生野の脈がこう来て、ここの銅鉛亜鉛鉱床にも蛍石が続かんかな?
簾野と同じく生野層群で流紋岩。
ウーンと考えてたら、石友さんが「そこ、ヒトハクには出てないけど、蛍石出てたらしいですよ?」と有益な情報を集めてくれた。
付近はヒルが多く冬は積雪する地域なので、探索は早春か晩秋に限られる
よし、今なら行ける。 急げイソゲ!
大阪の桜は散り出したように、兵庫県の現地も妙に温い。
付近で野良仕事をされてたお爺さんに鉱山の話を聞くと、タガネを叩くポーズで、
「ワシが子どもの頃は、まだトンカンやってたよ。金色にピカピカ光る銅を拾いに行って遊んだなぁ。
蛍石? ソレは知らんなぁ。」と教えてくださった。
やっぱ蛍石は少ないんかな? と思いつつ礼を言い出発。
長靴にたっぷりと木酢液をスプレーし、怪しい谷を見て回るが金っ気が無い。
お爺さんが話されるからには絶対に有るはず。
次々と谷を巡って行くと、やっとこさ蛍石の噛む転石に出会った。
フンドシを締め直して探索再開。
沢筋にポロポロと蛍石や黄銅鉱を含むズリ石が転がっているが量は少なく、グリーンや紫色も見られるが日焼けして薄い。
パカパカと割るとまだ色の残る蛍石に出会えた。
イバラが多く、避けても屈んでも引っかかる。
「リュック置いてけ〜」と言われてるようだ。
「放せ! 返せ!!」言いながら進むと、前方に大き目のズリ山が見えた。
おーー ! 鉱山あったあった! !
いつもながらこの瞬間は嬉しいもんだ。
ズリの下端に着き、UVライトを照らしながら掘ってみるが良品に会えない。
登って坑口。
すぐ水没。 はぁ~残念。。
あれ?って掘られた岩肌をよく見ると、文字が刻んである。
開坑 15、5
真珠湾攻撃が昭和16年末やから、日中戦争の最中。
世の中は浮かれていたのか、疲れていたのか、どんな思いでコレを刻みはったんやろ?
とズリに戻り、割りもって車へ戻った。
山を降り先のお爺さんに報告、石を見せると、そうそうと頷かれ、
「芋持って帰り〜」と喜んでくれた。
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帰宅後 確認
昭和15年 西暦1940年 78年前
4/9 ドイツ軍がノルウェー、デンマークに侵入
5/14 オランダがドイツ軍に降伏
5/28 ベルギーがドイツ軍に降伏
6/10 イタリアがイギリス・フランスに宣戦布告
6/14 ドイツ軍.パリに入城
6/17 ソ連軍.バルト3国に進駐しリトアニアで新政府を成立
6/22 フランスがドイツに降伏
6/28 ソ連軍、ルーマニアに進駐し、占領開始
7/21 エストニア・ラトビア・リトアニアに社会主義政権が成立
7/25 ルーズベルトが石油・屑鉄を対日輸出許可品目に加える
8/3.5.6 リトアニア・ラトビア・エストニアがソ連に編入
9/27 日独伊 三国同盟に調印
10/5 ドイツ軍がルーマニアに進駐
10/16 アメリカが、屑鉄と鋼鉄の対日輸出を禁止
10/28 ムッソリーニがギリシアに侵攻
11/30 日本が汪兆銘の南京政府を承認、日華基本条約が調印
翌年 12/8 真珠湾攻撃
そんな中で掘ってはった石。
多数の鉱山は戦時中に稼働してたやろけど、再認識させられる石。
ルーペで自形おった。ミニミニやけど。