お若い方々は知らないだろうな…。😊( ^)o(^ )
江戸時代も盛んに遊ばれていた、絵札のカード遊びのことだ。
猪は子孫繁栄。
鹿は幸運や俸禄の象徴。
蝶は円満な結婚生活の象徴。
それらすべてを揃えた「猪鹿蝶」は、とても縁起の良いことなのだ。
大昔、私の通ってる中学校は、浅草も学区地域に含まれていた。
親の職業は、商家、職人、サラリーマン…と、種々雑多だったが、その中に、ちょっと異例な職種の家もあった。
職業と言えるのかどうか…。
侠客…が、友人のお父さんの職業だった。
子分衆も大勢いて、彼女は、お嬢さんとして、彼らから、あがめられ、大事にされていたようだった。
勿論、彼女の友人である私も、大事に接してもらい、ちょっと面映ゆかった。😊( ^)o(^ )
ある日、遊びに行ったとき、花札を教わったのだ。
ルールも何も知らなかったけれど、3種がそろえばラッキーだと言うことで、夢中になって、遊んだ…。
夕方近くになると、子分衆の誰かが、私を自宅まで送ってくれた。
堅気のお嬢さんを一人で帰すわけにはいかない…と。
家に着くと、父はぎょろッとした眼で、私を見た。
取り立てて、叱られはしなかったけれど、子供心に、異質な世界なんだ…ということが分かったような気がした。
その後、彼女とは、なんとなく疎遠になり…。
学校にも来なくなった。
時たま、あの異様に興奮した時のことが思い出される。
彼女も、80歳を超えて、いいおばあちゃんになっていることだろう…。
どうしてるかな…。
代々の勝負師家系の我が家!とりわけ祖母博打が大好き💕祖母のみならず家族一同皆同じ。笑。花札🎴はお正月の定番でした。
炬燵に座布団を乗せて祖母が煽る。さあ、お父さんかかってらっしゃい!てな具合。皆が小箱に小銭を入れて一文100円が相場。
我が家は家庭内賭博場でした。
猪鹿蝶、赤短、青短、親の総取り!
今思うとめちゃくちゃ楽しかったです。
あの頃に戻れたらどんなに幸せか!
家族でしてたし、友達ともして遊んでました。
警察の記者クラブではもっぱら花札、茶がら麻雀、サイコロ遊びのチンチロリンをして時間を潰していました。
もちろん金はかかっていました。
でも、一度も警察に踏み込まれたことはなく(そもそも警察庁舎内ですから)、時々広報課長が傍に来てニコニコしながら眺めていたり…
NH Kの「事件記者」で見た光景そのものでしたよ。
大昔の話で、今はそんなことはないようです。
そうですかぁ、浅草の親分さんのお嬢さんと懇意だったんじゃぁバクチの本丸じゃないですか。
イノシカチョウの質ってものが違います。
匂いを嗅がれたんならそれだけで羨ましい話です。
それにしても、花札って色も意匠も見事なものですね。
眺めているだけでも惚れ惚れします。
日本の庶民文化って、大したもんです♪
(⌒▽⌒)アハハ!🌞
座布団の上で勝負!
なんでテーブルでなく、座布団なんだろう…。
あの時の楽しさ、思い出したわ。😊( ^)o(^ )
まるちゃんは、若いのに、やはり、年寄りっ子ね!(笑)
昔は、家庭でも、やったんですね。
我が家はトランプでした。
でも、花札は、きれいな図柄だし、面白いですよね~。
(´∀`*)ウフフ🌸
凄い! 事件記者、覚えてますよ!
あの世界だったんですね。😊( ^)o(^ )
記者さんだったんだ…。
文がお立ちになるのは当然だったんですね。
はい! 浅草、田原町のお宅でした。
今は、もう、無いでしょうが…。
子供だったから、見るもの、聞くもの、興味津々。
愉しかったですよ!
お正月は百人一首、坊主めくり、花札、すごろくと色々遊びました。
四光、五光、月見で一杯、花見で一杯、松竹梅、雨流れ、役はなんとなく覚えていますが、点数どうだっけ?ちゃんと季節に合った札があって、なんか任侠映画のイメージもありますが、結構古風で良い感じの遊びだとも思いますよね。
あらら・・・。
結構、家庭内での遊びだったのね~。
私は、てっきり、任侠の世界だと勘違いしてました。(笑)
図柄は、きれいだと思います。🌸
もうルールは忘れましたが、このフレーズはしっかり覚えてます。
子どもの頃、いとこのお兄ちゃんに教えてもらい、夏休みや冬休みにいとこの家で遊んでました。多分トランプのポーカーもそこで覚えました☺️
我が家もお正月は 花札やおいちょかぶ(トランプ) をやってました😅
小銭をかけて大人はわざと負けて 子どものお年玉になりました。
結婚した家のお正月はとても堅苦しかったので 自分の家とは違っててビックリしました笑笑 任侠さんのお家なんてすごいですね🎶