土佐のくじら

土佐の高知から、日本と世界の歴史と未来を語ろう。

国防プロジェクト 白鵬 (モンゴルエネルギー大国計画)

2013-11-30 12:07:00 | 土佐のくじら国防論

土佐のくじら(幸福うさぎ丸)です。

中国がまだ、航空識別圏問題で、日本に揺さぶりをかけています。
幸い世界は黙ってはいませんでした。

同盟国アメリカも、核爆弾搭載可能爆撃機を、台湾海峡内側から、中国が設定したとされる航空識別圏内を飛行しました。
日本の航空自衛隊機も、この空域を飛行したと伺っております。

今回の防衛識別圏問題を含め、中国の一連の日本への言動や、恫喝とも取れる嫌がらせを、私なりに分析するならば、
中国は、ただで日本を占領、または日本から、ただで何らかの利益を得ようとするつもりのように思います。
つまりこれは、要するに、最もリスクの少ない形で成果を上げ、利益を得ようとしているということです。

だとすれば、極めて侵略者らしい発想です。

ライオンの狩りで喩えれば、危険な狩りの行動をせずとも、餌である草食獣が自分たちに近づいて来たなら、これほど楽な狩りはありませんね。
たとえば沖縄の人々が、沖縄県民の自発的意思に基づく中国への帰属があれば、中国からすればそういうことが起こるわけです。

これが、沖縄を中心に、米軍基地反対運動や、一連の左翼的活動が展開され、地方新聞などの世論も、なんだか日本全体とは違う、左利きな論調で支配されている所以だということです。
つまり、沖縄の世論は既に、工作済みだと判断できます。

侵略というのは、軍事力を背景にしたビジネスですから、少ない投資(リスク)で、多い利益(リターン)を、
まずは狙うのが常套手段です。

私には、中国の一連の動きは、↑ように映ります。

であるならば、日本に対して、軍事的圧力を背景にした威嚇や恫喝をすればするほど、
また、対日や中共的愛国といった、薄っぺらい理念で、中国国民を先導すればするほど、
割の合わないような仕組みを創れば済むことです。

私なら、そう考えます。
拙ブログの記事が、愛すべき日本の、その一つの選択肢の一つとなれば幸いです。

ではどうすれば良いのか。
今その可能性を、土佐のくじら国防論では展開していますが、
今回は前回に引き続き、モンゴルを中心にした外交面です。

モンゴルの位置は、中国の北に国境を接する位置にあります。
国土のほとんどは、高山と草原、そして一部に砂漠があります。

国家としての基幹産業はまだほとんどなく、国内外の交通の便も決して良くはありません。

日本は、中国に隣接するモンゴルの近代化への道を創出するべきです。
私なら、このモンゴルを、エネルギー大国とします。

その機関エネルギーは、原子力発電です。
原子力発電事業を盛んにし、モンゴルを世界の電気文明最先地域といたします。

山に囲まれ、大きな川も湖もないモンゴルで、厳密な冷却システムが必要な原発が可能なのか?
可能です。

小型の原子炉ならば、地下水による冷却が可能だからです。
火力発電程度の発電量ならば、原子力空母や原子力潜水艦のエンジン程度に納まります。
この規模ならば、少しの地下水脈でも、原発が可能なのです。

その小型原発を、モンゴルの都市の周辺の山々にたくさん造るのです。
さすればモンゴルは、豊富な電力を利用した産業創出が可能となります。

モンゴルに山は、山のようにありますから(笑)、いくらでも原発施設を造れます。
山を通過できる放射線はありませんから、これは完全に安全な原発施設でもあります。

さてここで私から、皆さんに質問です。

山の中に原発を造るのですから、当然トンネルを通って、人や物を出し入れすることになりますね?
小型の原子炉や、ウランなどの原子力発電に必要な核燃料も、トンネルを通って、外からは見えない空間に入って行きます。

この映像を、中国などから見れば、一体どのように見えるでしょうか?  (笑)

では、お答えします。
この映像は、山の中にある秘密の核軍事施設に、核ミサイルの材料を、せっせと運んでいる様子と同じなのですね。(爆笑)

つまり、モンゴルの山の中原発は、外から見れば、核軍事施設と見分けが付かないのです。
これが、モンゴル核武装疑惑となります。

それがもし、日本資本によって造られたとしたなら?

私が週近平なら、この時点でお手上げです。(笑)

日本も脱原発など言わずに、今ある原発施設から、山の中原発にシフトすれば良いのですよ。
小型原発は、火力発電くらいの発電量しかありませんから、日本ならば、膨大な数の山の中原発が必要です。

山の中ならば、核軍事施設の疑いがあっても、攻撃などはされません。
山を打ち抜き、正確に基地を破壊できる武器などありませんし、侵略者には無駄撃ちはできません。

肝心なことは、侵略者的発想をする者は、割の合わないことは絶対にできないということです。
なぜならば、侵略者にとっての侵略とは、すなわちビジネスでしかないからです。

また、山の中原発がたくさんあったら、どれが原発施設で、どれが核基地なのかは、外からはわかりません。
100ある内、どれか一つでも核軍事施設なら、もう終わりですよね。(笑)

そう、核保有国同士は、核戦争はできないのです。
彼奴らは、他人が死ぬことは平気だけれども、自分が死ぬことは怖くて仕方ないからです。