佇む猫 (2) Dr.ロミと助手のアオの物語

気位の高いロシアンブルー(Dr.ロミ)と、野良出身で粗野な茶白(助手のアオ)の日常。主に擬人化日記。

よく似た男(3)コルティジャーネ

2019年07月29日 | 手記・のり丸
 『コルティジャーネ』の社長室に入ると空気がピリっと緊張した。
黒服達はふてぶてしい表情で無言で突っ立っていた。
黒服達が野犬なら『江戸一本舗』の女のコ達は小型愛玩犬だ。
後からついて入った伊藤と私は雑種犬というところだろう。
 
「みんな揃ったな」
中央に浅黒い肌をした細身の男が立っていた。
端正な顔が引き締まっており、目つきが異常に鋭い。
この男の場合は犬に例えることはできない。
そもそも「種」が違うと感じた。
おそらく、この男は犬ではなくコヨーテだろう。
それもアレキサンダー・マックイーンの服を着たコヨーテである。
 
「昨日、王野がバックレた。競馬が終わった直後に消えたらしい…」
 
王野はギャンブル狂で過去にも巨大な借金を背負ったことがあった。
その時は、競馬で大勝ちして借金を返せた。
今回も「あの時の奇跡」を願って金をかき集めて賭けたが、その結果が「逃亡」という形になったのだ。
 
「俺が言いたいことは三つだけ。まず『江戸一本舗』は閉める、そして俺にはおまえらの面倒を見る義務はない、他のコはいらないが小雪だけは『コルティジャーネ』で引き受けてもいい、ということだ」
 
「ところで、念のため聞いておくのだが…王野に金を貸した奴はいるか?」
4人の女のコが手を挙げた。
「千夏、いくらだ?」
「60万です」
「ミクルは?」
「100万です」
「愛理は?」
「80万です」
「…で、小雪は?」
「300万です」
 
「何て言われた?投資で増やすとか…そういう話か?」
女のコ達が「そういう事です」と答えるとコヨーテは深いため息をついた。
「小雪、おまえ何歳になった?」
「……28です」
と小雪はコヨーテに答えながら、すまなそうな顔でチラっと私を見た。
こんな時に「すまなそうな顔」をする小雪に私は驚愕した。
(そもそも小雪が23歳でも28歳でもどうでも良いことだ。)
 
「株や債券を知らないおまえらが、王野が店長というだけでホイホイ金を預けるのか」
重要なことを三点だけしゃべってサッサと解散したかったコヨーテに、何かのスイッチが入ったようだ。
 
職業に貴賎なしか?この世はな、貴賎だらけなんだよ。
ここにいる男共も自分がどんな仕事をしているか田舎のオフクロにちゃんと言えるか?
 
小雪、おまえは雑誌に「顔出し」までして売ろうとしたのは何の為だ?
たくさん稼いで早く足を洗いたいからだろう?
 
吉原だけじゃねぇ、どこの社会にも詐欺師、泥棒、嘘つき、馬鹿、そしてずるい人間が一定数いるんだ。
ずるい人間はどこでもいるんだよ、それらが常に自己評価が低い人間を利用するんだ。
 
王野はおまえらをチヤホヤしてきた。
おまえらを褒めちぎっておだてまくった。
なぜチヤホヤするのか?…おまえらのことをバカにしてなめきっているからだ。
おまえらは、ギャンブル狂がどんな嘘でも平気でつくことをわかっていない。
おまえらは王野に利用されていることすらも気づかない。
 
世界中で歴史上もっとも虐げられてきたのは何だと思う?
分かるか?そこのおまえ、答えろ、…え?黒人じゃない、それよりもっと、もっとだ。
世界中で最も虐げられてきたのは「女」だよ。
女はずっと虐げられてきた。
男の大半は女を虐げていることすら無自覚だ。
 
おまえらは「金の為」にここに来た。
品定めされて、ただの容器になる仕事だとわかってきている、わかってきているんだ。
だったらもっと賢くなれ、(頭を指して)ここを使え、死ぬほど使いまくれ。
でないと、ずっと同じことの繰り返しになるぞ。
 
 
女のコ達は始終うつむいていた。
「社長、勉強しました」
とミクルが顔をあげて涙声で言った。
 
「お金を預けたあたしが悪かったです…だけど、せめて王野さんに恩赦を」
と小雪は言った。
 
「(はぁ~)まるで、まるで話にならん。許す相手を間違えている」
コヨーテはかぶりを振った。
これ以上話してもしょうがないと思ったのか、
「まぁ、そういうことで。じゃ…小雪だけ残って」
コヨーテは解散宣言した。
 
そして、最後に我々に向かって言った。
「週刊『作話』さんですが、小雪がもし『コルティジャーネ』に入ったら取材はナシで。ウチはずっと週刊『ライアーボーイ』さんなんで」
「わかりました」と伊藤は答えた。
 
=====
 
 
私は王野のことを忘れていた。
王野は「もう死んでいるかもしれない」とあの頃は思っていた。
 
 
視力の悪い私のことだ。
全くの人違いかもしれない。
人違いだったら、私の妄想は電車の中で炸裂していたことになる。
 
けれども一瞬(王野、生きていたのか)と思った時に笑みがこぼれた。
 
いったい何の笑みだろう。
王野に生きていて欲しいと私はどこかで願っていたのだろうか。
笑みの理由がわからないまま、私はずっと電車に揺られていた。
 
 
 
 
名前、店名はすべて仮名です。
 
 
 
 
《今日のロミ》「しかたないな」という表情
 
 
 

よく似た男(2)江戸一本舗

2019年07月24日 | 手記・のり丸
黄昏時で、空は深い濃紺になり雲はオレンジ色に染まっていた。
三月でまだ風は冷たく、「寒い、寒い」と言いながら伊藤がコートの襟を立てて歩いていた。
 
『江戸一本舗』に着くと、女のコ達が店の前で寒そうに立ちすくんでいた。
ボーイの小林と前田もいた。
店の中には誰も入ることができないようだ。
 
「釘打ちされている」
と誰かが言った。
「釘打ち?」
私が戸惑っていると、小雪が駆け寄ってきた。
「のりちゃん!扉という扉が外から全部開かないようになっているのよ」
「(…のりちゃん?)」
伊藤が小雪と私の顔を代わる代わる見た。
「(店が摘発されたのかな…でもそれにしては変だな)」
私は小声で伊藤に伝えた。
 
