世”に戻すのは不可能だぞ!」小佐野がバッサリと斬り捨てる。「ああ、3期生だけじゃ無理だ。2世代に渡って“歪み”を戻させる。“皇帝専制”は、原田の世だけ。“議員内閣制”に回帰させるために、4期生を教育しとくのさ。そのためには、多少の無理は仕方ない!」僕がため息交じりに言うと「根こそぎ枯らすには、余程の事をやらないと倒れねぇ。まあ、お手並み拝見だ!」と小佐野が微かに笑う。「米内さんの知恵があればな!あの人が校長だったら、原田の“皇帝専制”はあり得なかったし、原田ものうのうとしては居られなかったはずだ!」「腹の内が読めないのは、校長も同じさ。あの佐久が“イタズラ小僧”で退けられるのは、校長だからだ。お前さんに期待しているのは、校長以下教職員全員さ。“左側皇帝専制から議会制民主主義”へ揺り戻すキッカケを与えろ!原田の頭を押さえたいのは、俺達だけじゃないんだ!学校側も密かに道筋を付けたがっているんだ。それを忘れるなよ!」小佐野は釘を刺すのも忘れなかった。「ところで、塩川の評判はどうだ?」「4期生の副担に返り咲いたが、出世の道は断たれてる。あちこちへ顔を突っ込んでは、煙たがられているさ。気を付けろ!ヤツがまた、何かを企んでいる可能性は高い。探りは入れて置いてやるが、教職員の中で一番危険なのはヤツだろう!塩川を手玉に取る権限も手に入れてはあるな?」「勿論だ」「ならば、腹の内を探らせればいいか。そっちは請け負ってやる。お前さんは兵隊を集めて置け!これは、長門の艦上での1枚だ。持って行け」小佐野は山本五十六元帥のスナップを渡して来た。「ありがたく頂戴するよ」僕はスナップを手に現像室を出た。裏を見ると“塩川のアキレス腱は女。小平・丸山にはからきし弱い”と走り書きがあった。「抜け目の無いヤツだ!」僕はニヤリとして教室へ向かった。
夕方、遅いにも関わらず、さちは僕を待っていてくれた。「さち、悪い。支度しようよ」「うん!」同じように会合で遅くなった西岡も教室へ駈け込んで来た。「西岡、“準備が整った”と上田と遠藤達に伝えてくれ!それと“精鋭部隊を編制しろ!”とも言って置いてくれ」「では、やはり“火中の栗を拾う”のですね。分かりました。明日、繋ぎを付けて置きます!」西岡の表情がパッと明るくなった。「Y、“火中の栗を拾う”って“総合案内兼駐車場係”をまたやるの?」さちが聞いてくる。「生徒会長直々のご命令だ!受けて立たねば、後世に禍根を残す事になる」「Y、サブはあたしでしょ?」さちが当然のように言う。「無論、そのつもりだ。“ゴールデンコンビ”がやらなきゃどうする?」僕は微かに笑いながら返す。「しかし、参謀長がそこまで無理をされるのは何故です?上田や遠藤達の要請だけではありますまい」西岡も言ってくる。「“原田後”の世を見据えた布石さ。3期生と4期生の“精鋭部隊”を教育して“太祖の世に復させる”ためだよ。現体制をこのまま残して行く訳にも行くまい!」僕等は揃って教室を後にする。「原田は、あらゆる権力を会長に集約して体制強化を図った。その結果、いろいろな場面で歪が生じている。“原田後”に誰が座るか?それはこれからの課題だが、暗君が座ればたちまちにして政局は乱れて収束さえ図れなくなる。それを回避する策を上田達に授ける事が1つ、それと憲法とも言うべき“生徒会会則”の書き換えを年が明けたら検討し始めないと、我々が卒業した後に3期生が苦しむことになる。現行の会則では“原田が抜けたら機能しない”様になってるからだ!」僕がそう指摘すると「確かに、現体制を維持するために原田は相当な無理をやりましたからね。