私のだらしな日記

「更科日記」ならぬ、私の〝だらしな〟日記。(^^;)
日々のどーでもいい事を、だらだらと綴っていきます。

有難い…!

2024年01月29日 | 日々つつがなし

今は、無収入の私。

今年度分の生活費のプールが、今月で終わり、

来月分をどうしよう…と悩んでいたら、

今日、低所得者に、お金をくれるというお知らせが来て、

来月、貰らえることになりました。

有難い…!!

これで、一息つけそうです。

 

本当に、お金がない! 困ったなぁ…と思うと、

思わぬところから現れて、感謝しかありません。

 

これも、奇跡ですが、

なんだか偶然とは思えないのです。

 

いつも困った時に、助けが入る。

なんか、その事を今は信じられる気がしているのです。

なぜだかそうなるからです。

 

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

感謝です。感謝です。感謝です。

 

本当にありがとうございます。

 

ありがたく来月分に使わせていただきます。

 

感謝。(*´з`)

☆それでは今日もよい一日を。

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

 

 

 

 

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息子居ないと

2024年01月29日 | 日々つつがなし

部屋が広い・・・。

 

いいわ~・・・。

伸び伸びしている。

 

今回の事があって、息子を連れて、関東へ帰ろうと思っていて、

正直なところ、「ゲッ!また息子の世話をするのか」と思っていたけれど、

息子は息子で、今の職場に残りたいと言っていて、

図らずも一人で帰る事になった。

 

けれど、危ないので、いつでも息子が転がり込んでこれるように、

広い部屋を借りるつもりだった。

 

その事を話すと嫌な顔をされた。

 

せっかく、バイトからでも、職場に復帰できるようになったのに、

そんな事を言うのかと。

 

まあね、そういう考えもあるのでしょうが、

正直、危なくて、一人にしておけないということがあるんですよ。

 

それなのに、私までいなくなって、この子はこれからどうするのか?と。

 

こちらへ帰ってきてから、一年経った後、もう関東へ帰りたいなあと

思ったのだけれど、そうしたら、息子はどうしようと考えたら、

ふと、「あの子は大丈夫」と声がしたんだよね。

 

なので、「あ、なら、大丈夫。一人で帰ろう」と思ったのです。

 

でも、こんな事になって、一人でおけないし、下手したら、一生面倒みていかなければならないかも…

と思って、絶望していたの。

 

でも、あの時の声を信じて、とりあえずは、一人で残してみようかな?

 

ダメだったら、すぐに引き取ればいいし…。

そうしようと思い直しています。

 

タロットカードを引いたら、残しておいても大丈夫と出たので、

一人部屋を借りようかと思っています。

 

そんなに部屋あっても掃除が大変だしな。

それでいいかも。

家具は極力段ボールで出来たものにしよう。

処分が簡単なやつ。

 

まあ、息子がここで、しばらく働きたいのなら、それも良し、

私も、向こうで心置きなく治療をして、仕事も探さなければなぁ。

 

頑張ります。

 

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

 

感謝します。

 

全ては上手くいっている。

 

 

 

 

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さっき見ていた動画で

2024年01月29日 | 日々つつがなし

刑務所から出てきた人たちに、

ご飯を提供すると言うボランティアをしている

お婆さんが出てきて、

 

「反省はひとりで出来るけど、

更生はひとりでは出来ない」

 

と語っていて、しごく名言だと思ってしました。

 

困っている人に手を差し伸べるのも、

また人間なんだなぁ・・・と。

 

本当に、私たちの目指す指針だと感じました。

 

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

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悪人正機

2024年01月29日 | 日々つつがなし

悪って何だろう?と思う。

特定少年の裁判を見ていてそう思った。

 

私は、今まで、本当の悪人はいない、

それは道に外れた人が自暴自棄になって行うものだ、

と思っていた。

 

だから、死刑制度にも反対だし、

「許す」ということも人間には大事な事だと考えていた。

 

否、むしろ、許せない人を許すことこそ、

人間の一番崇高な愛だと思っていたのだ。

 

一番レベルの高い、ゴールに近いくらいの事だと思っていた。

 

けれど、たまたまテレビでやっていた、

報道番組で、事件の事を見て、

そうして、加害者家族、被害者の事を知り、

その考えが揺らいでしまった。

 

けれど、「少年の更生の余地はある」と

弁護士さんが言っていて、

そこでもまた、気持ちが揺さぶられた。

 

どっちが正しいのだろう。

このことをどう捉えたらいいのだろうと。

 

悪人正機の事を少し調べたら、

自分が正しくて、相手が間違っている、という考え自体が

「悪」なので、それを失くすこと、自分を内省することが、

その意味だということが多かった。

本当の犯罪に手を染める人のことではないと。

 

しかし、おそらく、そうではないだろう。

 

その意味もあるけれど、やはりここで言うのは、

本当に犯罪を犯した人たちをどう救うかということを

言っているのだと思う。

 

その罪を背負うのは当然だけれど、

そこに救いの手を差し伸べるのも私達人間なのだろう。

 

本当の「悪人」にこそ、愛は必要なんだと思う。

 

「神との対話」で、ヒットラーは人類に、

悪というものが、どういうものかを知らしめるために、

生まれてきたと書いてあった。

 

こういう事はしてはいけない、と私達が知るために、

そうして、そんな人達を生まないために、

私達が彼らに出来る事をするために、生まれてくるのだと。

 

逆説的だけれど、この人たちもそうなんだろうな。

 

私も弟夫婦の事を考えると、胸が苦しくなるし、

許さないとも思っている。

 

でも、それはそれでいいのだと、自分自身では納得している。

それもまたいいのだ。

 

全てを許す事、不問にすることだけが愛ではないし、

彼らが困っていたら助けてあげようとも思っている。

 

その時には、全面的に助けるのではなく、

彼らが更生できるように、手助けしようと、

そう考えている。

 

「愛」の捉え方は難しいよね。

私は、愛は、優しくもあれば、厳しくもあると思う。

その人にとって、一番いいのは何なのかと厳罰を与えるのも、

また愛なのだろうと。

 

「悪」を考えると、必然的に「愛」へ行きつくね。

 

愛って、なんだろう。

本当の愛は?と。

 

悪と善は表裏一体。

どちらへ転ぶかはその人次第。

 

いつも、私たちは、そういう事をつきつけられているのかもしれませんね。

 

そう思いました。

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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来月末

2024年01月28日 | 日々つつがなし

行きたい所があって、

九州も最後になるかと思うので、

思い切って、行ってみようと思っています。

 

それまでには仕事を何とかしたいなぁ~・・・。

 

 

 

☆それでは今日もよい一日を。

 

 

感謝します。

 

すべては上手くいっている。

 

 

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