しばらくすると、ドヤドヤと数人の黒服がやって来た。そして、
「全員!ここにいる全員!そのまま『コルティジャーネ』の社長室に行って!すぐに!」
怒鳴るような声で言った。
「早く早く!」とせかされるように『江戸一本舗』のメンバーはぞろぞろと向かいにある『コルティジャーネ』という店に入っていった。
 
伊藤と私が呆然と立ちすくんでいると、
「失礼ですが、あなた方は?」
と黒服の一人が聞いてきた。
 
「私共は週刊『作話』の者です。本日は小雪さんの取材で参りましたが…」
「…あ、そぅ…小雪の取材ねぇ。…ん~、でもまぁ説明の手間が省けるから、このまま一緒についていってよ」
 
状況が全くつかめないまま、伊藤と私はメンバーにくっついて『コルティジャーネ』に入った。
 
 
====
 
「江戸一本舗」の店長は王野という男だった。
ボサボサとした眉毛の下に人懐っこい目があり、シュナウザー犬みたいな顔をしていた。
 
よく椅子の背もたれを抱きかかえるようにまたいで座り、背もたれの上に本を乗せて読んでいた。
おそらくその姿勢が一番身体が休まるのだろう。
 
「当分は、小雪(23)で通すから…」
「はい、わかりました。今回も23歳にしておきます」
「…小雪、たぶん今日もギリギリで来るわ。あのコねぇ、おばあちゃんの面倒もみているから忙しいんだよ」
「そうなんですね」
 
王野は軽口で饒舌だった。
「ウチのボーイの山田、知ってるよね?」
「山田さん?」
「ほら、巨漢の…」
「あ、わかりました」
「あいつさぁ、一卵性の双子でな、兄貴も吉原にいるんだよ。兄貴は『マドンナバージン』の前によく立っているから、通った時に顔を見てごらん」
 
『王野』談
《山田は2年前、30歳で刑務所から出てきた。
10代の頃から刑務所に入りっぱなしだったから全然世間ズレしていないんだ。
ところが兄貴の方は世間の荒波にもまれてきたもんだから顔も悪相だ。
ウチの山田は仏のような顔をしているだろう。
不思議なもんだな、刑務所に入っていた方が人相が良いなんて。》
 
 
参考【ウサビッチ兄弟】
 
 
「ごめんね、今日も化粧しながらしゃべってもいいかな」
小雪は個室ですぐに下着姿になり、化粧を始める。
毎回、小雪が化粧をしながら打ち合わせるパターンになっていた。
 
「…あ、そうだ。のりちゃん、いなり寿司食べる?」
「いただきます」
 
世の中には人が差し出したものは食べない、という人がいるだろう。
私は逆だ。差し出されたものをなんでも食べることにしている。
貧乏だった私は、どんなものでも食べてサバイブしてきた。(…といったら少し大袈裟だが)
たとえ個室付き特殊浴場の中でも、そのポリシーは変わらない。
 
 
小雪はサイドテーブルの上にいなりの入ったタッパーと箸を置き、冷蔵庫から麦茶を出してコップについで「どうぞ」と差し出す。
「作ったの、あたしが。たくさん作りすぎたから、みんなの分も控室に置いてきたわ」
 小雪はいろんなものを作っては、店のみんなに時々差し入れをするようだ。
 
私はいなりを口に入れた。
いなりの味付けは甘すぎず酸っぱすぎず、絶妙にバランスが取れていて美味しかった。
「…うまい、すごくうまいです」
と私が言うと、
「よかった」
小雪が壁面の鏡の中から嬉しそうに笑った。
 
私はいつ頃からか小雪に「のりちゃん」と呼ばれていた。
 
「ねぇ、のりちゃん、ご飯をちゃんと食べてる?…あ、そうだ。ちょっとこれ食べてみる?」
それがサンドイッチだったり、おにぎりだったりするのだが、小雪はいつも私に食べ物をくれた。
 
「おかあさんはまだ帰ってこないの?お腹すいた?なんか食べる?」
昔、そんな親切でおせっかいなお姉さんが近所にいた。
小雪は大きく分けるとそういうタイプだった。
そして、底抜けのお人好しだった。
 
色気のないことを書き連ねたが、裏側事情はそういうものだ。
 
  
日が落ちて、あたりが薄暗くなると街に灯りがともる。
歓楽街は賑わい、虚飾の世界に人々が遊びに来る。
虚飾の世界では真実をむき出しにする必要はない。
売り手が自分を演出するのは必然である。
 
幻想の親密システム。
束の間の「錯覚」を売るビジネス。
虚飾の世界に遊びに来たら、長居をしてはならない。
神秘的な夜の海岸も、日が昇ると空き缶だらけの現実に戻る。
 
だから、「なんでこの仕事しているの?」という客の質問が、例外なく女のコに嫌われるのは言うまでもない。
最も野暮で馬鹿げた質問だからである。
 
(続く)
 ※名前、店名などはすべて仮名です。
 
 
今日のロミ
 

よく似た男(1)電車の中で

2019年07月17日 | 手記・のり丸
先日、阪急電車に乗っていた時のことだ。
顔の左半分にビシバシと視線が突き刺さってくるような感覚を覚えた。
視線が来る方向を辿ってみると、左斜め前の座席に座っている男がジッと私を見つめていた。
私と目が合うと、男は手に持っているスマートフォンに目線を落とした。
 
(…ん?気のせいか?)
私はもう一度男を見た。
(キングダム)
突然、私の脳裏に「キングダム」という言葉が浮かんだ。
マンガの題名か?
なぜあの男を見た時に「キングダム」が出てきたのか?
あの男と以前どこかで会ったことがあるのか?
 
