2006年に飲酒運転の上で前方の自動車に追突させ,結果3名が死亡したいわゆる福岡飲酒事故の控訴審判決が福岡高裁で出され,業務上過失致死などとした一審判決を破棄し,危険運転致死罪を認定した上で懲役20年を言い渡しました。
弁護側は重大な事実誤認と判例違反等を理由に上告しましたので,この審理は最高裁で判断されることになります。
危険運転罪適用し懲役20年 追突3幼児死亡は飲酒の影響(共同通信) - goo ニュース
やはり判断が難しい危険運転致死
今回の控訴審では,一審の事実認定それ自体を破棄し,「飲酒行為に要因がある危険運転それ自体が事故の原因である」と認定し,危険運転致死罪の成立を認めました。詳細は後述しますが,やはり「時速100キロ以上出しながら10秒以上脇見運転をするという認定には無理がある」ということのようです。
一方で,以前から主張しているように,危険運転致死罪は明確性に欠けるので,やはりもう少し基準をはっきりさせる必要があると思います。
そういう意味では,弁護側が上告したことで,最高裁で一定の基準を示すと思われますので,その判例に期待したいものではあります。ただ,本来はやはり「立法のお仕事」だと思います。
ところで,この判決,評価はかなり高いですが,その理由は「感情論」かなあ,って気がします。とはいえ,事実認定を高裁が大きく変えたというのは非常に興味深い点ではあります。
そこで,感情論を別にして法律論としてこの判決について検証したいと思います。ただし,判決文自体はまだ見ることができませんで,あくまでも報道ベースの判決内容から,一部推測を含めて論じます。
1 一審判決(福岡地裁)の超概要
まず,前提として,一審判決はどのような認定をしたのかを大雑把にいうと(詳細は私の以前の記事を参考にしてください。),「事故の原因はあくまでも脇見運転の過失。飲酒行為自体が直接の危険性を招いたとは認定できない。」ということから危険運転致死罪の成立を認めず,業務上過失致死罪の成立に止めました。
2 高裁での争点
一審判決により,大きな争点が「事故原因」に絞られてきました。
つまり,検察側は「完全なる飲酒行為が原因とする危険行為」とし,弁護側は「被告人の脇見運転と被害者の居眠り運転という両者の過失行為が重なった不意打ち的な事故」として,両者の言い分を高裁でぶつけ合ってきたと思われます。
3 高裁での審理(完全なる推測)
以上の争点を踏まえて,検察側は,控訴審において,「事故原因としての危険性の立証」を中心に論じていたと思われます。
この点は推測ですが,高裁判決から逆読みする限りにおいて,検察側の立証内容は,「道路構造」「事故当時の周辺道路の見通し」「被害者側の事故直前までの状況(居眠り運転の可否)」「被告人の飲酒の程度」について,精査な立証を行ってきたものと思われます。
一方,弁護側は,一審判決の事実認定それ自体はほとんど争いのない状態にありましたので,検察側の主張立証に対する反論を繰り広げてきたのではないかと思われます。当然,その中で,「被害者の過失」についても一審同様の論述を繰り返してきたものと思われます(これだけをもって直ちに「被害者に対する思いやりがない」と論じるのは,少々弁護人に対して可哀想に思います。もちろん,論じ方については被害者に対する一定の配慮を考える余地はあるものの,弁護人としては今回の事故原因を真っ向から争うという立場にある以上,被害者側の過失について言及することはやむを得ないと思います。当然,ここは大博打になりますので,被害者の過失が認定されないと,被告人の情状にはマイナスになります。したがって,もし,完全情状勝負のみで行くとなれば,当然被害者の過失について論じなかったでしょう。)。
4 高裁の判断
まず,危険運転における「正常な運転が困難」の定義付けを行い,一審とほぼ同じ内容の「現実に道路交通状況に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあること」としました。
そして,今回の事故原因をこの定義に当てはめて,検討します。
すると,一審で認定した脇見運転については,その後の検察側の立証を踏まえると,「道路傾斜もあることからすれば,一般常識として,ハンドル操作による微調整が必要。」とし,その上で「そうだとすると,一般常識として10秒以上脇見運転をしながらまっすぐ走るなんてあり得なくねー?」として脇見運転事故説を否定しました。
そして,「被害車両に気がついたのが本当にギリギリだったのはなんでだろう。」として,他の証拠を踏まえると「被害者側は居眠り運転していたとはいえず,過失はなかったね。そうだとすると,やはりそれは酒の影響だ。」とした上で,さらに「酒の影響で前の車両に気がつかなかったなどとすれば,それはとても交通状況に応じた運転ができたとはいえないなあ。」ということで,正常な運転が困難な状況にあるとして,危険運転致死罪が成立すると判断しました。
