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ラン科は最も進化している植物のグループと言えます。ポリネーター(送粉者:花粉を運ぶ虫などのこと)との共進化でラン科の花は実に変化に富んでおり、わたしの興味もそこにあります。
今回は、パフィオペディラム属以外の洋ランを取り上げたいと思います。
● 花の基本構造
ラン科を代表するシンビジウムの花で説明しますね。ちなみに下の写真の品種はCym. Roseberry 'Yong Lady'です。
花は左右対称の形をしており、外花被片3枚と内花被片3枚から構成されています。形状と配置の点から、外花被片は背萼片(ドーサルセパル)と側萼片(ラテラルセパル)にわかれ、内花被片は側花弁(ペタル)と唇弁(リップ)にわかれています。特に唇弁は品種毎に特殊な形に進化しており、受粉のために重大な役割を担っています。時に唇弁は蜜標で美しく飾られ、ポリネーターの着地点にもなっています。またある種では、苞葉が花弁様の形態をしていることもあります。蕊柱(ずいちゅう(コラム))は、雄しべと雌しべが合着してできた構造物で、ラン科に特徴的です。ずい柱の先端には葯帽があり、その奥の葯室には粘着体付きの花粉塊が納められています。葯帽とは、花粉塊を雨や乾燥、紫外線から守っている帽子のようなもので花粉塊が変質しないようにカバーのような働きをしています。柱頭はずい柱の下側にあり、成熟するとその表面が粘液で覆われます。
● 受粉の過程
ラン科の受粉は、花粉がぎっしりつまった花粉塊をポリネーターに運ばせ、一度に受粉させるという独特な方法で行われます。この理由については、一つの果実に数万から数十万という莫大な数の種子が入っていることに関係あります。
ポリネーターは蜂を始めとする昆虫やハチドリなどの小鳥が考えられます。受粉の過程について虫を例に考えてみます。花の魅力に引き寄せられた虫が唇弁にとまって花の奥に入ろうとすると、葯帽の隙間からのぞいていた粘着体がその虫の頭~背中に付着します。すると、粘着体とつながっている花粉塊が引き出され、虫に運ばれることになります。その虫が別の花に入ろうとしたとき、花粉塊は粘液に覆われた柱頭にトラップされるのです。その後、花粉塊は粘液により膨潤し、柱頭の組織に巻き込まれ吸収されます。受粉は、正確に言えばこの段階のことです。そして莫大な数の花粉管がずい柱の中を胚珠に向かって伸びていき、受精となります。
以下、属ごとの特徴を記していきますね
● リカステ属(Lycasete: 略号Lyc.)から。
3枚の外花被片(背萼片と側萼片)、及び3枚の内花被片(唇弁と側花弁)の形状が、それぞれ類似している特徴があります。唇弁(リップ)は側花弁(ペタル)と大きさや形が似ています。。多くの場合模様も3枚一緒です。また、バルブ(シュードバルブ;偽鱗茎)とよばれる茎が変形した組織が目立ちます。扁平な卵形で水分や養分を蓄える組織です。
またこの写真を載せちゃいます。だってすごく美しい、ずーと見ていたいなぁ。品種名は、Spring Rouge
Lyc. Rakuhoku
写真の背景が無粋。背景を思いっきりぼかしたかったのですが、愛用カメラを忘れてしまって・・スマホで撮ったのでした。
Lyc. John Ezzy
この品種はリップだけが赤く目立ってかわいらしいです。リカステはパフィオペディラム属の花と違って一鉢で多数の花を咲かせることができるのも魅力。それに花の色が多彩ですよね。3回前の記事で写真に載せたような黄色い花もあるのですよ。あれは、Lyc. Katsuragawaという品種です。
● プロステケア属(Prosthechea 略号:Psh.)