私は男を観察した。
髪の毛がボサボサで、眉毛も目にのしかかるように伸びている。
(こんな顔の犬がいたな……え~と、シュナウザー、そうそう、シュナウザー犬にそっくりだ…)
そんなことを考えながら男を見ていると、再び男が顔を上げて私の方を見た。
私は瞼を閉じて寝たふりをした。
 
私の脳はシングルタスクであり、当然マルチタスクのように複数の作業を同時にすることはできない。
その上、演算速度(回転)もひどく遅い。
その為、一つのことをいつまでもしつこく長く考え続けることができる。
 
(キングダム…キング…キング……小雪、…ん、小雪?…意味がわからん、寝るか)
いや、ここで諦めてはいけない。
脳の訓練の為に、投げ出さずに最後まで思い出すのだ。
(思い出せ、思い出すんだ…脳がんばれ、行け行け!GO!GO!)
脳に訳のわからない方法でプレッシャーを掛けながら、全力で集中することにした。
 
…カタカタカタ…脳はゆっくりと作業しながらも過去のデータを整理していた。
そうこうしているうちに「六甲駅」に着き、男が立ち上がる気配がした。
瞼を開くと、長身の男が電車を降りていく後ろ姿があった。
 
(王野!)
やっと名前がはじき出された。
男が「王野」という人物なのか確かめようがないが、私は王野という男のことをはっきりと思い出していた。
 
 
私は東京にいた頃、ライターをしていた時期があった。
学生アルバイトくずれのライターだった。
週刊「作話」で記事を書かせてもらっていたが、主に(ほぼ98%)風俗嬢の紹介記事だった。
カメラを持って取材に行き、記事を書く…そういうことを一年半ぐらい続けていた。
 
私が週刊「作話」を辞めることが決まった時、伊藤という後輩が私の後を引き継ぐことになった。
伊藤と私はしばらく一緒に行動することになった。
 
「今日は吉原の『江戸一本舗』に行くよ」
と告げると、伊藤は目を輝かせた。
「『江戸一』の小雪さんですよね……いや~今日はついているなぁ」
伊藤は小躍りしているようだった。
 
小雪は典型的なキツネ顔で、目じりが吊り上がっており、顎がキュッと尖っている。
「こういう気の強そうな顔って好きだな。このコ、相当キツそう…」
小雪の写真を見て、伊藤は勝手にイメージを固めていた。
 
(残念だな。小雪はお前が思っているようなタイプではないんだよ)
と思ったが、口には出さなかった、
そのかわり「吉原の帰りに『桜なべ』行こうか?」と伊藤を誘った。
 
(続く)
 
名称はすべて仮名…一応。
 
 

《今日のロミ》

 
 
 
 

案内人 アナザー祖母

2019年05月03日 | 手記・のり丸
(母方の)祖母は日本人だが、女優のジョーン・ヒクソンのような雰囲気があった。
 

【映画の中でミス・マープル(アガサ・クリスティー/原作)を演じるジョーン・ヒクソン】
 
 
両親はしきたりを厳守していたので、親戚の集まりには家族そろって主席しなければならなかった。
そこは旧態依然としており、因習的で閉鎖的な空間だった。
その中で唯一話せる人物が(母方の)祖母だった。
考えに柔軟性があり心根が優しく、分け隔てなく孫を可愛がる人だった。
しかし私はそんな祖母が発する言葉に反発を覚えることもあった。
 
「自分より下の人を見なさい。自分より恵まれていない人を見なさい。そして今の自分に感謝しなさい」
それが祖母の口癖だった。
私はその言葉に納得することができなかった。
 
 
祖母が亡くなってから何年か経った頃、私は夢を見た。
夢の中で私は知らない町をさまよっていた。
その時、祖母が道案内人として夢に登場した。
 
夢の中で祖母は帽子をかぶり、ジョーン・ヒクソンのような姿をしていた。
「生前の私は語彙が乏しくて、自分の思うところを正確な言葉で人に伝えることができなかった。だから今、案内人という仕事(修行)をしているんだよ…」
祖母はそう言った。
 
祖母と私は多くのことを語り合った。
言葉で話しているというよりも、祖母の想念がテレパシーのようにダイレクトに流れ込んできた。
同時に自分の中で「身動きできないぐらい自分を縛っている観念」がどんどん外れていった。
 
「ばーちゃん、今までたくさん誤解していて、ごめん」
私は夢の中で祖母に頭を下げた。
 
祖母と私は握手をして別れた。
月光でほのかに光る黒々とした海の傍にある寂れた町へと祖母は戻っていった。
 
 
 
昨晩、私は祖母の夢を見た。
祖母は意外な姿になっていた。


【マンガ「斉木楠雄のΨ難」(麻生周一/作)の実写化で、斉木楠雄に扮した山崎賢人】
 
祖母が俳優の山崎賢人が扮する「斉木楠雄」に見えてしかたがなかった。
もはや「ばーちゃん」とは呼べない。
 
「…で、なんでその姿なん?」
私は疑問をぶつけた。
「以前の姿にはいいかげん飽きたし…アバターもいろいろ変えたいっしょ。…えっ?え?ちょっと待って、その疑問ってのり丸の偏見じゃない?」
と、祖母は言った。
「…偏見って、飛躍しすぎるよ。そのルックスと言葉使いに戸惑わないほうがおかしいと思うが」
と、私は言い返した。
 
私は常日頃から「顔なんて単なる感覚器の集まり」だと言っていた。
その感覚器の配列(デザイン)にギャーギャー言っている人間のことを「なんて独特な捉え方をする生物なんだろう」と思うようにしていた。
 
もともと私は(相貌失認とまではいかないが)人の顔を捉えるのが非常に苦手だ。
例えばある人がバルタン星人に見えると、その人と似た特徴を持った人達が全員バルタン星人に見える。
その上視力もかなり悪いので、普段からよく人の顔を間違える。
 
そんな私だが、あまりにも以前の祖母と違いすぎることに動揺していることを自覚した。
以前、夢で交流した時の祖母は「私のイメージ通りの祖母」だった。
肉体を失った祖母が別人で登場した場合、「祖母を構成しているもの」を私はどう認識すればいいのだろう。

「のり丸も夢の中だから、好きにアバター変えればいいっしょ」
祖母にそう言われて、「明晰夢」だからそれが可能であることに気付いた。
私は迷わず、俳優の松重豊のアバターを選んだ。
 

【マンガ「孤独のグルメ」(久住昌之/原作・谷口ジロー/画)の井之頭五郎に扮した松重豊】

「何これ、何これ、おーこれ、すごい、すごい。逆に真反対」
祖母はペラペラしゃべった。
「のり丸は、ほぼ毎日『孤独のグルメ』をしているのに、ほぼ毎日『女友達と一緒にスイーツ』という顔にしか見られないからなぁ」
…めちゃめちゃヤバい、ヤバい、と祖母がはしゃいだ。
 
