最近、K-POPをよく聞いている中3の子ども。
あの甲高いチャカチャカしたリズムの音楽は、
あんまり好きじゃないけど、
頑張っている人たちのストーリーには励まされる。
で、韓国と言えば整形天国。
プチ整形は当たり前。
「整形なんかしなくてもカワイイのに」
ってな話を中学生としていたら、
「プチ整形くらい別にいいやん。当たり前やで?」と言う。
「えっ、整形に抵抗ないの??」と言うと、
「それで自信持てるんやからいいやん」と。
「整形で持てる自信って、嘘くさい~」と言えば、
「ハイハイ!」と話を打ち切られた。
こら、ちゃんと聞け~~~っ!
でもカシコイ!
この先、私が言おうとしていたことは、
100人中99人くらいの親が言いそうなことだった(^^;)。
で、そういう話を60前後の人たちとしていて、
ふと疑問に思った。
「整形」って言うと、抵抗あるけど、
オシャレな服着るのや化粧、白髪を染めるのとは、
どこがどう違うんだろ?
子どもが言うように、
「それで自信持てるんやったらいいやん」っていうなら、
本質的には、どれも整形と一緒じゃない?
「親にもらった身体を傷つけるなんて」
っていう感覚が、仮に
「持って生まれたものを背負って生きるのが、
今生の課題なら、ちゃんと引き受けて生きようよ」
っていうことなら、
薬飲んだり手術するのはアリ?
身体を傷つけるのがダメなら、ピアスはなんでいいの?
文化の違いだとしたら、割礼はOK?
いやいや、アレは自分の意志じゃないからダメでしょう。
それを言うなら整形だって、
自分より他人の目を大事にしてる時点で、
自分の意志って言えないかも。
「アイツいじめて来い」って言われて
憎くもない相手をいじめに行くようなのと一緒。
人それぞれ、線引きはどこか、とか、
その線は、何によって引くか、とか、
すごーくいろんな意見が出たけど、
なんか、スッキリはしなかったなぁ。
それを、口蓋裂の友達としゃべってみた。
その友人にとって口蓋裂は、
人格形成から家庭環境から恋愛から何から、
もちろん、すごく大きな影響を与えている。
あえて「そのおかげで」と言いたいんだけど、
まわりの人や社会を見る、彼女の観察眼の鋭さと繊細さは、
余人では代えがたい深みとやさしさを感じて、
何時間話をしていても、足りない。
そーゆーことか!
整形してつく程度の自信を、
「自信」だと思ってる事に違和感を感じたんだ。
中年になり、老人になっていくにつれて、
自分の外見じゃなくて人格に自信を持てるよう、
精神的に自分を育てて行こうと思えるなら、
ピアスでも整形でもすればいい。
気分が上がるし、楽しいのはわかるし。
中からにじみ出る確固たる自信を育てないと、
なんだっけ、年齢より若くするヤツ
エイジングケア? エイジレス?
う~~言葉がわからんけど、まぁ、とにかく、
そういうのを一生追いかけるハメになるのはイヤだわ。
私が魅力を感じるのは、
ツルンとした美形のアイドルよりも、
樹木希林とか、研ナオコとか、もたいまさことか、
間寛平とか、田中邦衛とか、吉岡秀隆とか…。
あ、キレイでも中島みゆきは大好き。
高見沢さんも、歌はよく知らないけどおもしろそう。
又吉直樹なんか、めちゃくちゃ興味ある。
う~ん、共通点はどこにあるんだろ。
その人の、独特の味わい、かなぁ。
「自分になっていく」が大事な気がする。
あーゆー、その人独特の魅力がにじみ出る、
味わい深い顔の人になるには、
日々をどう送ればいいんだろう。
▼本日のフォルメン 90/100
うわ、あと10枚で100だ。
動いている時は近視だ。
クレヨンでこの緊張感なんだから、
墨と毛筆で、あるいは、
ツチとノミで石に刻む緊張感は、
いかほどのものだろうか。
※「何コレ?おもしろそー」という方は、
コチラをどうぞ。
私にとっては、
心を整えるヨガであり、瞑想の時間です。
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