Psh. vitellina
以前この品種はエピデンドラム属(Epidendrum 略号:Epi.)、その後、エンシクリア属(Encyclia 略号:Enc.)に属していましたが独立してプロストケア属になったということです。新たな知見により科や属が改められることがしばしばです。アップデートしていかなくちゃ・・油断しているとよくわからなくなってきますよね。
ペタル、セパルは朱色なのに対して、コラムとリップはオレンジ色に統一されて一体化しています。なので、花の中心から突き出た構造の途中にコラムの先端があり、この穴からポリネーターが出入りします。
Psh. Sunburst 'Express'
こちらはvitellinaと違ってリップがコラムの幅よりも広がっています。また、リップが上向きで花が逆立ちしているように見えます。園芸店でエピデンドラムとして販売されている花も同じ特徴があって、コラムとリップが一体化したものが上に伸びています。
Psh. brassavolae
こちらは、リップは幅広でコラムとリップの一体化は下向きです。
● カトレヤ属(Cattleya 略語:C.)
動物の鼻頭のようなコラムが特徴です。コラムとリップの間隔が大変狭く、力強いポリネーターが、花の中にこじ開けて入ろうとするときに受粉するしくみになっています。カトレヤの仲間はどれも良い香りがします。
C. walkeriana
C. World Vacation 'Costa del Sol'
walkerianaに比べてリップが華やかで大きいのでコラムは奥の方で目立ちません。
● リンコレリオカトレヤ属(Rhyncolaeliocattleya 略号:Rlc.)
この属はカトレヤ属とリンコレリア属(Rhyncolaeria 略号:Rl)を交配して人工的に作り出されました。
Rlc. New Purple
この株の出品者はNHK趣味の園芸でもおなじみの江尻宗一(むねかず)さんです。須和田農園のラベルが刺さっていました。
カトレヤ属とリンコレリア属共に香りが良いことで知られています。なので子にあたるこの株も良い香りがしていました。
● レリア属(Laelia 略号:L.)
L. anceps Sanbar Gloriosa
色彩が大変美しい品種です。この属のランを交配に用いて以下の2属が人工的に作り出されました。
● レリオカトレヤ属(Laeliocattleya 略号:Lc.)
この属はカトレヤ属とレリア属を交配して人工的に作り出されました。
Lc. Santa Barbara Sunset 'Showtime'
カトレヤ属、レリア属ともに美しい花が多いので子のレリオカトレヤ属も美です。
● カウレリア属(Caulaelia 略号:Cll.)
この属はカウラルスロン属(Caularthron 略号:Cau.)とレリア属を交配して人工的に作り出されました。
Cll. Mizoguchi 'Princess Kiko'
リップの縁が紫色で奥に模様があります。コラムとペタルの縁が薄紫です。つぼみは薄いピンク、パステルカラーで名前の通り上品です。
● フレッドクラーケアラ属(Fredclarkeara 略号:Fdk.)
この属はカタセタム属(Catasetum 略号Ctsm.)とクロウェシア属(Clowesia 略号:Cl.)とモルモデス属(Mormodes 略号:Morm.)を交配して人工的に作り出されました。
3つの属の三元交配は、2属間の交配でできた子株に3番目の属の品種を掛け合わせてできます。
Fdk. Aftter Dark 'SVO Black Pearl'
しぶい黒褐色の花が印象的です。生育期の春から秋は葉を出していますが休眠期の冬には全ての葉を落として花を咲かせます。この落葉性は、元となった3属すべてに見られる性質です。写真のように大きなバルブが目立っています。
● シクノデス属(Cycnodes 略号:Cycd.)
この属はシクノチェス属(Cycnoches 略号:Cyc.)とモルモデス属を交配して人工的に作り出されました。
Cycd. Taiwan Gold 'Orchis GC-20th WOC'
後でネットで調べたら「コーヒーのような良い香りがします」とのこと。その情報あらかじめ知っていれば鼻を近づけたのに・・鉢の横にでもその品種の特徴を書いておいてくれるといいなぁとは思いました。
リップは平たいお皿のよう。それに向き合うようにコラムがカーブしています。
● トリコセントラム属(Trichocentrum 略号:Trctum.)