5 一審との違いがでた理由(私見)
高裁での検察側の立証活動がものをいったという点もあるとは思いますが,それよりも,ほぼ同じような危険運転の定義を立てながら,判決が変わったのはなぜでしょうか。
それは,「一審は飲酒後の運転行為全体を考察」したのに対し,「高裁は事故直前の運転行為を部分的に考察」した点にあると思われます。
つまり,一審では,「酒飲んでしばらく運転していたが,細い路地なども普通に運転していた。もし,飲酒運転でらちあかない状態なら,もっと前に接触事故など起こしているはずだ」などということで,「ならば事故の時は飲酒以外の原因があるだろう。」ということから,脇見運転を認定したと考えられます(もちろん,飲酒行為が事故の誘発要因であり,ものすごいけしからん行為だということは当然認定していますし,それが一審判決にもにじみ出ています。)。
一方,今回の高裁判決では,あくまでも「事故前後だけで判断すればよい。」ということで,それまでちゃんと運転していた点については,参考にすぎないとしたのではないでしょうか。そうすると,事故原因についても,当然,「事故直前から細かく精査する」ことになりますから,道路の傾斜云々から脇見運転には無理があるなど決め細かな認定が行えたのではないかと思います。
6 最高裁での争点
検察側が控訴するかどうか分かりませんが,最高裁で検討するであろう争点は次のあたりかと思います。
(1) 量刑(弁護側は無罪又は執行猶予を主張)
(2) 事故原因が飲酒行為か,その他の過失行為か
(3) 危険運転における「正常な運転が困難」の定義,判断基準は何か
ちなみに,(2)に疑義が生じた場合,高裁か地裁に差し戻される可能性があります。
いずれにせよ,危険運転致死罪に対する最高裁の一定の判断が期待されるところです。
以上が私見を交えた今回の判決の検証です。もちろん,被害者の悲痛な叫びを判決において考慮したことはいうまでもありませんが,やはり証拠を吟味した上で「飲酒運転それ自体危険である」という一般常識を事実認定の基礎にしている点は高く評価できると思います。
一方,弁護側は,危険運転を否定するためには,「危険運転の定義を厳しくする」ことと「とにかく普通の過失の交通事故だ」という点を主張立証することになります。被害者感情を逆撫ですることなく,この点をいかに主張できるかが今後のカギとなるでしょう。
最高裁の判断を待ちましょう。
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弁護側は重大な事実誤認と判例違反等を理由に上告しましたので,この審理は最高裁で判断されることになります。
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やはり判断が難しい危険運転致死
今回の控訴審では,一審の事実認定それ自体を破棄し,「飲酒行為に要因がある危険運転それ自体が事故の原因である」と認定し,危険運転致死罪の成立を認めました。詳細は後述しますが,やはり「時速100キロ以上出しながら10秒以上脇見運転をするという認定には無理がある」ということのようです。
一方で,以前から主張しているように,危険運転致死罪は明確性に欠けるので,やはりもう少し基準をはっきりさせる必要があると思います。
そういう意味では,弁護側が上告したことで,最高裁で一定の基準を示すと思われますので,その判例に期待したいものではあります。ただ,本来はやはり「立法のお仕事」だと思います。
ところで,この判決,評価はかなり高いですが,その理由は「感情論」かなあ,って気がします。とはいえ,事実認定を高裁が大きく変えたというのは非常に興味深い点ではあります。
そこで,感情論を別にして法律論としてこの判決について検証したいと思います。ただし,判決文自体はまだ見ることができませんで,あくまでも報道ベースの判決内容から,一部推測を含めて論じます。
1 一審判決(福岡地裁)の超概要
まず,前提として,一審判決はどのような認定をしたのかを大雑把にいうと(詳細は私の以前の記事を参考にしてください。),「事故の原因はあくまでも脇見運転の過失。飲酒行為自体が直接の危険性を招いたとは認定できない。」ということから危険運転致死罪の成立を認めず,業務上過失致死罪の成立に止めました。
2 高裁での争点
一審判決により,大きな争点が「事故原因」に絞られてきました。
つまり,検察側は「完全なる飲酒行為が原因とする危険行為」とし,弁護側は「被告人の脇見運転と被害者の居眠り運転という両者の過失行為が重なった不意打ち的な事故」として,両者の言い分を高裁でぶつけ合ってきたと思われます。
3 高裁での審理(完全なる推測)
以上の争点を踏まえて,検察側は,控訴審において,「事故原因としての危険性の立証」を中心に論じていたと思われます。