おそらく普段の私でも、井之頭五郎のようにネクタイを締めてスーツを着るだけで印象が全く変わる。
考えてみると、「装い」というのは人間社会ではとても便利なツールだ。
知らない人に「装い」を通して、「自分はこういう(趣向の)人間です」と端的に示すことができるからだ。
 

「…案内人の仕事はやめたん?」
私は尋ねた。
「そんな訳ないっしょ」
祖母は即答した。
 
「のり丸は結局さ、自分の寿命を知りたいだけなんだよ。先のことを知ってあらかじめ準備をしときたいんだ…」
「ロミを守れるのか…自分には自信がない…」
「のり丸は結果を知ると、ラクするっしょ。だから、う〜ん、そうっすね…『ロミ、今日も一緒にいてくれてありがとう!』でいいんじゃないっすかね」
 
そこで夢から覚めた。
支離滅裂な夢だった。
 
結果を知るとラクをする…それに関しては祖母の言う通りである。
そしていつだって(人間界に出回っている)予知が当たったことはなく、人生には想像もしていなかったことが起こる。
 
いろんな制限がある世界(この世)で、到底乗り越えるのは無理だと思いながら進んできた。
だから、一つの地点にたどり着つく度に喜びを感じた。
簡単にはできないから(手に入らないから)、手に入れた時は有難味がひとしおなのだ。
 
肉体は精神の思い通りになる道具ではなく、「制限のない世界」にいる存在の「祈り」が形になったものかもしれない。
「有限」は、想念するだけでなんでも簡単にできてしまう「無限の世界にいる住人」の夢(または願望)なのかもしれない。
 
手術で失明する可能性があると言われた→けれども手前の物はちゃんと見える。
俊足で足腰が強靭な事だけが取り柄だったのに負傷した→けれどもなんとか自分の足で歩ける。
 
目よ、まだ見えてくれてありがとう。
足よ、まだ動いてくれてありがとう。
肉体のいろいろな機能がまだ働いているから、この(有限な)世界で挑戦することができる。
毎日本当にありがとう。
 
珍しく、目覚めた後、そんな気持ちになった。
生前の祖母も、きっとそういうことを言いたかったのではないかと思う。
 
人間は自分の中からすべての限界が流れ出した時に、やっと肉体という制限から自由になるのかもしれない。
 
 
【もし、また夢に出てくれるのなら、ジョーン・ヒクソンの方でお願いします】
 
 
 
今日のロミ
 
後ろに自分が運んできたオモチャが潜んでいる…待っている。
 

魅惑の早朝清掃アルバイト(3)成功へと至る道

2019年03月18日 | 手記・のり丸
「この双眼鏡でいつも何を見ているんですか?」
「……空とか鳥とかねぇ」
「へぇ~鳥ってハシブトガラスですか?」
「…ハシブト?いやいや…カラスなんか見てないよ…もっときれいな鳥だな」
「野生化したインコですか?」
「……ハトとかね」
 
(至近距離まで人間に近づいてくるハトを高倍率の双眼鏡で見るのか…)
と突っ込むのはやめ、私は編隊さんから取り上げた双眼鏡を持ってビルを出た。
 
 
朝は大阪駅、梅田駅方面から大量の人間が噴き出してくる。
早朝アルバイトを終えて私が進む方向は「人の群れ」とは逆方向になる。
 
梅田の地下ダンジョン(地下街)に潜ろうと階段を降りていくと、下からザ、ザ、ザ、ザ、と突き上げるように階段の幅いっぱいに取って「人の群れ」が登って来る。
時には「下り」が自分1人だけのこともある。
急いでいる人間は「下る」人間とすれ違う時に(邪魔だな)という顔をする。
 
確かに人間は多数で同じ方向に進んでいる時、逆方向から来る人間は邪魔なのである。
逆方向は向かい風のように進みにくい。
 
(これは自分の人生の縮図かもしれない…)
わざと哲学的なことを考えながら歩き、どこかの店に入ってモーニングを食べる。
 
そして通勤するリーマンを眺めながら、ゆっくりコーヒーを飲む。
その後は、地下街を歩き回ったり、地上を探索したりして帰宅する。
帰宅後にシャワーを浴びて身だしなみを整えてから「本業」にかかる。
それが私の日課になっていた。
 
 
(今日は双眼鏡があるから地上だな)
試しに歩道橋の上で双眼鏡をのぞいてみた。
 
「うわっ」
ビルの中がくっきり見える。
 
(なんだ…高倍率すぎてバードウォッチングには向いていないじゃないか)
飛んでいるカラスにピントを合わせるのは難しいが、向かいのビルの中はくっきり見える。
 
(まるでザ・タワーだな…)
 

「The Tower」
シリーズの初期は20年以上前の古いゲーム。
 

経営シミュレーションゲーム。
オフィス、テナント、ホテルなどを建設して人口を増やしていく。
 

「The Tower」初期のゲームには面白い機能があった。
自分が設置した建物の中を「虫メガネ」アイテムで観察すると、部屋の様子がムービーで流れるのだ。
オフィスで残業している人がいたり、レストランには客がいたり、映画館では映画が上映されていたりする。
夜間には建物内部をパトロールでき、それを3Dで見ることができる。
(ただしプログラムはランダムで、ムービーも一定数のパターンしかないので飽きてしまう)
 
設置した部屋数分のムービーが個別にあり、夜間パトロールの行ける範囲が広ければもっと面白いゲームになっていただろうと思う。
(そんなことをしていたらゲーム本来の目的から逸れるし、製作費が掛かりすぎてしまうから現実的には不可能なことだが)
 
思い起こせば、「The Tower」では、その「虫メガネ」機能だけが楽しかった。
しかし双眼鏡で梅田の街を覗いていると、リアル「The Tower」である。
 
 
 
(ここは、オレが作った世界)
(オレが作ったジオラマの世界)
(その世界の中をミニチュアになったオレが探索している)
(さて、今日はどこに行こうか)

そんなことを想像しながら、双眼鏡を持って梅田界隈を歩いた。
けれども…意外にあっさり、双眼鏡を覗くことに飽きた。

早朝から動いて、時間がたっぷりあるような気がしていた。
無理やり覇気を出していた。
 
 
(…忘れていた)
そういえば、病気になった後、誰が去って誰が残っただろう。
そして、この仕事(本業)に転職した時は同業者から厳しい洗礼を受けた。
 
今までどれだけ杭を打たれてきただろう。
打たれたくなければ、思いっきり抜きん出て彼らの手の届かないところまでいくしかない。
中途半端な実力だから打たれるのだ…潰されたくなければ、実力をつけて登るしかない。
あの頃、そう悟ったのだ。
 