“監査委員会”の骨抜きや“会長権限”での強引な規則改正などは、生徒総会を無視する違憲状態ですから」と西岡が返してくる。「だからこそ、秋の“大統領選挙”後の新体制について、上田達がやりやすい環境を整えていく必要があるんだよ!直ぐには体制の変更は無理だが、年が明ければ機会はある!その下準備として“総合案内兼駐車場係”を隠れ蓑にしての打ち合わせをして置くのさ!係活動をやっている振りをして、内実は“政権人事”を決める。3期生に原田の組織は構築出来なかった。そこを突いて“太祖の世に復させる”工作をやる。随分前から長官と打ち合わせてあった事なんだがね」「では、“原田”の2文字は抹消すると?」「ああ、ヤツは生徒会の歴史から消し去るんだ!2世代に渡る大仕事だが、それをやらなくては生徒会は崩壊してしまう。普通は“太宗”と呼ばれるはずだが、ヤツは“廃帝”と記される事になるだろうよ。“庶人”に落としてもいいくらいだ!」僕が言うと「最後の大仕事ですね。“向陽祭”が終わればあたし達は別の“大仕事”にかからなくてはなりません!では、明日上田達に必ず伝えて置きます。お先に失礼します」と言うと西岡は自転車を走らせて、坂を下って行った。「Y、大きな“置き土産”を残さなくちゃね!」さちが僕の左隣で言う。僕は、さちの頬に軽くキスをすると「僕等の代の負の遺産は、根こそぎ叩き切って行かなきゃならない。さちにも活躍してもらわないと、僕だけじゃ無理がある。手を貸してくれる?」「勿論、あたしだって悪い事は残したくないもの!」さちは微かに笑って言う。僕等は手を繋いで坂を下りた。
2日後、“向陽祭”に関わる査問委員会が開かれた。「いよいよ、原田政権の集大成となる“向陽祭”が間近に迫ってきた。各自、個々人にはそれぞれに役割が当てられているとは思うが、我々のなすべきことは“太祖の世に復する事”、すなわち1期生が築いた治世に戻す事にある。3期生や4期生にその事を正しく伝えて、あらゆる文言から“原田”の2文字を削らせるのだ!」長官は語気を強めて言った。「だが、3期生に背負わせるのは無理だぜ!原田の“会長専制制度”は、あらゆる場面に根を張ってる。完全に根絶するには4期生までかかるんじゃないか?」久保田が指摘する。「その通りだ。3期生で下地を作り、4期生で根絶させる。2世代をかけて始末するんだ!そのためにも“正しい認識”を下に植え付けなくてはならない。伊東、千秋、原田の後継者と目される人物を探れ!そして、ヤツの“置き土産”の内容を手に入れろ!恐らく生徒会室の奥深くに秘匿されているに違いない。ドサクサに紛れてコピーを入手してくれ!」「了解!」伊東と千秋が頷く。「参謀長、予定通りに“総合案内兼駐車場係”に就任したのは僥倖だった。3期生と4期生の優秀な連中に、徹底して“反原田”の思想を植え付けてくれ!」「了解です。特に3期生には“決起”のタイミングから、生徒会の運営方針まで事細かに指示を出して置きますよ」僕は頭の中で組み立てたプランを思い返しつつ答えた。「久保田、今年の模擬店の方向性は?」「2組と合同で店を構えますよ。また、黒字にしてやりましょう!」久保田は自信を見せた。「来店した下級生に対して、それとなく“反原田”の思想が目に触れる様に工夫しろ!原田には悟られぬ範囲でいい。あくまでも“しれっと”やるんだ!」「了解!」「千里、小松、赤坂、有賀、お前さんたちは久保田のバックアップを頼む。それぞれの個人ルートを使って、“反原田”の思想を広める事に努めろ!」「了解!」4人が合唱する。「我々1人1人では、原田に太刀打ち出来ぬ事は分かっておろう。だが、草の根の運動を広めることで、“原田後”の政権運営は左右出来る。