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新国立劇場オペラ公演「魔笛」

2018年10月06日 | pocknのコンサート感想録2018
10月3日(水)新国立劇場オペラ公演
新国立劇場

【演目】
モーツァルト/「魔笛」K.620

【配役】
ザラストロ:サヴァ・ヴェミッチ/タミーノ:スティーヴ・ダヴィスリム/夜の女王:安井陽子/パミーナ:林 正子/パパゲーノ:アンドレ・シュエン/パパゲーナ:九嶋香奈枝/モノスタトス:升島唯博/弁者、僧侶I、武士II:成田 眞/僧侶II、武士I:秋谷直之/侍女I:増田のり子/侍女II:小泉詠子/侍女III:山下牧子/童子I:前川依子/童子II:野田 千恵子/童子III:花房英里子

【演出】ウィリアム・ケントリッジ 【美術】ウィリアム・ケントリッジ、ザビーネ・トイニッセン 【衣装】グレタ・ゴアリス 【照明】ジェニファー・ティプトン 【プロジェクション】キャサリン・メイバーグ 【舞台監督】髙橋尚史

【演奏】
ローラント・ベーア 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団/新国立劇場合唱団

3年ぶりに「魔笛」を観た。2005年にモネ劇場で上演されたケントリッジの演出は、素描とアニメーションのプロジェクションによるアートなステージが評判を呼んで世界に広まったということで、それが新国立劇場に登場した。客席は超満員。

話題のプロジェクションマッピングによって舞台には太古から宇宙へとつながる壮大な世界が現出し、その中に居合わせるような感覚を味わった。このプロジェクションは、豪華絢爛な大スペクタクルを意図したものではなく、シンプルなドローイングや心温まるアニメーションに徹し、モノトーンで統一されたことで、宇宙のなかの小さな星である地球で、太古から営まれている人間のドラマにスポットが当てられ、「魔笛」の人間愛や寛容さが鮮明にクローズアップされる効果があった。

ベーア指揮東フィルも、このコンセプトに則って華美で大げさになることなく、きりっと引き締まったフォルムを保ちつつ、登場人物の憧れや悲しみ、胸の高まりなどの心情を丁寧に、愛情深く、繊細に生き生きと描いた。織り成す弦の柔らかな美しさ、軽やかに行き交う木管の音色も格別で、タミーノが吹き鳴らす笛の調べにフルート四重奏曲のメランコリックなメロディーを採用したのもピッタリだった。磨きのかかった合唱と共に歓喜を表現する金管は、合唱の後光のように柔らかな光彩を放った。管楽器による「魔笛のファンファーレ」はとりわけ印象深かった。ファンファーレが3度繰り返される度に力を蓄え、試練に対する若者を鼓舞し、向かうべき道をはっきりと指し示していた。

演奏でもう一つ印象に残ったのは、登場人物がセリフを語るときに、アドリブのように入るピアノの調べ。こんな調べが入るのを聴くのは初めてだし、モーツァルトがスコアに書き込んだわけではないはずだが、これが登場人物の気分をよく表し、その後のアリアなどへの繋ぎの役割をうまく果たしていた。

そして、歌の素晴らしかったこと!「魔笛」は名アリアの宝庫でもあるが、アンサンブルも欠かせない魅力のひとつだ。その代表格が、このオペラの象徴的な数字である「3」にちなんだ三重唱。冒頭からアンサンブルでオペラを飾る3人の侍女、増田のり子、小泉詠子、山下牧子の濃密で艶やかな三重唱は、美しいハーモニーで魅惑し、「メルヘンの始まり」の気分を高めてくれた。カーテンコールでは彼女たちに「ブラーヴ」が飛んだ。

ソロで最も感銘を受けたのは林正子のパミーナ。ふくよかで柔らかな声と滑らかな表情で、聴き手の心を温かく包み込んだ。パミーナが歌うと、そこだけポッと灯りが点ったような存在感がある。2幕のアリア「愛の喜びは露と消え」の最後に”Ruh”(安らぎ)と歌う最弱音の、繊細でありながら太い存在感のある声には、最高の絶賛を送りたい。

安井陽子が歌った夜の女王は、コロラトゥーラの1つ1つの音が、1幕の「若者よ、恐れるな」では星のように輝き、「復讐の炎は…」では、鋭く心に突き刺さってきた。ヴェミッチのザラストロは威厳があり大きなスケールを感じさせ、ダヴィスリムのタミーノは品が良くて表情豊か、パパゲーノ役は大抵外れがなく、今夜のシュエンも元気と茶目っ気たっぷりの熱演だった。その他、どの歌い手も満足できる出来栄えで、オペラの核心を表現するため、それぞれが大きな貢献を果たしたと云える。

この「核心」とは、僕にとっては、宗教的なものや哲学的なものより、親密な人間愛だ。だらしなくて女好き、臆病者のパパゲーノが、厳しい試練の場で多くの人達の助けを得てカワイ子ちゃんと結ばれるシーンが、タミーノとパミーナが試練を乗り越えるシーンよりも後に置かれ、あんな心躍るデュエットが用意されているなんて、モーツァルトの人間愛(もしかして自分自身への?)を感ぜずにはいられない。そんなモーツァルトの思いが感じられることが、僕にとって「魔笛」の最大の魅力だ。その意味で、終幕に向かうごとにジーンとした今夜の「魔笛」は、核心に迫る素晴らしい公演だった。
♪侍女2で出演 小泉詠子の歌を聴く♪
金子みすゞ作詞「鯨法会」(MS:小泉詠子/Pf:田中梢)(YouTube)
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~(YouTube)

拡散希望記事!やめよう!エスカレーターの片側空け

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