今考えると、実力をつける為にすべてが必要な出会いだった。
実力がついていくにつれ、私に対する周囲の反応も変わっていった。
反面、自分がまだとても未熟であることに気付き、この先見るものが「もっともっと」あることを知った。
 
次のステージに行く為には、現在のステージをクリアしないと進めない。
待っていると、誰かが私の代わりにステージをクリアしてくれる訳でもない。
結局自分が動かなければ、次のステージに行くことはできない。
ただし次のステージに進んでも、何が起こるかわからない。

(次のステージなんていかなくていい、現状維持でいこう)
(のり丸はこのままの状態で、身体が弱いままでいたらいい、そしたらずっと傍にいてあげるよ)
…そういうメッセージを送って来る人間もいる。
 
自分はこのステージに居続けることと、次のステージに行くことと、どちらを望んでいるのか…。
どちらを選ぶと人生に納得することができるのか…。
塞翁が馬…先のことは何一つわからない。

あの時、梅田の街を歩いていて思った。
(あぁ、退屈だ…)
次のステージに挑戦したくてたまらない…そうしなければ、退屈で死にそうになると…。
 
 
 【今日のロミ】
玄関で荷物をほどいていると、扉から…。
 
しびれをきらしたのか、ツンデレの嬢が歩いてくる。
 
「来てやったんだよ」と言っている。
 
 

魅惑の早朝清掃アルバイト(2) オッサン

2019年03月03日 | 手記・のり丸
早朝アルバイトは「早起きの習慣をつける」という点では効果てきめんだった。
 
いつしか、早朝の梅田界隈を歩くことが私の習慣になっていた。
瞼は半分閉じており、髪は寝ぐせがついたままでライオンのように逆立っていたが…。
しかし身だしなみを整えるのは「朝の仕事を終えた後」でいいのだ。
目的は「朝起きて動くこと」なのだから…。
 
早朝の梅田の路地にはリーマンの酔っ払いや、化粧の剥げかけた女にしがみつかれているホストや、気難しい顔をした仕入れ業者や、気の荒いゴミ回収業者や、いろんな種類の人間がうごめいている。
 
ある日、いつものように路地裏を歩いていると、電柱の影に不審者丸出しの男が立っていた。
黒いキャップを目深にかぶり、首に双眼鏡を掛け、上下黒のジャージを着て、身じろぎもせずに何かをガン見していた。
 
(朝から変質者か…さすが梅田だな) 
感心しながらその横を通り過ぎようとすると、変質者が「のり丸君!」と声を掛けてきた。
よく見ると、それは早朝アルバイトで私とペアを組んでいるオッサンだった。
 
「あ、編隊(ヘンタイ)さん(仮名)、おはようございます!…そこで何をされているんですか?」
「…ちょっと一服しようと思ってね」
編隊さんはポケットからマルボロライトを取り出した。
電柱の側には缶の灰皿が設置してあった。
 
「お・ま・た・せ~♪」
いきなり大学生風の男が背後から現れて、缶コーヒーを編隊さんに手渡した。
「あぁ、ありがと」
編隊さんはその男から無造作に缶コーヒーを受け取った。
 
(…連れがいたのか)
何気なくその男の方を見ると、なんと男は敵意のある目で私を睨んでいた。
そして上から下、下から上と私の全身に視線を這わした後で「フン」とそっぽを向いた。
 
(…何だ?何だ?なぜ睨む?…まぁ、どうでもいいか…)
私の脳はまだ半分寝ていた。
「では、後ほど」
編隊さんと見知らぬ男を残し、私はアルバイト先に向かった。
 

アルバイト先は、大阪の一等地にある「自社ビルリッチーコーポレーション(適当な仮名)」である。
不動産、ビル管理・メンテナンス、人材派遣、ホテル経営などを手掛けている会社だ。
 
ビルの地下3階に掃除道具置き場、清掃班の控え室、ゴミ収集場などがある。
「自社ビル清掃班」は1階の管理室でタイムカードを押すと、業務用のエレベーターで地下3階まで降りる。
だが、いつもエレベーターはなかなか降りてこない。
 
「のり丸君、先ほどは」
エレベーターを待っていると、もうすでに編隊さんが後ろに立っていた。
「さっき一緒にいた人、友達ですか?」
「夜勤で一緒のコでね、妙になつかれちゃってねぇ…ん~なんで?もしかしてどんな関係なのか気になってる~?」
編隊さんはニチャっと笑った。
「いえ、全く興味ないです」
 
そんな会話をしていたら、エレベーターがやっと止まった。
エレベーターのボタンは地下5階まである。
(噂によると)地下5階の壁面には掘りかけの深い穴があり、そこは立ち入り禁止になっているそうである。
 (地下に掘りかけの穴…)
私はエレベーターに乗るたびに、その未知の領域を想像して少しワクワクしていた。
 

編隊さんはどこかで夜勤をした後に「小遣い稼ぎ」で早朝アルバイトをしていた。
全く寝てない状態で来ているせいかどうかわからないが、いつもハイテンションだった。
 
編隊さんと私はビル内の10階と13階のオフィスを手分けしながら掃除していた。
アルバイトの制限時間は90分である。
 
ことのほかゴミが多く、超テキパキ動かないと90分をオーバーしてしまう。
まず「どこから攻めるか」という攻略と、編隊さんとの連携プレイが重要である。
幸いにも、業務はスムーズに進んでいた。

ある時、シュレッダーの掃除をしていた私が、
「編隊さん(シュレッダー用の)90ℓゴミ袋のストックが切れました!」
と振り向くと、カシャ、カシャ、とシャッター音がして、編隊さんが私の方にスマホを向けていた。
 
(何しとるんや、このオッサン…)
 