Trctm. splendidum
他の花被片と異なる大きなリップが印象的です。原産国(中央アメリカの熱帯地域)ではこの黄色に引き寄せられるポリネーターがいるんですね。一体どのような生物なのでしょうか。興味深いです。画像検索しても虫?がとまっている写真は見つけられませんでした。
● バンダ属(Vanda 略号:V)
湿潤した環境に生育する着生ランで、水や養分を貯えるためのバルブがありません。
V. Lou Sneary(?)この鉢についていた品種ラベルには別のスペルが書かれていました。なので(?)マーク。
展示では、長い根がたくさん出ている状態でバスケットの中に置かれていました。花には細長く伸びた「距」があるのでおそらくポリネーターは口の長い生物、例えば蝶や蛾とかでしょうか?ポリネーターが訪花しているところ、写真でもいいので見てみたいです。
● セロジネ属(Coelogyne 略語:Coel.)
Coel. cristata 'Suwada'
たくさんの花がついていて立派な鉢です。
リップ上の黄色い毛羽だった構造物が特徴的です。覆い被さっているコラムにポリネーターが着実に触れるのに役立っていると見られます。
Coel. RinyHope 'Orange Glow'
透明感のあるオレンジ色の花被片。ガラス細工のような美しさ。
● ポリスタキア属(Polystachya 略語:Pol.)
Pol. bella
大きく華やかな花を咲かせているランが並ぶ中ではあまり目立つとは言えませんが、自分で育ててこんなかわいい花が咲いてきたらうれしくなりますよね。
ラン科には他にも興味深い属や品種が多数あります。特に● バルボフィラム属がおもしろいので日を改めて紹介したいと思います。
来年は世界らん展に行ってみたいなぁ。
生存競争に勝ち抜く洋ラン
洋ランの分布の中心は熱帯雨林です。熱帯雨林は植物の繁茂が著しく、特殊な生態を持たないと生存競争に勝ち抜けません。洋ランは一体どんな工夫をしているのでしょうか。
まず一つめが着生することです。樹木の枝などに着生し、高い位置で生育することで光合成に必要な光を労せず手に入れています。熱帯雨林には多数の植物が茂っているため、林床にはほとんど光が届かず地面から新たに生育しようとすると極めて難しくなります。一方、高い所では水を得るのは困難。しかし、雨量が多いことを利用してラン科植物は乾燥に耐えられるように葉や茎などを進化させています。特に根は太く、貯水性のある構造に変化しています。
二つめがラン菌を利用する能力です。必要な栄養をラン菌から得ることで胚乳を持たない小さな種子でも発芽や成長に問題がなくなりました。一果実当たり数万個から数十万個という埃のような種子をばらまけるので進化のスピードが増し、適した環境にたどり着ける確立も高まりました。こうしてラン科植物の繁栄と多様性がもたらされています。また、ラン菌が根にとり着くことで、樹上という養分の少ない環境でも支障なく生育できるという利点があります。
三つめは、特殊な昆虫を受粉に利用していることです。多種類の植物が混在し開花している環境では、虫媒花であっても同種間での花粉の受け渡しが困難になります。そこで、特定の昆虫をポリネーターに採用し、それ以外の昆虫を受粉に関わらせないように共進化させることで、大切な花粉塊を無駄にしない工夫がなされています。共進化であるため、花の構造、形状、大きさや、色、香りなどに虫好みの個性と多様性が見られ、それがまた園芸的にも価値が出て人々を魅了するのです。ただ、特定の昆虫だけをポリネーターにすると、その昆虫が絶滅した場合に子孫が残せないという危険性が生じます。しかし、その心配よりも、花粉塊が着実に受粉に使われ無駄にされないことにエネルギーを使っているところを見ると、進化の上ではそちらの方が大切なようです。
最後は、ラン側の工夫ではないですが、人間に気に入られて進化のスピードがさらに増しました。自然界では起こりそうにない属間雑種が人工的に次々作り出されています。ただし、江戸時代の朝顔ブームと同様に、人工的な新品種でも人間に忘れられれば容易に絶滅です。
新発見の洋ランやおもしろい形や色の洋ランは園芸的価値と希少価値が高まり違法取引が絶えません。現在ではワシントン条約によって国際取引が厳しく規制されていますので、くれぐれも法令遵守でラン栽培を楽しむようにお願いします。また、日本産のラン科植物も絶滅が心配される種もありますので盗掘などなさらぬようにお願いします。
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