1期生の築いた“正しい遺産”を下級生に手渡す事!これが、我々の使命だ!“向陽祭”は、その絶好に機会。皆に期待する!」そう言って長官は一同を見渡した。全員が黙して頷いた。「では、それぞれにかかってくれ!解散」査問委員会が閉じられると「参謀長、残ってくれ」と長官が呼び止めた。「今年もまた重荷を背負わせて済まぬが、原田の2文字を削り取り“太祖の世に復する”ためには、3期生の力が欠かせぬ。徹底して“現体制”の違法性を叩き込んでくれ!」と長官が言う。「言われなくともそのつもりですよ。優秀な兵士を揃えさせています!“原田後”の世は既に動き始めています。僕が背を押してやればいいんです!」「心配なのは、塩川達“クズ教員”の動きだ!小佐野に手は回してあるのか?」「ええ、手配済ですよ。引き受けるに当たって原田からも“塩川達を袖にしていい”との条件も引き出してあります。生徒会と学校側双方から合意は取り付けてあります。昨年同様に“邪魔”はさせませんよ!」「うむ、“やりたいようにやれ”と言う事か。ならばいいだろう。そちらは昨年同様任せきりになるが、よろしく頼む!」「原田は“太宗”にはなれませんよ!“廃帝海陵庶人”後の世ではそう記されるはずです!」「ああ、そうするために我々は最後の手を打つのだ!」長官は僕の肩を叩いて言った。
翌日、“大根坂”の中腹でヘバっていると、「Y-、おはようー!」いつもより声のトーンが違うと思ったら、6人が揃って登って来る。堀ちゃんも中島ちゃんも雪枝も居る。「どうなってるんだ?」と呟くと6人が追い付いて来た。「今日はどうなってるの?」と僕が聞くと「それがさー、季節外れのインフルエンザなのよ!」と堀ちゃんが言う。「本橋も!」「石川もそう!」雪枝と中島ちゃんが肩を落とす。「誰だ?ウィルスを拡散させている犯人は?」僕が言うと「塩川らしいぜ!1年生の4分の1がやられてる!松田は1年生から拾ったんじゃねぇか?」竹ちゃんが教えてくれる。「うーん、どっちにしても厄介な事になりそうだな。感染が拡大する前に“学年閉鎖”にしてくれないと、こっちに影響が及ぶ!」「そうね、今頃インフルなんて御免だわ!」道子がため息を付く。「あたしは扁桃腺をやられるから、苦しいし、熱は半端なく上がるから“勘弁して”の世界よ!」さちも身を震わせて言う。「いずれにしても、東校舎へは行かない方がいいな。こっちへウィルスを拡散されたらたまらない!」僕等は足早に昇降口から遠ざかった。教室へ雪崩れ込むと、それぞれに机へ鞄を置いて窓辺に集まる。「Y、松田君のノート作り手伝ってくれるよね?」堀ちゃんが聞いてくる。「ああ、勿論やるさ!それぞれの得意分野に分かれて別版を作ればいいんだよな?」「うん、まとめは、あたしがやるからノートだけをコピーさせてよ」「みんな、協力してやってくれ」「あーい!」合唱で返事が返ってくる。「それにしても、この時期に欠席は痛いよな!授業もそうだが、撮影には持ってこいの季節じゃねぇか。松田のヤツ地団駄を踏んでるじゃねぇか?」竹ちゃんが言うと「そう、絶好の機会を逃すなんて可哀そう」と堀ちゃんが肩を落とす。「でもさぁ、まだいいじゃん!同じ学年、同じクラスなんだし」「あたし達は、1個下だもの。迂闊に手出しも出来ないんだから!」と中島ちゃんと雪枝が言う。「確かに、1年の差はデカイよな。下手すりゃあ“競合相手”と鉢合わせして血みどろの戦争だからな!」竹ちゃんが言うと「本人が一番気にするからね」「“競合相手”に負けるつもりは無いけど、殴り合いは御免だし」と2人がしみじみと言う。「それでもさ、みんなそれぞれにパートナーに巡り合えたんだから大切にしなきゃ!」