りぞあかぶろぐ2
ココログで2006年から掲載してきたライフログ「りぞあかぶろぐ」の第2弾です。




この、ヤッホー商店街、洒落でつけたというんだが…。

 

 

 
 

野方で、「や」「ほう」じゃない!

 駅前から少し歩いたところにあるヤッホー商店街。ようは、野方をやほうと呼んだことからだそうで。

 その近くにある野方食堂。入ってはいないのですが、東京都民生食堂の看板が飾ってある老舗です。

 戦時中は、食糧難。米の配給制と同時に、食堂も登録制となり、ひとりひとりの米の量を記録する「米穀通帳」が発行され、単身赴任者など、主に外食で暮らす人は、米穀通帳を提示して「主要食糧選択購入切符」、いわゆる「外食券」を交付してもらい、登録された食堂で食事をしたとのこと。その後、食糧事情が改善、昭和26年(紀元2611キリスト暦1951)に外食券制度が廃止に、この時外食券が使えた食堂が民生食堂となります。「外食者に対して、低廉で栄養価の高い食事を供食するとともに、災害時における一般都民に対する供食事業を円滑に進める(東京都民生食堂指定要綱)」ことを目的に制定された、かつて都民の食事を支えた食堂制度です。

 まあ、庶民の味方ということですかね。

 ちなみに、民生食堂は、都内西側ではここのみ。東側にも数件しかないとのこと。

 そして、昔らしい商店街というかなんというか、文化マーケット。こういうところは、案外、とがった飲食店や小物屋なんかが入ったりしているんですよね。

 戦後のバラックに端を発する生鮮食品市場だったそうですけど。

 TBSのドラマ99.9刑事専門弁護士のロケに使われたという記事も見ましたが。

 その近くにある笑い地蔵尊です。

 この地蔵尊の向かいにパチンコ屋があるのですが、そこは、かつて「西武座」という映画館でした。

 そこの館主 阪本恒雄さんという方の夢枕に「微笑んでいるお地蔵さま」が立ったことから、旧家の庭先にあったお地蔵さまを移設し祀ります。

 終戦直後の苦しい生活が続く中で、お地蔵さまは人々の笑いと商店街の繁栄を祈願して、昭和22年(紀元2607仏暦2491キリスト暦1947)に安置されたとのことです。

 今では、このあたりに大きな火災がないことから、火伏の仏様とも言われ、「野方笑い地蔵尊保存会」によって大切に管理されており、毎年10月26日には清谷寺住職によって読経がなされ供養祭が行われるとのこと。

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