「90ℓのゴミ袋ね、了解!」
編隊さんはスマホをサッとしまいながら、ゴミ袋を調達しに行った。
 
私は不思議だった。
たった90分間しかないのに、その90分間の仕事にも集中できない人間がいる、ということが不思議だったのだ。
 
ゴミ袋を持ってきた編隊さんに、
「編隊さん、さっきは何を写したんですか?」
と尋ねた。
(…絶対オレを撮ったよな)
※オフィス内で写真撮影は禁止事項に当たる。
 
編隊さんは私の顔をジーッと見ながら、
「…のり丸君の顔って、ど真ん中ストレートなんだわ(※原文のまま。ストライクの間違いか)」
とボソボソ答えた。
更に、
「のり丸君って、なんか美しいよね」
と付け加えた。
 
(……ハァ?)
想定外すぎる回答だったので、本来なら(あまりの気持ち悪さに)「ぶべら!!!」であるところだが、
 
【画像】漫☆画太郎

「ああ、それはどうも」
と答えてしまった。
その上、
「(仕事中にスマホすると)次回は通報しますよ。今回は罰として(編隊さんの持っている)双眼鏡を1日貸してください」
とおかしなことまで口走っていた。
 
これは、編隊さんを「まともに相手をしてはならない人間」と判断した上での対応でもあるが…。
 
(…双眼鏡を1日貸してください)
私も私である…。
 
 
 
 
【今日のロミ】

魅惑の早朝清掃アルバイト(1)きっかけ

2019年02月21日 | 手記・のり丸
このところ連日にわたり「正夢」を見ている。
自分が無意識のうちに推測していたことを夢で映像化し、それがたまたま「少し先の未来」と一致したものを「正夢」というのかもしれない。
けれども、正夢はどことなく「気持ち悪さ」を伴うものである。
 
最近ろくに眠れなくて疲弊している。
寝不足だったり、過眠だったり……これからも「睡眠」は私のテーマになるだろう。
 
 

私は脳の手術を2回しており、放射線治療もしている。
それによって破壊されてしまった脳細胞もある。
しかし、その経験によって会得したものもある。
否応なしに「視点の転換」がおこり、それまでの「固定概念が崩される」という経験もした。
 
 
誰もが世界を自分の主観で見ている。
誰もが自分の感覚器を通して世界を感じ、自分の知覚や経験のレンズを通して世界を認識している。
それぞれが異なる脳を持ち、同じ世界を別の角度で観察している。
 
例えば同じ山に存在していても、山頂から俯瞰するように風景を見渡している人もいれば、木々をかき分け細部に注意を払いながら歩いている人もいる。
その人が見ているものが、その人の現実である。
(視点の転換がおこり、木に生息している昆虫を見ていた人が、ロープウェイから山全体を見渡すこともある)
 
他者がどの立ち位置で生まれ、どのような世界を見てきて、どのような方法で道を進んで来たのか…それは自分には永遠にわからない事だと思う。
草原を歩いてきた人に、崖を登ってきた人の背景は想像できないし、その逆もしかりである。
 
人は皆、独自な存在である。
劣っている存在や優れている存在はない。
あるのは違いだけ…爪の細胞か、眉毛の細胞か、というような違いだけである。
(…と、私は思う)
 
 
私は子供の頃から夜型であった。
親が寝静まった頃に、こっそりと自分だけの世界に浸っていた。
布団の中にもぐって懐中電灯の光でマンガを読むこともあれば、窓から抜け出して屋根の上で夜空を見ることもあった。
しかも朝の6時にはオトンに部屋のドアを蹴られて飛び起きるので、子供なのに慢性の睡眠不足だった。

私の夜型は年々ひどくなる一方だった。
 
(不健康の原因は夜型のせいかもしれない)
 
ある日、そう思った私は実験的に朝型に切り替えることにした。
夜の10時までに寝て、朝5時に起きる生活に変えることにした。
…しかし意志の弱い私が急に朝型になるのはかなり難しく、3日で挫折してしまった。
 
夜更かしを治すには、朝から活動的に動くしかない。
 
考え抜いた挙句、本業の前に「短時間の早朝清掃アルバイト」をすることにした。
今から3年前のことである。
 
知人の紹介で、大阪の「ビル管理会社」に向かった。
 
「今まで清掃の仕事をしたことはありますか?」
「アルバイトでゴンドラはあります」
「…ゴンドラね。…家で掃除機をかけることはありますか?」
「はい、かけます(…たまに)」
「じゃあ、大丈夫ですね。明後日から来てください」
あっさりとアルバイトは決まった。

早朝6時から7時30分までの短時間アルバイトである。
…振り返るとなかなか面白い経験だった。
 
(今回は題名の「魅惑の…」部分を何一つ書くことができなかったので、次回書くことにする)
 
 
【今日のロミ】
 
 

ダーティワーク 3.洗脳と二重思考

2019年01月17日 | 手記・のり丸
全く…当時のことを思い出すと自分がクソすぎて、文章がちっとも進まない。
 
ブラック企業に関しての情報は検索するとたくさん出て来るし書物もある。
なので、あえて私がブラック企業とはなんぞや…を書く必要はない。
ただ自分のことを書けばいいのだが、正直それがものすごく恥ずかしい。
それまでの私は、ブラック企業というものを本当の意味で知らなかった。
 
私が働いていた悪徳株式会社は(業種を明らかにすると)尼崎でわりと簡単に特定されてしまう会社だ。
いつか自分の仕事の内容をブログで書くことがあるかもしれないが、今回はあえて業種は書かない。
 
悪徳株式会社では月に200時間ぐらい残業があったが(事実)、残業のほとんどが「業務と全く関係のない作業」に費やされていることが特徴的だった。
社員は全員、社長が年間1000万以上つぎ込んでどっぷりハマっている自己啓発セミナー関係の書類に追われていた。
そのセミナーでは講師が「飴と鞭」を使い分けながら受講生をプラス思考(単一思考)に向かわせる方法を取っているが、理論上は「正論」を述べている。
 
そのセミナーで「自分の本質を学べる」と思っている人は世の中に一定数いるだろう。
そのセミナーは「叡智の泉」であり、セミナーに参加すると自己改革できると思っている人も世の中に一定数いるだろう。
そう思う人達がいるから、セミナー会社は繁栄しているのだ。
しかし私の目には、社長をはじめ幹部全員が「毒の池」に浸かっているように見えた。
 
問題はそんなことではないのだ。
問題はなぜ自分が「毒の池」に浸かっているように見える会社に入社したのか、ということである。3000歩譲って考えても、なぜ初日で辞めなかったのだろうか、ということである。
 
