日テレに苦情が殺到している。
「あなたの番です」の最終話に対する苦情である。
私は最終回にそれほど期待をしていなかった。
ただ、最後は変化球(せめてナックル)ぐらいは投げてくれてもよかったのになぁ、とは思ったが…。
上からのコンプライアンスがうるさいテレビ界は(たとえ製作者側が良いものを作りたくても)、結果「つまらないもの」になることが多いようだ。
19話までに期待が膨らんでいた視聴者にとって、20話の「出来栄え」は納得できるものではなかったのだろう。
今回のことで、テレビから5Gに移行していく予感はますます強まった。
(ラジオ→テレビ→5Gへと。)
【『ラジオ・スターの悲劇』を歌う「バグルス」のトレヴァー・ホーン】
ニュー・ウェーブの先駆けらしいが、不思議な雰囲気で新鮮。歌詞は、テレビの出現により仕事がなくなったラジオスターの話。
【現在のトレヴァー・ホーン、70歳】
プロデューサーに転向してから大成功したらしい。
静的な歌い方から、動的な歌い方に変化している。衰えない音楽への熱意を感じる。
勤労学生だった頃は、アルバイトをやりまくっていた。
鳥肉を焼いたり、シェーカーを振ったり…大抵の人がそうだが、私も自分の労働力を「対価」に変えてきた。
すべての仕事が勉強になった。
ただ、私という人間は怠惰なので、「時給」や「固定給」で働くと「退屈する」ことに気付いた。
退屈のあまり、人にわからないように仕事のショートカットをするようになる。
(要領よく手を抜く)
心の方はだんだんと腐敗しているのに、雇い主には褒められて「ずっといてくれ」と重宝されることもある。
そのままでいいのではないか、仕事があるのに贅沢な悩み、という意見もあるが、内部に生まれた「何か」に自分自身が耐えられなくなっていくのだ。
自分を果物に例えると、中に一匹の虫が入り込み、その虫が増えていくという感覚である。
つまり早いうちに虫が入った部分を切り取れば、果実全体が腐らずに済むのだ。
それで私は、なるべく歩合制のアルバイトをするようになった。
出来高だから当然だが、収入が少ないと「食費がなくなる」という新たな発見もあった。
ヒルティの「幸福論」に
『ひとを幸福にするのは仕事の種類だけではなく、創造と成功のよろこびである。
この世の最大の不幸は、仕事を持たず、したがって一生の終わりにその成果を見ることのない生活である。』
という文章がある。
ヒルティのいた時代は19世紀だが、21世紀で暮らす人にも「自分がしたことの成果を確認したい」という欲求はあると思う。
きっと人は自分が手掛けたことが発展していき、「次はもっと良くなる」「次は何ができるだろう」と思うことで、何かをやり続けられるのである。
逆に、全く成果が見えず、やればやるほど精神と肉体が疲労し、いつでも自分の代替えが効き、かつ賃金の低い仕事はモチベーションが上がらないのだ。
そして金とは「手段」であると思う。
金があれば速やかに動けることでも、金がないことで身動きが取れないことがある。
交通費すら捻出できなかったら、「手段」が少なくなり、できることの範囲は非常に狭まる。
私は情報系の勉強をして、主にCGの作成をしていた。
おそらく私に合っていたと思う。
何十時間作業しても集中力は途切れなかったし、飽きることがなかったからだ。
そして、時代の波に乗っている感覚もあった。
「いけるぞ!」という手ごたえがあった。
そんなある日のことである。
PCの画面がおかしくなった。
虫食い状に色が抜けて中央部分だけに色が見える。
作業を中断して、外に出ると外の風景もおかしい。
こういう風景が、
こんな感じに見える。
夜になると、
この風景が、
こんな感じに見えて、ますます見えにくくなる。
夜盲というような状態に似ている。
この見え方だと、車やバイクの運転していたら、サイドから飛び出してきたものに、すぐ気付けない。
結局、「下垂体腺腫」という脳腫瘍が発見されたのだ。
「みつかってもうた」と巨大に成長した腫瘍がMRIにくっきりと映し出されていた。
視神経の真下に腫瘍ができると、両耳側から視野狭窄が起こる。
しかし「教科書通り」の両耳側半盲ではなく、私の場合は最初は虫食い状態であった。
視界の一部はカラーだが、モノクロに見える部分もある(現在でもそうである)。
(以来、「光の感じ方が少しでもおかしかったら、すぐ病院へ行け」と人に忠告するようになった。)
その後私はネットでみつけた「下垂体友の会」で知り合った、(HN)ノエルさんと(HN)ラッキーさんとメールのやり取りをすることになる。
その上、偶然?にも東京の「虎の門病院」でリアルにふたりと出会ってしまったのだ。