紫陽花はキライでした。(過去形です^ ^)
子供の頃紫陽花はあまり好きではありませんでした。
何故かというと
梅雨のジメジメした時期に咲いていて
なんか重っ苦しい、とか、
色が薄くなって変わっていく様子がイマイチ、とか
つまりあまり良いイメージを持っていなかったのです。
亡くなった母は好きだったようです。
正確に言えば好きだった、というより
決してキライではなかった、というか。微妙ですけど。
というのが
父がどうも私と同じような印象を紫陽花に対して持っていたようで
母が「お父さん、こんな風に言ってたんよね〜」と残念そうに言っていたことがありました。
その時は
ゲッお父さんと私、おんなじこと考えてた!!
という軽いショックを受けておりました。。。(°_°)
その後、母が亡くなりました。
亡くなったのが6月ということもあり
ある時叔母(母の妹)が母について
紫陽花を見ると母を思い出す、とか
紫陽花の頃に旅立った姉
という風に表現していたのを聞きました。
それにつられて私も最近は
紫陽花を見るとなんとなく母を思い出すようになりました。
最近思うのですが
紫陽花にも色々と種類があって
うわー!美しい!
と感動するようなものもあるんですね。
ジャックの散歩の途中で気づかされます。
濃厚な色、花びらの可憐さなどなど。
今まで自分が気づかなかっただけで存在していたんでしょう、
また品種改良もされているのでしょう。
でも去年もジャックの散歩で見ていたはず、
家の近所をいつもぐるぐる回っていますから。。
でも見えていなかったんだと気づかされます。
紫陽花だけではありません。
他の植え込みでも
あれ、このコ、こんな可愛い花が咲くんだ!とか
うわ、ここのコこんなに色が鮮やかだったっけ!とか
そんなことが何回かあると
いかに今まで自分が
周りを見ていたようで見ていなかったのか、と気づきます。
また、自分のキャッチする力が弱かった、または偏っていたのかと
気づかされます。
もっといろんなことを
柔軟に受け止められるキャパの広い人になりたい
これからもっと人にもモノにも優しくならねば
と、そんなことを考える最近です。
よって今は
紫陽花はキレイだなぁ♪と思っています(*^^*)
子供の頃紫陽花はあまり好きではありませんでした。
何故かというと
梅雨のジメジメした時期に咲いていて
なんか重っ苦しい、とか、
色が薄くなって変わっていく様子がイマイチ、とか
つまりあまり良いイメージを持っていなかったのです。
亡くなった母は好きだったようです。
正確に言えば好きだった、というより
決してキライではなかった、というか。微妙ですけど。
というのが
父がどうも私と同じような印象を紫陽花に対して持っていたようで
母が「お父さん、こんな風に言ってたんよね〜」と残念そうに言っていたことがありました。
その時は
ゲッお父さんと私、おんなじこと考えてた!!
という軽いショックを受けておりました。。。(°_°)
その後、母が亡くなりました。
亡くなったのが6月ということもあり
ある時叔母(母の妹)が母について
紫陽花を見ると母を思い出す、とか
紫陽花の頃に旅立った姉
という風に表現していたのを聞きました。
それにつられて私も最近は
紫陽花を見るとなんとなく母を思い出すようになりました。
最近思うのですが
紫陽花にも色々と種類があって
うわー!美しい!
と感動するようなものもあるんですね。
ジャックの散歩の途中で気づかされます。
濃厚な色、花びらの可憐さなどなど。
今まで自分が気づかなかっただけで存在していたんでしょう、
また品種改良もされているのでしょう。
でも去年もジャックの散歩で見ていたはず、
家の近所をいつもぐるぐる回っていますから。。
でも見えていなかったんだと気づかされます。
紫陽花だけではありません。
他の植え込みでも
あれ、このコ、こんな可愛い花が咲くんだ!とか
うわ、ここのコこんなに色が鮮やかだったっけ!とか
そんなことが何回かあると
いかに今まで自分が
周りを見ていたようで見ていなかったのか、と気づきます。
また、自分のキャッチする力が弱かった、または偏っていたのかと
気づかされます。
もっといろんなことを
柔軟に受け止められるキャパの広い人になりたい
これからもっと人にもモノにも優しくならねば
と、そんなことを考える最近です。
よって今は
紫陽花はキレイだなぁ♪と思っています(*^^*)