『心と肉体』
病気になりたいと、本気で願っている人はいないだろう。
だが、日本の大病院は、スーパー並みに混雑している。
人は、表面意識とは違って、潜在意識では病気を求めている。
仕事が挫折した時。
勉強に疲れた時。
人に叱られた時。
恥をかき、名誉が傷つけられた時。
自分からは、休みが欲しいと言えない時。
自分の能力に限界や劣等感を感じる時。
負け犬根性になった時。
周囲の過大な期待に押しつぶされる時。
ストレスのはけ口がない時。
悲観論を信じる時。
生活の乱れを直せない時。
罪の意識に縛られている時。
さて、もうおわかりだろう。
病気の原因は、心が弱っているからだ。
祈り、信じ、回復することを、強く求めよ。
その念いが、肉体に働きかけるのだ。
自分は、本質的に丈夫であると信じなさい。
希望と信念と仏法真理が、決定的に治癒力を高めるのだ。
『現代医学と宗教』
現代医学と宗教の関係をどう考えるべきか。
難しいテーマではあろう。
しかし、私は、現代医学も仏神の指導の下にあると思う。
医療系の光の天使を、仮に医神と呼ぶとすると、医神のルーツ(根源)をたどっていくと、必ず、ヘルメス神に行きあたるからだ。
また、西洋医学と、時に対立する東洋医学も、そのルーツ(根源)は、老荘思想や仏教にあり、僧侶が医術を教えていた例は多い。
もちろん、病気治しをする宗教にも、仏神が盛んに協力している。
たびたび奇跡を起こして人々の信仰心を高めている。
ここで大切なことは、医学と宗教の協調・協力である。
信仰を理解する医師であれば、心の力を使って、もっと病気が治せるであろう。
時には、言葉と薬の併用で、奇跡のように難病も治せるだろう。
また宗教者も、医学の光の部分と協力すれば、悩める人々を救える範囲が広がるだろう。
目的は人々の幸福なのだから、互いに、助け合えることが望ましい。
『不死を得る』
仏教には、「不死を得る」という言葉がある。
肉体生命が失われないという意味ではない。
諸行無常の理は、何人も曲げることはできないからだ。
この「不死」とは、永遠の生命を悟るということだ。
生き通しの生命に気づくということだ。
生死の彼岸に達するということだ。
「生」「老」「病」「死」の苦しみのとらわれを去り、
怨憎会苦(おんぞうえく) 愛別離苦(あいべつりく) 求不得苦(ふぐとくく) 五陰盛苦(ごうんじょうく)
を加えた八苦から解脱する方法、それが仏教の修行であり、悟りへの道でもあったのだ。
この世的な自我我欲を捨てよ。
自分一人良かれという念いを捨てよ。
争いの心を鎮めよ。ただ仏性のみを見つめよ。
仏陀と、仏陀の説く法と、それを弘める教団に帰依せよ。
大川隆法 「心の指針」第二集より
【VOCALOID】とんじんち【萌える幸福の科学】
● 愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること
● 怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと
● 求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと
● 五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと