これからも、ずっと

2019-06-04 13:19:16 | 日記
ねぇパパ!
見て見て!!

下校した下の娘の手には、まもなく榛名山を舞台に繰り広げられる林間学校の冊子が。



頑張って仕上げた絵が、表紙に採用されたそうです。

お姉ちゃんと正反対で運動は苦手だけど、絵を書くことが大好きで、自由帳に絵を書いては得意げに見せてくれます。



ふと、6年前の記憶が蘇りました。
当時7歳と4歳だった娘と3人で、新調した釣り竿を持って榛名湖を訪れた日の記憶です。



あの日の写真には、姉妹で仲良くお魚さんと戯れる光景が写っています。





そんな光景を眺めながら、娘の幸せを願わずにはいられませんでした。

たとえ離れ離れになったとしても...
これからも、ずっと。

眼鏡生活はじまる

2019-05-12 22:40:58 | 日記
職を失って2週間が経ちました。
生活スタイルも大きく変わっています。

たとえば、出費を抑えるために、もやし、たまご、食パンなど、安価な食材に頼るようになったり、1日100円もする使い捨てコンタクトレンズの使用をやめて、眼鏡オンリーで生活するようになったり、とにかく節約を心がける日々です。

こちらが私の眼鏡。



お分かりでしょうか。
レンズの向こう側の指が、思いっきり縮小されています。



そうです。かなりの度数なんです。
軽量薄型レンズでコレですから、一昔前のレンズならば牛乳瓶の底を彷彿とさせる感じになるはず。



進化を遂げてきた眼鏡ですが、そのルーツは明らかになっていないそうですね。

730年前にイタリアで出版された本に「メガネは最近になって発明された」と書かれていたことが分かっているそうですが、学者のなかでは、「発明したのは学者ではなく、老眼になったお年寄りが水晶やガラスなどを通してモノを見たときに偶然に発見したのだろう」という意見が現在は多数派なのだとか。
いずれにせよ、世紀の大発明だったことに違いはありません。



ちなみに、娘は家で眼鏡をしている私を「親父」として認識しているようです。



昨年の父の日にプレゼントしてくれた似顔絵は、やはり眼鏡でした。

眼鏡は顔の一部。
近い将来、「眼鏡の人」と呼ばれる日が訪れるのであろうか。


無責任

2019-05-01 22:46:11 | 日記
生前お世話になった先輩のお通夜に参列しました。

2ヶ月前にご自宅にお邪魔した際、入院直前の彼に偶然お会いすることになるとは...

酸素の管を両鼻に、「もう俺は頑張らない」と、か細くも何故か力強い声でおっしゃっていた様子が鮮明に蘇ってきます。

堅実で、決して弱音を吐かない人でした。

安易な「頑張れ」という言葉に潜む無責任。

改めて痛感しつつ、虚空を目で追いながら独り献杯。



2019年5月1日

2019-05-01 00:29:20 | 日記
新元号の話題で持ち切りですね。


あなたが「令和」と聞いた瞬間の第一印象は、どのようなものだったのでしょうか。
誰かから何かを吹聴される前の第一印象です。

私は「令和」の「令」の字に、物凄い違和感をおぼえました。
真っ先に頭に思い浮かんだのは、「命令」という言葉だったからです。

改めて「令」の字を調べてみると、なるほど納得しました。


文字の成り立ちは、まさに「権威の前にひざまずく人」そのもの。

新元号は、多くの人が尊敬する天皇が決めるわけではありません。
決定権があるのは、国の行政権を担当する最高機関「内閣」です。

安倍政権発足以降、内閣がまかりとおしてきた悪行を思い出してください。
浮かれている場合ではないと、私は思います。

もりかけ問題に代表される国政の私物化。
南スーダンで命の危機にさらされていた自衛隊員の日報を隠蔽。
情報操作で景気の低迷を隠蔽し、消費税増税を強行。
高齢者の医療費窓口負担増などに代表される社会保障の削減。
原発再稼働の推進と、原発を輸出するために莫大な国家予算を投入。
大企業や一部の富裕層に大減税や優遇措置。

これらはほんの一例ですが...

弱者を追い詰めてきた悪行だからこそ、決して許すわけにはいきません。

そんな内閣が決めた元号だからこそ、勘ぐらざるを得ないのです。

ひざまずいた人々の上に、弱者の犠牲の上に、平和は成り立つと考えているのではないかと。
そのために、常に画策しているのではないかと。

それぞれの幸せ

2019-04-26 21:55:52 | 日記
ご覧になってくださっている皆様へ。

あなたにとって、人生とはなんですか。
生きている意味はなんですか。

色々な答えがあって、それはそれで決して間違っていないはずです。
間違っているどころか、あなたのその答えが、誰かの道しるべになるかもしれません。

あなたが幸せになれる道は必ずあるはず。
あなたが困難から抜け出せる道は必ずあるはず。

誰もが、それぞれの「幸せ」にたどり着けることを心から願っています。