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女として大阪で暮らす。(朝鮮婆ではないよ)

自然を愛する人です。
そして動物を愛する人です。
植物も大好きです。
ニコ生すき、日本の糞ばばですよ。

天国って、面白いの?!(9)

2011-01-25 | 日記
コンサートの”まさまさ”は日常の毎日を、吹き飛ばすぐらいに楽しんでました。
じぶんのよろこびが、たくさんの人々へと、伝わるのが楽しくてしょうがありませんでした。

それから、猫はそのコンサートに、なぜか変な感じでいくようになりました。
”ごろごろ”のおりきのひとが、つれてってくれたからです。

人間の形の私は、しっぽを隠しながらそっと人間界でもおしゃれな格好をしていきました。
ときに、黒のドレス。
ときに、チャイナ風ロングドレス。

どれも、尻尾が出ないように、ちゃんと大きなパンツで美しい毛並みをかくしたものでした。
もちろん、たまにうれしいと、「ごろごろ」となってしまう自分に、やばさを感じていました。

猫である自分は、どうしても美しい毛並みを見せたいと思いましたが、なんせ猫ですので。
人間と恋に落ちるのは、ありえないと感じていたのです。

最初に、言ったように、「美しい心の人には、見える」それは事実なんです。
猫の毛並みと、パッチリとしたアイラインがはいったおめめと、そしてかわいい耳が、
見える人には、みえますし、たぶん見えない人のほうがはるかに多いはずです。

心の美しい人には、見えるとは、はどういうことでしょうか?
人に対して、優しい人で自分のことよりも、相手のことを考えられる人のことをいいます。

つまり、無償の愛のあるひと、見返りを求めない愛のある人のことです。
これは、難しくはありません。人のために喜ぶことができる人のことをいいます。

見える人には、見えるのは、心の目が透き通った人には、みえるのです。
顔の美しさとは、また違う心の美しさ、いいですかほんとうなんですからね。

”まさまさ”にはみえたんでしょうか。
さて、コンサートの最中に、みえたのです。

銀色に輝く毛並みの美しい猫が、猫の手で、うちわを振っている姿が、
あまりのおどろきぶりに、わたしもにやりとしてしまいました。

みえたのです。
一度ターンしかけた、あしをみだれさせて、ころんでしまいました。
しかし、踊りの上手い彼のこと、ダンスの演出にしかみえないほどでした。

猫は、おもいました。
「みえたんだ。私の美しい毛並みとかわいいおめめが」
それなら、彼はうつくしいこころで、まっすぐなひとなんだとおもいました。

猫の手は、はげしくうちわをふりつづけました。
そうして、大きなしっぽも、ふりふりしてゆれておりましたおおきな、パンツの中でね。

石の効果はありました。じつはですね。
その石は、美しい心にかえる魔法の石なんですから。

その石は、文鳥☆のしいくががりでも、優秀な人のみに配られる石なんですからね。
猫は、ひそかにがんばって、飼育ががりを毎日していました。

来る日も来る日も、がんばってひたすら、この任務にかけておりました。
さて、この任務は、人間に恋して、それについて調査することでした。

たとえばです。
人間は、いつ恋におちるのか?

恋に落ちた人間は、どんな行動をするのか?
それが、任務なのでした。

続く。

天国って、面白いの?!(8)

2011-01-25 | 日記
みなさん、話が大変それてしまい、ごめんなさい。
”まさまさ”は、石をしっかりとうけとり、ある町まで猫にあいにきたんです。

テレビでみるよりも、はるかおしゃれで、素敵な人でした。
遠くから、私を見ておりましたが、たまにあの声でなにかを、うたっていました。

おんちらしいのですが、そのときはかなり上手でした。
たまに、自分のおりきの人をつれてきていました。

ぜんたいてきに、黒が似合いオーラはあるけれど、悲しいオーラでした。
運命を悲しいくすすんでゆく、そんな自分をかなりうらんでいるようでした。

生まれながら、必然的に選んでゆくこの運命は、彼にとっては苦痛そのものでした。
なぜなら、野球選手になりたかったからです。

スターとしては、かなりすごかったのですが、心の中は満たされない日々をおくってました。
途中に”もりもり”がオートレサーに転向したときは、彼はうらやましかったのにちがいありません。

自分も野球選手になるのだけが、運命を変える方法でしたからね。
お金をたくさん稼いで、運命を見返してゆく、それが彼の夢でした。

星は、美しく光ります。
はかない運命のように、うつくしくひかります。

それは、何年も越えてゆくかなしみのかたまりをうちけすように、美しい光なのです。
”まさまさ”はかんがえてました。

せめて、悲しい運命なら、悲しい苦しい人々を、たのしませてあげようと。
それは、日常の苦しみを喜びにかえることが、彼の夢でした。

ダンスも、歌もとても、かんがえて、選んでました。
人々の、幸せは、じぶんのしあわせになり、よろこびになるようになりました。

普段笑わない人を、たのしくわらわしたり、踊りを積極的にとりくんでみたり、
それが、コンサートという、ひとつの祭りでした。

「だれひとり、悲しんでいる人がいない空間」を作るのが彼の目標でした。
そうして、自分の悲しみを、人の喜びへと昇華させるスターになっていきました。

たとえば、ディズニーランドでは、並びつかれることぐらいで、怒っているひとはいませんよね。
たのしいわくわくを、みんないだいて、テーマパークにおとずれるのですから。

コンサートは、いわば、みんなの幸せの空間にすることが彼の本当の望みでした。
そして、本当の苦しみを忘れ去る空間を、製作している彼でした。

つづく。