つまりこういうことだ。
 
私はマンネリ化している日常から脱却するために、自ら進んでネジが数本ゆるんでいる女(会社)と付き合ったのだ。
その女(会社)はブスで性格が悪く意地悪で、他の人間はすべて自分の奴隷だという妄想を持っていて、物を壊したり人を殴ったりする。
 
その女(会社)は他人をコントロールし、関わっている人間の時間を搾取する。
やがて、このままこの女(会社)と付き合っていると突然死するかもしれないという予感をハッキリと感じるようになる。
 
視点を変えて女(会社)を見ようとしても、何一つ好きなところが見つからない。
そもそも、自分がそんな風にしか捉えていない女(会社)の為に命を削る意味があるだろうか。
(…くだらない、くだらなすぎて頭がおかしくなりそうだ)と思いながら女(会社)から離れない自分が一番くだらないのではないだろうか。
 
…私は明らかに「命の時間」を浪費していた。
 
 
初対面の時、「君が人生で求めているものをここに書きなさい」と、社長は白い紙を私の前に差し出した。
「わからないので書くことはできません」と、私は答えた。
社長は苦笑しながら「すべての人間が求めているものだ」と言った。
「わかりません」と、また私は答えた。
 
社長は白い紙を取ると、太いマジックで大きく「幸せ」と書き、再び私に紙を差し出した。
「今、君が求めているものはこれだ」
 
社長の振る舞いは明らかに芝居掛かっており、下手な演技をしているように見えた。
「でっかい球を投げる人(※注1)」というよりも、「台本通りにしゃべっている人」という印象の方が強かった。
なぜか私の脳裏に「二重思考(※注2)」という言葉が浮かんだ。
 
(注1:人は言葉のキャッチボールをするが、独善的になるほど言葉が断定的になり、破壊力のある大きな球を相手に投げるようになる。)
(注2:「二重思考」というのは、ジョージ・オーウェルという人が書いた「1984年」という小説の中に出てくる言葉だ。権力者に「2+2=5」だと言われたことを信じ込み、同時に自分が「2+2=4」であるという事実を知っていることを忘れる。矛盾を完全に忘れ、またその矛盾を忘れたことも忘れなければならない…ということが二重思考である。)
 
仕事中に、突然天井のマイクから「14番、池図君」と社長の大声が響く。
すると課長の池図は仕事を中断して1分間踊り出す。
(14番というのは「踊れ」という合図である)
「3番、全員!」という声が響くと、全員直立して会社理念の唱和を始める。
(3番は「理念を唱和しろ」という合図である。…35番ぐらいまで項目があった。)
 
毎日、早朝の4時頃に社長からLINEで「愛」や「夢」がふんだんに盛り込まれたポエムが送られてきた。
それに対して誰か一人でも朝礼までに「既読、返信」をしていない社員がいたら大変なことになる。
社長はパイプ椅子を投げて暴れ、挙句、全体責任で皆が反省文を書かなければならない。
そして最後は責任を取って班長が坊主頭になるということもあった。
「もし、ここが戦場だったら君たちは死んでいるよ。上官の『合図』を無視したのだからね」と、社長は真顔で言う。
 社長は「皆の為になることを皆の為にしている」と深く確信している顔をしていた。
その世界の不文律ではそうかもしれない。
 
100%ウンザリした時は、すみやかにそこを立ち去らなければならない。
自分で選択した結果が失敗で「心底バカなのか、オレは」と思ったら、猛烈に反省して方向転換しなければならないのだ。
 
 
 
この度、悪徳株式会社のHPをのぞいてみると、またメンバーが入れ替わっていた。
「2+2=5」の世界には長居ができない、ということを私に教えてくれた貴重な会社だ。
けれども、私はもう会社のHPを観覧しないだろう。
スルースキルを積んでいくことに決めたからだ。
 
「これをやらない」ということを決めることは、「これをやる」というリストを作ることよりも役立つことがある。
…ということも悪徳株式会社から学んだことである。

 

 
今日のロミ

 

【新しいオモチャが増えた】
 
 
【寒いのでパジャマに入り込んでいる】

 

 

ダーティワーク 2.温かい会社

2018年12月24日 | 手記・のり丸

私は10代で家出をした。
まだ「この世界」の仕組みを知らず、馬鹿で無知であった。 

私は親に背いた子供だった。
親の自我に完全に取り込まれてしまい、心理的に背くことができない人もいるだろう。
私は取り込まれなかった…というより、本当は親を信頼していたから堂々と背けたのである。
 
 
前世、太平洋戦争で陸軍に所属していた私は(という設定)、南の島で野営をしていた時、野ウサギに遭遇した。
私は野ウサギを見て一瞬顔がほころんだが、すぐに仏頂面に戻った。
前世の私は男らしく鬼瓦のような風貌をしており、そのキャラを貫き通した人生だった。
 
 …もう、うんざりだ。 
命令と服従、思想の強制、前世の私はそんな「頭カチカチ」の時代に心底うんざりしながら死んだ。
(因みに、今世の私は「何かの罰ゲーム」のような女顔に生まれ、小動物を可愛がっていても違和感のない風貌である) 
 
現代における私も、納得出来ない命令をされたり、価値観を規制される環境を嫌った。   
 
「勉強しなければブン殴られる」という家庭環境で育った私は、性格が屈折しただけで賢くはなかった。 
「1を聞いて10を知る」ような聡明な人間ではないので、失敗から学習し、体験を通して「この世界」を知るという方法しか思いつかなかったのである。  
 
その為、向き不向きは関係なく、ひたすら目の前の仕事を全力でこなしてきた。
特にこれといった趣味もないので、ただ仕事をしながら今日まで来た、といっても過言ではないだろう。
(つまり面白味のない仕事人間である)
 
何種類もの職業を経験してわかった事は、どんな人にも適材適所の場所が必ずあるという事だ。
可能ならば、諸条件にとらわれず自己の特性を生かせる仕事に就いた方が良い、ということである。
 (…あくまで私の考えでは、だが)
 
 
 
ある日突然、私の「脳腫瘍」が発見された。
晴天の霹靂であったが、悩む間も無くすぐに手術をすることになった。 
最初の手術の日は今ぐらいの時期、クリスマスの頃だった。
 
