2012年 アメリカ映画
これまでの数ヶ月間、どうも映画熱が冷め気味で、観始めても集中力が続かなかったり楽しめなかったりでした。この映画は、久しぶりにちゃんと観た一本。フィリップ・シーモア・ホフマンが出演しているというのが、この映画を選んだ一番の理由です。
カルテットを組んで25年のベテラン音楽家たち。素晴らしいバランスで美しい音楽を奏で続けてきた彼ら。しかし、メンバーの1人の体調に異変が生じたことから、ひとりひとりの胸の内、グループのバランス、私生活は舞台の上とは違った一面が表面化。
映画の感想の前に…この感想を書くために、日本の邦題を今回はじめて知ったのですが、ちょっと脱力どころではなくソファから落ちそうになりました。邦題の酷さは今に始まったことではありませんし、批判するのも今更な気もします。配給会社、映画会社でしっかりと話し合いを重ねた結果漬けられたタイトルなのでしょうが(…)、なんだか映画の良さを見事に半減しているようにしか感じられません。もし出演者を知らずに日本語のタイトルだけを見たら、私は多分この映画を見たいとは思いません。日本に限ったことではないかもしれませんが、小説の題名ってすごく大切です。芥川賞などの大きな賞の選考過程でも、題名の面白さ、引きつける力に関してはいつも言及されています。私は映画も同じく、作品として世に出すとき、特に特定のマーケットに向けてそれを打ち出すときに、そこに合わせたタイトルを現地の言葉で表現するのはものすごく責任重大なことである思っています。でもその責任の重大さに気づいていない人たち、もしくは会社がその任務を行っているように思えてなりません。
さて、あらためて映画の感想です。フィリップ・シーモア・ホフマンの演技を楽しむのに、いい作品でした。そして出演者たちのバランスが絶妙。誰か1人が抜きん出ているとか、誰かが誰かの影に隠れてしまうということがなく、それぞれの立場や一筋縄では行かない感情、人間の多面性が見事に表現されていて、どの役にも色あせがないことが素晴らしかったです。
そして、ここ数年お気に入りのイモジェン・プーツが出演していたのは嬉しい驚きでした。まだまだ20代の若い俳優なのですが、ただ与えられた役を演じているのではなく、「この子は本当にこういう性格でこういう感性の持ち主なんだろうな」と錯覚してしまうほど、その役の台本には細かく描かれていないであろう性格をしっかりと浮き上がらせる事のできる、類まれな俳優さんだと思っています。この映画の中では、「プロの音楽家を両親に持ち、自身もバイオリンの勉強をする学生で、子供の頃はツアーで忙しい両親に会えず寂しい思いをしていた」という役どころ。それが、例えば、彼女の笑い方、笑い声のトーン、そしてその状況をどうして面白いと思っているか、その笑いの裏にある彼女と登場人物との立ち位置…一つの笑いで、ここまで表現しているんです。
実は、私が彼女の演技に打たれたのは『A Long Way Down』というイギリスの映画だったのですが、この映画でも彼女の演技力の高さが光っていました。共演のベテラン俳優たちをもしかしたらちょっと食っていたのではないかと思うほど。この『A Long Way Down』は日本では公開されていないようで(2016年9月現在)、またあまり高い評価を得ていないようなのですが、私は大好きです!もう3回くらい見ています。
話をもとに戻します。
この『A Late Quartet』は、一応「コメディー」というカテゴリーになっています。映画を見てみると、あからさまに笑いを取りに行っている内容では決してありません。しかし、日常生活での人間の悲哀やその滑稽さ、心の葛藤や矛盾、感情の多面性など、一筋縄ではいかないところが、ほんの些細な日常のデキゴトの中に散りばめられていて、それがメンバーの体調不良をきっかけに表面化されます。道徳では割り切れない、どうにも出来ない人間の性やエゴたちです。それぞれの事象は、「映画やドラマでしか起こり得ないこと」ではなく、恐らく私達の誰もが多かれ少なかれ経験している、本人たちにとっては大事件…でも他人にとっては意外とよく聞く話…程度のこと。でも、だからこそ人間臭さとか面倒くささとか、同時に人間の可愛らしさが出ていて、登場人物たちが愛おしくなります。
私のお気に入りは、カルテットメンバー4人が抱えているそれぞれの問題が隠しきれなくなったあと、初めて4人そろっての練習の風景。ある者は自分に知らされていない何かがあることに気づき、ある者は衝撃の事実を伝えられ・・・こう書くと、本当に衝撃的でシリアスなシーンのように聞こえるかもしれませんが(当事者にとってはその通り)、赤の他人である私(や観客)は一歩引いてその4人のいざこざや衝突を眺めており、彼らが沸点を超えていく中で思わず発せられる映画の本文(と言うか物語自体)に関係のない本音ややり取りが物凄くリアルで、思わず声を上げて笑ってしまったほど。そこはベテランたちの競演(フィリップ・シーモア・ホフマン、クリストファー・ウォーケン、キャサリーン・キーナー、マーク・イヴァニール)だからこその抜群の間や駆け引き。そして台詞がすばらしい!特にこのシーンのシーモア・ホフマンを見て、「ああ、やっぱり私はこの俳優さん大好き!」と笑顔になりました。
最後の締め方もとっても粋でした。どんなに衝突しても難しさが合っても、お互いの才能はしっかりと認め合い尊敬しあっている関係が表現されていて、また反発しながらも両親の音楽家としての才能に憧れ愛している娘の姿もあり、静かでキザだけど、カッコいいエンディングだなと思いました。
おすすめ度:☆☆☆☆★