おかあさんのうた

どこをどう歩いてきたんだろう。
おかあさん、子供たちよ。
あのぬくもりはもう帰っては来ないのだろうか。

へべれけ

2011-07-20 20:49:42 | 随筆
 台風一過すれど、暑さは増すばかり。
陽は西に傾く。
ひとりいる部屋にはいたたまれず外に出る。
並木の百日紅は弱々しく歩道に影を落としている。

 胸に痞える狂おしさに耐えかねて
あてどなく夕闇の町を彷徨う。
楽しかった妻や子供らの声が聞こえる。
笑い顔が見える。
そいて
次第に薄れて行く。

 通いなれた居酒屋の暖簾をくぐる。
また今宵も酔った。
へべれけに酔った。

 どうすればいい、
きょうもまた酔った。

 金ないよ、
でも、何故酔った?
何故酔ぱらった。

何故だ、何でだろうか?
こうして、このようにして生て行こう。
それだけしか、今のお前にはない。
できないなのだとわかっていても。

 そうか、
そうだよな。

聴けば辛くなるばかりなのに今夜も幾度となく聴く。
都の雨に

夜の屋富祖通り

雪のアンカレッジ

2011-07-19 22:49:04 | 随筆

 アンカレッジ空港に降り立つ。
一面銀世界の街だった。
私は誰かを探している。

 空港ロビーを出て隣のホテルに向かう。
足元の白さは雪か幻か、冷たくない。
たくさんの人が行き交う。
あいつがいない。
あいつが誰なのかわからない。
でも
あいつがいない。

 隣のホテルに入る。
ラウンジにはビッシリと席が埋まっている。
あいつがいない。
探し回るがあいつがいない。
ホテルのロビーに行く。
チェックインしようかと迷う。
でも
あいつがいない。

 元来た空港ロビーに戻ろう。
あいつがいない。
雪の道を歩いて空港ビルに辿りつく。
あいつがいない。
入り口近くの小さな隅に寄りかかる。

 「どうしたの、探したのよ」
由布子がそういいながら近づいてきた。
「うん」
そういっただけだけれど俺は小躍りした。
「ねえ、どうしたの」
由布子が覗き込む。
「待っていたんだ。待っていたんだ」
由布子の肩に手を置いた。
いつも抱きなれた細い肩。
「よくここがわかったな。よく来たな。ありがとう」
肩を抱き、腰を抱きしめた。
由布子の匂いがした。
「ごめんなさい。あなたがどこに行ったか分からなくて探し疲れた。」
「ちょっと気分が悪いの。ごめんなさい」
俺は由布子の腰に手を当て、頭を抱えて俺の肩に由布子の頭を載せた。
由布子の柔らかな身体が俺の身体に全身乗っかってきた。
ホテルに向かって歩き始めた。
由布子の香りが俺を包んだ。
幸せだった。
「由布子!」
俺は由布子を抱きしめた。

 意識が朦朧としながらも夢が醒め始める。
醒めたくない。
夢でもいい、このままでいたい。

 しかし、非情にも悪魔か神か、わたしを目覚させた。
由布子はどこにもいない。
あいつが自分の意思で俺を追ってきた。
この腕で抱きしめようと思った。
その瞬間、由布子は霧のように消えていった。

 由布子のやさしい、柔らかなぬくもり。
もう一度夢でもいいから逢いたい。
「由布子!」
由布子に逢いたい。

 掛布団をはねあげてトイレへ立つ。
いつも見慣れたテーブル、箪笥、電気釜がある。
風もないのに暖簾がゆれている。
「由布子。おまえは逢いに来たんだね」いいながらトイレのドアを開けた。