道子が決めを言う。みんながそれぞれに微笑む。結成当初とは随分と形は変わったが、僕等のグループの結束は変わらなかった。4月も半ばを過ぎて、5月の連休が迫っていた。「Y、ちょっといい?」さちが僕を教室の外へ連行する。廊下を進んで空き部室へ僕を連れ込むと鍵をかけた。僕の首にさちの両腕が巻き付くと唇に吸い付いてくる。「何だ?焼きもちかい?」「違うの、触って!」さちはブラウスのボタンを外すと、胸元へ右手を引きずり込む。大きくて柔らかなさちの胸。さちは白いブラのボックを外すと、右手を強く押し当てる。「あたしは、Yに全てを見せたいし、触って欲しいの」再び唇が重なる。さちはスカートを落とすと半裸状態で僕の膝に座り込む。「誰にも邪魔されない部屋へ行きたいの。あたしの全部を見て触ってよ」さちは太ももへ右手を移動させた。「さち、どうして誘惑する?」「あたし、もう待てない。Yと抱き合っていたい。ずーと!」さちは甘え続けた。白い肌が眩しかった。
「長崎の女性の好み?そんなの分かる訳ないじゃん!」僕はアールグレーを飲みながら首を捻る。「うーん、Yでも理解不能なのね!実は、バレンタインでチョコを渡した子達から、調査依頼が来てるのよ!」道子が困惑気味に言う。「結構、外見に拘る方なんじゃないかな?」堀ちゃんが想像を巡らせる。「来る者拒まずかもね」中島ちゃんも言う。「人は見かけに寄らないから、案外Yみたいな“選考基準”があるとか?」雪枝が言う。「Yは例外だから、“Yの選考基準”は当てにならないし、意外にゲテモノ食いとか?」さちも悪乗りを始める。「いずれにしても、探りを入れるしかないな!バレンタインの時の子達は割と相性は良さそうに感じるが、長崎個人の好みは結構“厳格”かも知れないぞ!」と僕が言うと「選べる・もらえる権利が“ある”か“無い”かのバレンタインの時とは違うぜ!意外と理想は高くねぇか?」竹ちゃんが身を乗り出してくる。「そこだよな!アイツ結構な面食いの様な気がするんだ!“細い・小さい・可愛い”の3点セットは、まず間違いあるまい!」「そうだな、基本線はそこだろうな。後は“誰に似てるか?”だぜ!」竹ちゃんが同意しつつ言う。「男子も結構拘りがあるのね。ハードルは高そう!」道子が言うと「モテないヤツ程“理想”は高い!それで自分の首絞めてるとも知らずにね!」さちがバッサリと斬り捨てる。「長官も人気はあるが、あそこは千里と小松が完全にシャットアウトしてるし、参謀長は、見ての通り5人で抑え込んでる。まあ、参謀長はそこそこ他の女子とも交流は認められてるが、バックはガッチリ固められてる。隙を狙ってる子猫達にしてみりゃ歯がゆいと思うぜ!その点、長崎はガードも何もありゃしない!あるのは“自分の理想”だけだ。そこを突き崩せばいいんだから単純なものさ!久保田に探らせよう。俺が手を回してみる!」竹ちゃんが調査を請け負った。「あたし達は、Yを縛り付けてる意識は無いわよ!さちが居るんだし!」雪枝が口を尖らせる。「でも、周囲から見ると“鉄壁の要塞”に見えるらしいのよ。あたし達が“囲い込んでる”って映るらしいの!」堀ちゃんもそう言ってふくれる。「でもさ、Yにはハッキリした“選考基準”があるのよ。それをクリアしないと口も聞いてもらえないし、コイツも関心すら示さない。それを表立って明らかにする必要はないでしょう?Yは、あたし達“家”だから、そんなに気にする事無いと思う」さちが僕を捕まえて言う。「他人にどう映ろうと、あたし達の“共有財産にして、親友”であるYを守るには、“鉄壁の要塞”もありじゃない?」道子も同調した。「“鉄壁の要塞”は別にしてだな道子、回答期限は?」僕が聞くと「今週中よ。回答方法はいつもの通り」と答えてくる。「竹ちゃん、そう言う訳だ。なるべく急いでくれないか?」「任しときな!2~3日でハッキリさせるぜ!」と自信を覗かせる。「あまり誇大な妄想を持ってない事を祈るよ。長崎にしてみれば“最初で最後”のチャンスかも知れないからな!」僕はアールグレーを注ぎ足すと、ソファーに座ってさちを膝に乗せた。誰も異は唱えない自然な行為として見られていた。さちは嬉しそうに笑った。
