おちび Little
作:文エドワード・ケアリー
挿画エドワード・ケアリー
邦訳:古屋美登里 東京創元社
2019年11月刊行 598頁 4400円
この本をお勧めするにはあまり紹介者はアツくならない方がよかろう、と思った。
なにせ分厚い・600頁近くある・だから重い・そして高い・他の本2冊分だ・・!
これだけの本を読もうと手に取ってもらうには、自分の勝手な思い入れや価値観を押し付けてはならぬ、
この本に何が書かれていて、どう評価(面白いと思ったか?)を補足するにつとめようと思う。
主人公は冴えない容姿と貧弱な体躯と背丈の少女、アンネ・マリー・グロショルツ。
後にロンドンに伝説的な興業館マダム・タッソーの館を創設した実在の女性である。
1761年フランスストラスブールで産まれ1850年90歳でロンドンで没する。
作者エドワード・ケアリーは「望楼館追想」で作家デビューする前に、マダム・タッソー蠟人形館の人形監視人をしていた経歴を持っている。
その縁から彼女の数奇な生涯を、他の小説を創作するかたわら、実に15年の歳月をかけて書き上げた。
マダムタッソーは彼の元の職場の創業者であるから資料も伝聞もそれなりにあっただろう、だが200年前、
日本なら江戸時代、かの国ではフランス革命の時代である。
筆者は残っている書簡や印刷物を原資料としながら、足りない部分(彼女自身の情動や人間同士のドラマ性など結構多いはずだ)を見事に補填し一つの大河物語に組み上げた。
文章は終始、おちび、マリーの視点で語られ、要所要所にエドワード・ケリーによる雰囲気のあるペン画が挿入されている。
小説家でありながらこのペン画も結構達者で超絶に上手い、というわけではないが不気味で実に味がある。
本は随時彼女の居場所が変わる5~10年毎に各章に分けられ記述される。
幼女時代の両親と死別し天涯孤独となり、人嫌いの蝋型医療技師の義父と出会う章から幕開けする。
やがて彼女はパリに義父と移住し、蝋人形作成を生業とする。
二人の住居の家主の業腹な未亡人に迫害されながらも自分も蝋人形の手業を身に付け、奇妙なめぐりあわせから自分の容姿とよく似たフランス国王ルイ16世の妹エリザベートに出逢う。
そして彼女の美術教師兼女中として召し出されベルサイユ宮殿で暮らすことになる。
さらに時代は激動し、パリは王制打倒フランス革命の嵐に雪崩れ込み、おちび、マリーもその家族、周辺の者たちも血と銃煙の濁流に巻き込んでゆく・・・
自分が読む時に脳内スクリーンに映る映像はベルばらの舞台で、おしん・かちびまる子が必死に前向きに生き抜いてゆく、といった(ミもフタもない)ものだった・・?他の読者のご意見を拝聴したいものです。
終始 ゴシックでともすれば暗く、血生臭い時代であり、不幸で不運な少女の物語なのだが、それでいて奇妙なユーモアとバイタリティーに自分も彼女の時代にトリップ(旅行 & 酩酊)させられる気がした。
読み終えたときは、結構な達成感と、遠い放浪の旅からようやく自分の居所に帰ってきて、畳の上に寝転がったような気になったものだ。
斯様にこの本は、万人に受け入れられブームとなる本ではないが、この本のどこかに引き付けられ巡り合わざる負えない運命の読書人にとっては、スタンド使い同士のように、濃密で忘れられない読書の数日間を与えてくれる本だと思う。
わかる人にだけオススメする、
いわくつきの本、である。