
「ねえ冴棘さん?この前、部屋にいた子って、本当に妹さんなの?」
高地で四方理をしていたら、凛殻がいきなりそんなことを聞いてきた。
「いくら妹さんだって、お兄さんの家でシャワー浴びるのっておかしいわ」
猜疑の眼差しで冴棘を見つめる凛殻。
冴棘は答えた。
「君が何を言ってるのか分からないな、僕は」
それは昨夜のこと。
あの時、荒天の高地でいよいよコトに及ぼうとしたその時、凛殻は急に訪ねてきたのだ。
「あの子は僕の妹、筆尾さ」
もちろん妹なんかじゃない。

「あの日はほら、雨が降っていただろ?今日みたいに穏やかな天気じゃなかった。だから筆尾、びしょびしょになってやってきてさ。風邪でも引いたら大変だからとシャワーを使わせたのさ」
冴棘は声で動揺を悟られぬよう、なるべく平坦に、何でもない事のようにそう答えた。
その言葉を聞いても、凛殻の目からは強い猜疑の色が消えない。
「冴棘さん、最近なんだか付き合いが悪いわ。今日だってしっかり尻尾破壊してくれない時あるじゃない?」
「今日は四方理だからね、そこまで部位破壊に拘らなくてもいいんじゃないかな」
「ええっ、それじゃ私は本体剥ぎ3%だけで満足だって言うの!?」
凛殻は冴棘の言葉に信じられないという声を上げた。
「そんなんじゃないさ。第一、四方理の報酬でも2%の確率で出るだろ?」
「それは、いつものでもそうじゃない!そんなのじゃ私、満足出来ないわ!」

「だいたいその妹さん、筆尾さんでしたっけ?最近やたらと会ってるみたいじゃない?それもこれも四方理のせいなの!?」
「ああ、たまたま今週はブースト週と四方理のスケジュールが重なっていてね。1度会えば2度会うことになっているのさ」
「・・・それだけじゃないわ。お守りも使っているでしょ?」
凛殻の探る言葉に、ここは正直に答えたほうがいいと判断した冴棘は、歯切れ悪く申し訳なさそうに答える。
「うんまあ・・・そりゃ効率を考えるとそうなっちゃうよね・・・」
「くやしいっ!なんで私を増やしてくれないの!」
「しょうがないじゃないか、四方理なんだし・・・それに相手は妹だぞ?なんだか今日の君はおかしいよ」
冴棘は少し呆れたように、癇癪を起こす凛殻をなだめる。

本当は、筆尾と会ったのは8度目だった。
いや、それ以前、凛殻とこんな関係になる前、年末のギルド優先依頼では10回ほど。
彼女は特異な存在だった。
彼女はハードコアなプレイでしか、本当の姿を見せない。
冴棘は、すっかり筆尾の魅力の虜となっていた・・・お守りを使うほどに。

沼地の四方理はそこそこに切り上げた。
毒怪鳥の尻尾はそこまで胸に響く子じゃないし、横にはまだ凛殻がいる。
「四方理はあと一つ、砂漠の水竜ね。早く終わらせて、高地に戻りましょ」
凛殻が艶っぽい瞳の輝きで冴棘を見つめてくる。
冴棘はその視線を正面からは受け止めず、さらりとかわして次の四方理の地へと向かった。

水竜の四方理は狩猟こそ簡単なものの、報酬の方はどうにも奮わなかった。
冴棘にとっては泡玉など、どうでも良い相手だった。
はやり心躍るのは筆尾。

「報酬はダメだったけど、ほら、1つ取れたわよ!」
となりではしゃぐ凛殻を、やや遠くから見つめながら、冴棘は思った。
そろそろ潮時かもしれないな、と。
「なあ凛殻。僕の隣に居て欲しいのは3%じゃないんだよ。2%や1%。そう、僕と同じ、本当の希少素材なんだよ」
その言葉に、凛殻は動きを止めた。
みるみる青ざめていく彼女。
「頼むから、今日で終わりにしないか?・・・目障りなんだよ」
「・・・酷い・・・っ!」
凛殻はそれだけの言葉をやっと絞り出すと、おもむろに冴棘に向かってきた。
冴棘は彼女の手の平で頬を張られる覚悟をした。殴られる可能性もある。
だがそれで、彼女が自分のことをすっぱり忘れ、この不誠実な関係を解消出来るならそれでいいと思った。
それがお互いのためだと。
しかし、目を閉じた冴棘が聞いたのは、体に何かが、深く差し込まれる鈍い音。
「えっ・・・」
「本当は、高地に戻ったら殺るつもりだったんだけどね、しょうがないよね」
冴棘は急に力の入らなくなった足を折り、その場に崩れた。
薄れゆく視界の中、凛殻の声を聞く。
「ゲーム中の要求総数は209。これでも私、結構モテるんだけどね?もう聞こえてないかしら冴棘さん?」
「僕は、確かに107だが・・・貴重さでは僕の方が・・・」
消えゆく意識の中、冴棘はかろうじて凛殻にそう答えた。
そして、倒れた。自分の血溜まりの中に。
「そう言えばあの子、筆尾だけど、確かに冴棘さんの妹になったかもしれないわね、もしかしたらの未来の話だけど」
凛殻は動かなくなった冴棘を一瞥し、去っていった。
「だって、あの子、私の妹ですもの」
<終>