この点は推測ですが,高裁判決から逆読みする限りにおいて,検察側の立証内容は,「道路構造」「事故当時の周辺道路の見通し」「被害者側の事故直前までの状況(居眠り運転の可否)」「被告人の飲酒の程度」について,精査な立証を行ってきたものと思われます。
一方,弁護側は,一審判決の事実認定それ自体はほとんど争いのない状態にありましたので,検察側の主張立証に対する反論を繰り広げてきたのではないかと思われます。当然,その中で,「被害者の過失」についても一審同様の論述を繰り返してきたものと思われます(これだけをもって直ちに「被害者に対する思いやりがない」と論じるのは,少々弁護人に対して可哀想に思います。もちろん,論じ方については被害者に対する一定の配慮を考える余地はあるものの,弁護人としては今回の事故原因を真っ向から争うという立場にある以上,被害者側の過失について言及することはやむを得ないと思います。当然,ここは大博打になりますので,被害者の過失が認定されないと,被告人の情状にはマイナスになります。したがって,もし,完全情状勝負のみで行くとなれば,当然被害者の過失について論じなかったでしょう。)。
4 高裁の判断
まず,危険運転における「正常な運転が困難」の定義付けを行い,一審とほぼ同じ内容の「現実に道路交通状況に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあること」としました。
そして,今回の事故原因をこの定義に当てはめて,検討します。
すると,一審で認定した脇見運転については,その後の検察側の立証を踏まえると,「道路傾斜もあることからすれば,一般常識として,ハンドル操作による微調整が必要。」とし,その上で「そうだとすると,一般常識として10秒以上脇見運転をしながらまっすぐ走るなんてあり得なくねー?」として脇見運転事故説を否定しました。
そして,「被害車両に気がついたのが本当にギリギリだったのはなんでだろう。」として,他の証拠を踏まえると「被害者側は居眠り運転していたとはいえず,過失はなかったね。そうだとすると,やはりそれは酒の影響だ。」とした上で,さらに「酒の影響で前の車両に気がつかなかったなどとすれば,それはとても交通状況に応じた運転ができたとはいえないなあ。」ということで,正常な運転が困難な状況にあるとして,危険運転致死罪が成立すると判断しました。
5 一審との違いがでた理由(私見)
高裁での検察側の立証活動がものをいったという点もあるとは思いますが,それよりも,ほぼ同じような危険運転の定義を立てながら,判決が変わったのはなぜでしょうか。
それは,「一審は飲酒後の運転行為全体を考察」したのに対し,「高裁は事故直前の運転行為を部分的に考察」した点にあると思われます。
つまり,一審では,「酒飲んでしばらく運転していたが,細い路地なども普通に運転していた。もし,飲酒運転でらちあかない状態なら,もっと前に接触事故など起こしているはずだ」などということで,「ならば事故の時は飲酒以外の原因があるだろう。」ということから,脇見運転を認定したと考えられます(もちろん,飲酒行為が事故の誘発要因であり,ものすごいけしからん行為だということは当然認定していますし,それが一審判決にもにじみ出ています。)。
一方,今回の高裁判決では,あくまでも「事故前後だけで判断すればよい。」ということで,それまでちゃんと運転していた点については,参考にすぎないとしたのではないでしょうか。そうすると,事故原因についても,当然,「事故直前から細かく精査する」ことになりますから,道路の傾斜云々から脇見運転には無理があるなど決め細かな認定が行えたのではないかと思います。
6 最高裁での争点
検察側が控訴するかどうか分かりませんが,最高裁で検討するであろう争点は次のあたりかと思います。
(1) 量刑(弁護側は無罪又は執行猶予を主張)
(2) 事故原因が飲酒行為か,その他の過失行為か
(3) 危険運転における「正常な運転が困難」の定義,判断基準は何か
ちなみに,(2)に疑義が生じた場合,高裁か地裁に差し戻される可能性があります。
いずれにせよ,危険運転致死罪に対する最高裁の一定の判断が期待されるところです。
以上が私見を交えた今回の判決の検証です。もちろん,被害者の悲痛な叫びを判決において考慮したことはいうまでもありませんが,やはり証拠を吟味した上で「飲酒運転それ自体危険である」という一般常識を事実認定の基礎にしている点は高く評価できると思います。
一方,弁護側は,危険運転を否定するためには,「危険運転の定義を厳しくする」ことと「とにかく普通の過失の交通事故だ」という点を主張立証することになります。被害者感情を逆撫ですることなく,この点をいかに主張できるかが今後のカギとなるでしょう。
最高裁の判断を待ちましょう。
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