【ドクターとナースのサンタに囲まれて】
皆の顔がわからない程度に縮小している。 
手術前日で緊張している私(中央)である。 
 
さて、脳腫瘍の話は本題から外れるので簡単に書いておく。
 
 脳腫瘍がきっかけで変わったこと 
1.虚弱体質になった。 
2.自営業を始めた。 
3.夜遊びができなくなった。
 
潰しのきかない身体になったので、具合の悪い時に休む為に自営業を始めた。 
ただそれだけの理由で始めた自営業であったが、幸運なことに最初から顧客に恵まれ、自分一人が生活していく分は「稼ぐ」ことができた。
しかも私は顧客に感謝され、チヤホヤされ、持ち上げられていた。
だんだんと私は「本当にこのままでいいのだろうか?」と思うようになった。
 
もしかして私は身体をいたわりすぎているのではないか?
もう元気になっているのに、病気を言い訳にして向上心を失ってしまったのではないのか?
それ故、こんなに心が空虚で満たされないのではないのか?
…次第に、そんな考えに囚われていった。
 
 
そんな折、私は同業者に声を掛けられた。 
なんでも尼崎にある「悪徳株式会社(仮名)」という会社が「資格持ちの経験者」を急募しているという話だった。
(※以下、会社関係の名前はすべて仮名である)
 
当時私は神戸に住んでいたが、尼崎の会社に見学に行くことにした。
私にしては突発的な行動であった。
 
会社見学は18時に予約をしていた。
会社はバス停の傍なので、バスで来てください、とのことだった。 
 
私は予定より1時間早めに尼崎に到着し、乗るバスを何度も確認してバスに乗った。
結論から言うと、乗ったバスは反対方向であり、しかも訳のわからない辺鄙な場所で降りてしまった。 
悪夢を見ている感じだった。
 
これまで一度もそのようなミスをしたことはなかった。
とうとう脳がイカれてしまったのか、と絶望しながらも、会社に謝罪の電話を入れた。 
そして時間に間に合わなかったら見学はキャンセルしてください、という内容のことを受付に話した。 
 
すぐに会社から折り返し電話が掛かってきた。
それも複数からである。
 
「『悪徳株式会社』の(課長の)池図(いけず)と申しますが…」 
「わたくしは『悪徳株式会社』の(部長の)孫宅(そんたく)ですが…」
 「私あの『悪徳株式会社』の(専務の)最古(さいこ)と申しますが、社長が是非お話したいと申しております。お時間、何時になっても構いません。22時でも、23時でも、その後もずっとお待ちしていますので、焦らずにお越しください」
 
今思えば、すでに電話口から「うさん臭くて怪しい香り」が漂っていた。
 
不思議なことに「絶対に会社にたどり着いてはならない」と言わんばかりに多くの妨害が入り、私が『悪徳株式会社』に到着したのは20時だった。
あり得ない遅刻である。
 
((…私を乗せた舟は本流を外れ、障害物の多い支流に流れていった。
わかっていたけれど、私は無理やり支流を進んでいった…))
 
恐縮している私は社長室に案内され、温かくもてなされた。
このパターンは初めての経験であった。
 
(続く)
 
 
(今日のロミ) 
【不服な顔①】 
 
【不服な顔②】                                       
 …かなり。
 
 

脚気と麦飯

2018年11月12日 | 手記・のり丸
 
4歳の頃のことである。
 
幼稚園から帰ると、私の為におやつが用意されていた。
その日のおやつは苺で、私は苺に牛乳と砂糖をふりかけ、グッサグッサと苺をスプーンで潰して食べた。
食べ終わるとすぐに玄関から飛び出し、家の前の小道を駆け抜け、公園に向かって走った。
空は真っ青で、午後の柔らかい日差しが町中に降り注いでいた。
 
(なんたることか)
突然、頭の中で「声」が聞こえた。
(随分と甘い人生だな…)
「声」は少し戸惑っているようだった。
私は「声」に気を留めず、弾む気持ちで走り続けた。
 

7歳の頃のことである。
 
ある日私は友人Aの家で、同級生のBとCと一緒に昼食をごちそうになることになった。
目の前に出されたご飯を見たBが「あ、米に線が入っている…」と小声で言った。
Cも「黒い線はカビじゃないのか?」と言い始め、「腐っているのかな…」と二人でヒソヒソ話を始めた。
 
(麦だ!)
突然、私の頭の中で「声」がした。
(白米に麦を混ぜるとは素晴らしい)
「声」は喜んでいた。
 
「…のり丸、米に黒い線があるだろ」
BとCが私にボソボソと耳打ちしてきた。
「あのな、お前ら。これは麦だ」
私はハッキリと説明した。
「日清戦争の頃、兵隊が次々と脚気で倒れていった。…当時、脚気は恐ろしい病気だったのだ。その原因は、白米中心で副食の貧しい食生活にあった…」
なぜか私は立て板に水のように、すらすらと脚気に対する麦食の有効性について語り始めた。
「…よって、麦や雑穀などを食べていた貧乏人がなぜ脚気にならなかったというと…」
 
気が付くと、Aの母親が私を睨んでいた。
「脚気」という病気を知らないBとCはキョトンとした顔で私を見ていた。
「もう、あんたら食べんでええし、帰りや」
とAの母親に追い出されて、BとCと私はすごすごと帰った。

我が家に戻ると、廊下でオカンが受話器を持ったままペコペコお辞儀をしながらしゃべっていた。
「…奥様すみません、ウチのコがいつも失礼なことばかりしまして…あ、はい、…はい、すみません。
……は?脚気?……あのぅ、きっと最近観た戦争映画に影響されているようで……ええ、そうなんです…はい、おっしゃる通りです。
も~すみません、本当にすみません」
 
 
…「声」の正体は何だろう?
私の中で無意識に育っていたマニアックな別人格(老人)か?
それとも今世の自分をプログラムする際、うっかり前世の記憶を消し忘れた「バグ」のようなものか?
はたまた頭の中の妄想が勝手にしゃべっているだけか?
 
(青色が良しとされている世界で、みんなが青色になろうとすると面白くないではないか。本来、色彩豊かな世界にいるのに)
「声」は言う。
 
具体的なアドバイスをしてくれることはないが、「声」にはわりと前向きな言葉が多い。
 
まぁ、単なる私自身の呟き…なのかもしれないが。
 
 
 
【今日のロミ】