長崎の女性の好みは、一風変わっていた。「誰だと思う?」竹ちゃんが焦らす。「まさかとは思うが年上か?」僕が突っ込むと「保健室の丸山だよ!」と答えが返ってくる。「報わられない恋か。“行き遅れ”とは言われてるが“見合いの話は引きも切らない”って言われてる。目下、校長が躍起になって見合いをセッティングしてるよ!」「マジか!じゃあ落城寸前じゃねぇか?!それにしても、長崎の視線を逸らせるのは容易じゃないぞ!」竹ちゃんが思慮に沈む。しばしの沈黙の内にウチのレディ達も集まってきた。「竹ちゃん、今回の依頼は¨長崎の好みの女性¨についての調査だったよな?」僕が確認を入れると「そうだが。猪突猛進する長崎を翻意させるのは難しいぜ!」と竹ちゃんが返して来る。「僕達が翻意させなくてもいいんじゃないか?有りのままを伝えれば、後は依頼して来た子達の判断に委ねればいい!ただ、¨報われない恋¨に身を焦がして居るから、押しまくれば¨落ちる可能性はある¨って付け加えれば、それで行けるんじゃないか?」「つまり、向こうの尻に火を付けるのかよ?」「ああ、わざわざ依頼して来たぐらいだから、向こうは本気で落としにかかる意思はあるだろうよ。僕達があれこれ言うよりは、彼女達に任せたらどうだ?」「まあ、それなら俺達の手間も省けるか?うーん、年上よりは下の方が分はあるな。丸山が見合いで落ちたら、長崎は悲嘆に暮れるしかねぇしな!そこが付け目か?」「ああ、自分達で売り込みをかければ、案外転がる要素はあるし、元々長崎は隙だらけだ!ピンポイントを突けば180度向きを変えられるかも知れない!それに、依頼内容はちゃんと果たしてるしな!」「¨攻略方法¨も添えれば完璧だな!後は依頼者次第か?諦めても、攻め込んでもいい。曖昧に答えるのも悪くねぇな!それに参謀長の言う通り、依頼は果たしてるから苦情も出ねぇだろうし」「どうしたの?長崎君の件で問題あり?」道子が代表して聞いてくる。僕と竹ちゃんは事情を説明して、“依頼者の判断に委ねる”事を告げた。「成る程、“年上の女”か!」「離れすぎてて、丸山先生も及び腰なんじゃない?」「それか、鼻から興味無し!とか」レディ達は口々に否定的な事を言い始める。「長崎の事だ、“告白”はしてないだろう。完全なる一方通行だよ。現実を思い知らせてやるのも、クラスメイトとしての義務だろう?」僕が言うと「それで、有りのままを通知して“お尻に火を付ける”訳?まあ、それくらいの荒療治は必要かもね!」と道子が言い出して便箋を取り出す。「何て書くつもり?」さちが道子の手元に目を落とす。「“年上の女”を空しく思ってます。今が絶好の機会なので、思い切ってアタックしなさい!って感じ。振り向かせるなら“諦めるな”とも書いて置くつもりよ」「“猪突猛進ガール”で行け!って付け足しといてくれ!とにかく“押しの一手”に限るってな!」竹ちゃんが追加要請をする。「彼の思考パターンや行動パターンも併記しとくわ。これで、落ちてくれればなんとやらよ」道子はボールペンを軽快に走らせた。「だけど、男子って意外に子供っぽいとこがあるのね。年の差も考えずに思い込むなんて、かなりブッ飛んでない?」中島ちゃんが言う。「ブッ飛んでるんじゃない、憧れてるんだよ。“もしかしたら振り向いてくれるかも”って淡い期待にハマッテるだけ。女子からのお声がかからないヤツに共通するモノではあるが、基本的に異性と話すのが苦手なヤツ程この手の“病気”に陥るのは否定しない」と僕が言うと「先生に憧れるかー、小学生のレベルじゃん!男子は進化をしないの?」と堀ちゃんが突っ込んで来る。「止まってるだけだよ。キッカケさえあれば、一気に進行する。要するに、周りが見えてないだけ」「後は腹を括れるかどうか?女子と付き合うには、それなりの覚悟がいるしな!」竹ちゃんも言う。「長崎君にその“覚悟”とやらがあるのかな?」雪枝が疑問視する。「それこそ本人の意思次第だから、どう転ぶかを見てるしかないよ」こうして、長崎に関する調査報告書は依頼者の元へ渡された。その後、3期生の女の子達の日参が始まった。ほぼ毎日、長崎の元へ通ってくる様になったのだ。最初は、及び腰だった長崎も「今日はどうしたんだ?」と来ない日はソワソワとする様になり、まんざらでもなさそうだった。「焦らしてるな!アイツら結構やってくれるぜ!」竹ちゃんがニヤニヤと笑う。「良い傾向だよ。やっと長崎も“淡い呪縛”から解き放たれるな!ヤツだって顔は売れてる方だから、ここで年貢を納めるだろうよ」僕もニヤリとして言う。「Y、これ何?」さちが手紙をひらひらとさせながら怖い顔をしている。「何ってそれどこにあったの?」と聞くと「今朝、Yの靴箱に入ってたの!差出人は4期生らしいわよ!さあ、返事はどうするの!」「とっ、当然ながら内容を見てから基本お断りするさ!さち、手紙を見せてくれ!」「あたしが読んでからね!油断も隙もあったものじゃないわ!」さちは手紙を開けると内容を読んで行く。「怖っ!参謀長、1人に絞らない方が良かったと思わねぇか?」竹ちゃんも、さちの剣幕に怯える。「時々そう思う事はある。だけど、4人とズルズル付き合ってたら余計に面倒に巻き込まれるのは避けられない。こうなって良かったと思うがね」と小声で返していると「Y!これ、告発文書だよ!」さちが急いで便箋を僕の手元に押し込んで来る。「塩川が“イジメ”紛いの行為をやってるだと!どう言う事だ?」僕の顔から血の気が引いた。「授業中に質問しても答えねぇし、廊下に立たされるだと!どうなってやがる?」竹ちゃんの顔も蒼白になった。その他にも数名の女子が“イジメ”紛いの“ターゲット”にされていると書かれていた。「これは、ただ事じゃない!詳しい事は書かれていないが、至急調査に着手しなきゃならないな!差出人もイニシャルしか書いてないところを見ると、かなり深刻な事態だぞ!」「Y、どうするの?」さちが打って変わって真剣な顔つきになる。「西岡を呼んでくれ!3期生経由で差出人を特定する事から手を付ける!これは放っては置けない一大事になるかも知れない!」塩川は、3期生の担任・学年主任を下ろされた後に、4期生の副担任に再任用されていた。昨年の“集金事件”や“向陽祭”の妨害工作の責任を問われての“降格”に遭っていた。その腹いせか否か?は不明だが、告発文書に書かれている事は、許されざる問題だった。「参謀長、どうするんだ?」竹ちゃんが僕の顔を伺う。「まず、情報を集めないと何とも言えないが、どうやら職員室とガチで一戦交える事になるだろう!」4月も末に入り、飛び石連休も迫っていた。だが、それらを吹き飛ばす“大事件”の幕はこうして開いたのだ。
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