ザリガニの鳴くところ Where the crawdads sing
著:ディーリア・オーエンズ Delia Owens
訳:友廣純 装画:しらこ 早川書房
2020年3月 511頁 1881円
この本に語るにはそれなりの準備が必要だ。
なぜなら、すでに多くの先輩本読みや、批評家、各界の名うての読書レビュアーたちが激賞賛しているからだ。
本書のネタバレこそ注意深く言及されずいるが
(それもこの本の読者のマナーの良さ、この本に寄せる愛情の表れだ)おおよそのストーリーやこの本は何について書かれた本かがわかる。
だから自分の場合はこの部分は割愛して別の視点からレビューさせていただくことにする。
主人公が棲む湿地が昼と夜で、また天候や季節によって様々な貌を見せて魅惑するように、本書でもまた別の視点で愛でることが出来る。
準備とはその、他の視点で本書を語るための準備ということだ。
そんなわけで、また僕の語りたい病が発動してしまうのだが、膨大なボリュームになりそうなので、小出しに、今回は一つだけにする。
作者ディーリア・オーエンスについての視点がその一つだ。
彼女は70歳のアメリカ人女性、生態科学者で、科学雑誌や自然雑誌に多くの発表を寄稿しており、ノンフィクションの著作もあるが、小説の出版は作者の今までの強い継続的な情熱にも関わらず世に出ていない。
本作が言うならば御年70歳の処女作・デビュー作である。
(日本ではおらおらでひとりいぐもの若竹千佐子が63歳デビューだが7歳も若い)
彼女の年齢にも、そして文藝とも異なる生業にも驚くが、その彼女が書いたデビュー作がデビュー作らしからぬ小説としても面白さと、格調高さを有していることに読者は更に驚くに違いない。
きっと、本書の面白さと同レベルの、この本のメイキングにはドラマがあったに違いない。
作者が70年間持ち続けた書くことへの情熱、家族の励まし、編集者の協力、
最初のプロットを編集者に語るときの作者の目の光、
編集者が喰いつく鼻息、
モデルとなった登場人物(とりわけジャンピン)におずおずと文章を手渡し、じっと反応を待つ作者のたたずまい、
或いは、表紙を選んで見本の初摺りを手にした感動に流す彼女の涙、
それらが実にありありと僕の脳裏に浮かぶ。
是非既読の皆さんもそんな空想を楽しんでほしい。
そう、優れた本には、その内容だけではなく、存在そのもの、意義、それが生まれた経緯さえも読者の感動の源泉となる。
そんなことを思った。