幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

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マイナンバー制度は、国民に銃口を向ける行為。

2015-11-14 20:53:30 | 減税

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今月から全国民にマイナンバーが支給され始めました。

このマイナンバー制度、知れば知るほど、危ういです。

元来このマイナンバー制度は、国民総背番号制度であり、その本来の目的は、資産課税が目的です。

財務省は否定するでしょうが、このマイナンバーによって、いつでも資産課税ができる体制が構築されます。

きっと財務省は、「資産課税などはしない」と言うでしょう。

しかし、マイナンバー制度と軽減税率とを絡めることで、個々人の消費の動態が把握しようとすればできることは、国民の所得から資産まで、行政が把握しようとすればできるわけです。

ということは、いつでも資産課税をしようと思えばできるわけで、これは、増税という縦断を込めた銃口を国民に向ける行為であり、その引き金を為政者が握れるということです。

元来資産課税というのは、国民の私有財産保有を認めている、現行憲法に違反しているとも言えます。

なぜならば、蓄積された資産と言うのは、もうすでに納税が終わっているからです。

納税というのは、利益(所得)に対する行政への対価です。ですから行政は元来、所得に対して課税できます。

しかし資産や企業の内部留保などは、すでに納税が終わっており、これに対する課税は二重課税となるはずです。

ですから、相続税や固定資産税などの資産税は、納税の基本や自由財産権から見れば、あってはならない税金と言えます。

「税金は金持ちから取れば良い」というお考えもあるのは存じておりますが、それですと、誰も金持ちになれない社会が出来上がることは、私有財産を認めなかった、かつてのソビエトや東ヨーロッパ社会の没落が歴史的証人であります。

豊かな国民が暮さない国が、豊かな国家になれるはずがなく、国民を貧乏にする政治的選択は、必ず国家や地域の衰退を招きます。

金持ちから税金をふんだくって国民総貧乏になるよりは、金持ちをたくさん輩出できる社会が自由で繁栄していて、幸福度が高くなると思います。

またマイナンバーを管理するのは、日本国の機関ではなく、どうやらエフセキュアという、フィンランドの民間企業だそうです。

http://blog.goo.ne.jp/sakurasakuya7/e/4fea192ab9865ea2ee8f48d7dd5166bd

http://blog.goo.ne.jp/hikarinonakama/e/7b1ebc0e412d4bdba8c1830a2840cca2

http://rokkou-kabuto.seesaa.net/

国民のプライバシー情報を、利益団体である民間企業、しかも外国企業に任せる制度というのは、担当者を国会訊問しなければならない重要事項なのではないでしょうか?

この件に関してマスコミ、特にテレビマスコミが沈黙を続けている現状に、正直私は、とても恐ろしいものを感じております。

はっきり申し上げて、このマイナンバー制度を作った官僚も、それに随した政治家も、追及しないマスコミも、知性も理性もどうかしているんじゃないでしょうか?

そして私たちは、国家が国民の生命と安全と財産を守ること以外の、こまごまとしたことに深入りさせないようにしないといけないです。

でなければ政府はどんどん肥大し、納税コストは上がり、それだけではなく国民の自由が、いつの間にか制限されていきます。

本日は、ハイエクというドイツの経済学者の霊言「ハイエクの霊言(2010年6月幸福の科学出版)の中から、彼が「自由の死」ということに警告している部分をご紹介します。

彼は生前、ヒットラーのナチス党を批判しています。

霊言の中でも述べられていますが、ナチスは投票型の民主主義的過程から生まれたものであり、善意を装ったものであっても、それが全体主義国家に変貌することは十分にあり得る、ということですね。

私たちが政治選択を考えるうえで、このことは忘れてはならないと思います。福祉国家と不自由な牢獄社会とは、表裏一体なのです。

小さな政府を目指す幸福実現党をご支援くださいませ。

               (ばく)

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未来創造の経済学

「各人が、それぞれの持ち場で最大の努力をするほうが、結果的には全人類の前進になる」 ということです。

そうであるならば、国民にとって大事なことは何であるかというと、「自由の死を最も恐れなければならない」 ということです。

そして、それが、良い結果になるならばいいのですが、残念ながら、世界の歴史を見るかぎり、自由の死が来ると同時に、必ず全体主義国家が現れるのです。自由を抑圧する国家です。

国民の自由を抑圧し、統制して、国家がつくり出した一定の方向性や規範にすべてを従わせようとする傾向が出てきます。その結果、自由を取り上げられた国民たちは、それを取り戻すことができなくなっていくわけです。

福祉国家ができることに一種のユートピア幻想を持っている人が数多くいます。

「それは、自分たちの自由の死を意味し、自分たちの未来を特定の人たちに預けてしまうことになる」 ということを、理解していない人が数多くいるのです。

善意を持って行動しているように見えながら、結果としては、やがて悪いものがやってきます。

このあとに来るものは圧政です。やがて、それがやってきます。あなたがたの自由はなくなり、圧政がやってくるわけです。

 悲しいことに、「みなさま一人ひとりの面倒を見ます。老後まで面倒を見ます。福祉をします。子供の面倒を見ます。全部、国家が引き受けます」 と政府が言った結果、やがて国民が地獄を見る事態になっていくことに、やっている当の本人たちが気づいていないのです。

「人の理解力というものは、そこまで届かないものなのか」 ということを感じます。


 

大川隆法総裁 2015年9月の法話・霊言ダイジェスト


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