土佐のくじら

土佐の高知から、日本と世界の歴史と未来を語ろう。

最澄が残した暗い影 

2013-08-13 18:10:57 | 古代日本のスーパースター

土佐のくじらです。

先日の記事で、「日本に暗い影を投げかけた、有名な僧侶がいる。」と言いましたが、それは最澄です。

空海と並び称される高僧であり、日本天台宗の教祖です。
弟子筋からは、浄土宗、禅宗、日蓮宗など、日本を代表する仏教派が生まれ、天台宗は日本最大級の歴史を誇る大教団です。
その創始者である最澄が、いかなる影を日本に投げかけたか。

それはひとえに、その教えの解釈に拠ります。
古代日本のスーパースターというカテゴリーには入らないし、時代もかなり聖徳太子より下りますが、
今回は、日本で最も有名な僧侶、最澄について語らせていただきます。

聖徳太子から下って、平安京を築いた桓武天皇の優れたリーダーシップによって、平安時代という、その後の日本のお手本になった時代は幕が開けられました。

桓武天皇が空海・最澄といった、当時の新仏教にも手厚い保護を加えたことで、結果的に、奈良に閉じこもっていた仏教が、日本全土に解き放たれた形となりました。

全国には、”国分寺(こくぶんじ)”というものがあります。
これは、平安時代の県庁のような役割もしていました。
これは、地方行政機関がお寺・・・という、日本神道スタイルとは別の意味で、宗教と政治が完全に一体となった政治形態ですね。

さて、この最澄が唱えた天台宗。
この教義が問題なのは、一切衆生悉皆成仏(いっさいしゅじょうしっかいじょうぶつ)思想です。
つまり、全ての生きとし生けるものは、成仏しているのだ・・・という解釈をしてしまったことです。

仏教の基本スタイルは、一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)・・・
つまり、全てのものには、仏性がある・・・というものです。
お釈迦様は、「仏性があるのだから、がんばって修行しなさい。」というのが、本来の仏教の仏性論です。

これを最澄は要するに、全てのものは、仏なのだ・・・という解釈をしてしまったのです。
まぁ、それだけなら何とかなったのでしょうが、最澄の天台宗が大きくなりすぎ、思想が日本人に定着しすぎました。

そこからいわゆる、日本的な死生観である、「死んだら皆、仏になる。」という価値観になっているのですね。

日本では、死者のことを 「ほとけさん」と呼ぶことがありますね。
また、死ぬことを、 「おだぶつ(仏陀の逆語)」 と言うこともあります。
完全に壊れることも、「オシャカになる」と言ったりします。
これは語源は、「お釈迦になる」ですよね。

これは、死ぬ=仏という概念から来た、日本固有の言葉です。
海外の仏教国では、こういう言い方はしませんからね。

これは、最澄仏教(天台宗)の影響なのですね。
このことが、その後の日本にとって、大きく大きく尾を引くことになるのです。

最澄仏教の大きな問題点は、仏教から修行論をなくしてしまったことです。
要するに、「最初から悟っていて、死んだら皆等しく仏様になれるのなら、修行なんていらないじゃん。」ということになりますよね。
これでは、仏教的な信仰心のある人ほど、修行しないスタイルになってしまうのです。
まぁそれで、言葉は悪いかもしれませんが、インスタント宗教として、天台宗は日本に広まり、日本の代表的な宗教となりました。

問題は、この最澄思想の広がりによって、日本人から宗教教育の機会が失われたことです。
日本神道は儀式は存在しますが、そもそも教えがありません。
また聖書という経典を持つキリスト教は、日本ではメジャーにはなりませんでした。

最澄以降の日本では、仏教から修行論を取っ払い、事実上教えが抜き去られました。
最澄以降の日本では、約1200年余り、まともな宗教教育がなされていないのです。

宗教教育によって得られるものというのは、善悪の価値基準や道徳観が主ですが、それに加えて、論理的思考が鍛えられるという一面があります。
一つの基準に照らし合わせて、物事を呻吟することにより、論理的思考や多面的な視点を得ることができるのですね。

宗教が元となって文明や、新たな文明の価値基準ができます。
歴史をひもとくと文明の基は、全て宗教なのです。
実はこの論理的思考の力によって、人々の認識力が大幅に向上するからなのですね。

文明には技術も必要ですが、それを文明とするには、「何を美とするか。」という価値観が必要です。
文明が普遍性を持つには、芸術性が必要だからです。
文明には、その文明独特の美意識があり、その高度な美意識が文明に普遍性を与えているのです。

その根本にある「美意識」には、「神仏は何を善とし、何を美とするか。」という概念が必要なのです。
これが、無神論国家である共産主義国においては、芸術が発生しない要因なのですね。

つまり、文明の根本には、それらの価値基準の基となる神仏があり、それを伝える宗教があるのです。
ですから、宗教は大切なのです。

話がずれましたが、最澄は日本人から、この、”宗教教育による論理的思考”を得る機会を奪ってしまったのです。

日本人はとかく、論理的思考や複眼的視点の苦手な民族であると、私は思います。

明治新政府樹立(王政復古)→廃仏毀釈
戦争で負けた→武力放棄→憲法守れば平和になる
   〃    →無宗教
原爆落とされた→核アレルギー
原発事故→脱原発
税収不足→増税

日本人はこういった、短絡的な結論に、すぐに至ってしまうところがあります。
それには日本人が1200年ほどの長期間に渡り、日本人が宗教教育を受けていないからだと思うのです。
そしてこの根本原因に、最澄がいると考えられるのです。

最澄仏教には、修行論が入り込む術がありません。              
ですから最澄が開いた天台宗の延暦寺は、堕落した歴史が数多くあります。
織田信長が指摘し、焼き払ったこともありますが、原因結果の法則から見ても、最澄仏教だと堕落するはずです。

なぜなら、修行しようがしまいが、成仏できるに決まっているからです。
これだと信仰心の深い、まじめな人ほど堕落します。

この修行論の欠如という最澄仏教の問題点が、日本天台宗から浄土宗の法然や禅宗の道元、日蓮宗の日蓮などが生まれる縁となっているはずです。

つまり何が言いたいかと申しますと、
聖徳太子が信奉した仏教と、今日本人が普通に描いている仏教とは、全く違うものなのだ・・・ということです。


                                               (続く)